18話 出版社の誕生 その2
『シセイ通信』創刊号発刊後から賛否両論を巻き起こしたが、おおむね住人には好評だった。東田天帝たちに悩まされていた者にとって、『シセイ通信』は格好のストレス解消になった。もちろん東田たちは激怒し、まず自分たちの担当の異世界人に食ってかかった。
「私たちはみなさんが望むことをできるだけ実現しているだけです」
異世界人はしれっと答え、止めさせることはできないと言う。東田たちも異世界人の方針は重々承知しているので納得するしかなかった。次に怒りの矛先が向かったのは『シセイ通信』編集部だった。
創刊号で取り上げられ、プライベートまで暴露された東田たちは編集部に毎日押しかけてドアを蹴りまくった。もちろん編集部はドアを閉めたまま絶対に開かなかった。籠城である。閉じこもっていても異世界人はどこからかやってきて必要なものを手配してくれるのでなんの不自由もない。
さすがの東田たちも数日抗議に通ってダメだと気がついた。
「なあ、あいつら次の号を出すんじゃねえの? またオレたちのことかな?」
佐野良介がつぶやく。
「そうなんじゃねえの? だって人気なんだろ」
街を歩くとこれ見よがしに東田に見えるように『シセイ通信』を読んでいるヤツを見かけるし、コンビニのレジ横に積んである。拍子は血まみれの東田の顔だ。
「お前、表紙になっていいよな」
佐野がぼそっという。
「は? 頭おかしいんじゃねえ? バカにされてんだぞ。完全に悪役じゃん」
東田が怒鳴ると佐野は笑った。
「そうだけど、本の表紙になるってよくねえ? オレもなりたい」
東田はあきれて佐野の顔を見る。ごつい顔が照れくさそうに赤くなっている。バカじゃないかと思ったが、確かに東田も本に載ったと聞いて少しうれしい気分になった。
「お前なあ。じゃあ、自分で作ればいいだろ。異世界人に頼めば簡単にできるんだろ」
そう言ってから気がついた。
「オレたちでこの編集部をバカにした本を作ればいいじゃん」
東田は言いながら自分は天才じゃないかと思い始めた。そうだよ。ここでドアの前で怒鳴ってるより、ここの連中をバカにした本を作ればいい。
「え? そんなことできねえだろ。誰が文章書くんだよ」
「文章なんかいらねえ。しゃべったのをそのまま字にしてくれるソフトがあるはずだ」
言いながら東田は歩き出していた。すごい思いつきだ。これであいつらを滅茶苦茶にしてやる。
「どこに行くんだ」
「とりあえずオレの部屋に来い。そこで異世界人に本の作り方を教えてもらおうぜ」
「マジかよ」
東田たち数名は、ぞろぞろと『シセイ通信』編集部の前から立ち去った。
「おっしゃるように文章は音声から自動的に文字にできますし、デザインやレイアウト、それに表紙も元になる画像や写真を指定すれば自動にできます」
東田と佐野たちに質問された異世界人は、当たり前のように答える。
「一番簡単なやり方ですぐに本を作りたいんだよ」
東田の言葉に異世界人はうなずいた。
「その質問は非常にあいまいですが、あなたの思考パターンはおおよそつかめていますので理解しました。画像と動画を選んで、記事を話せば本はできます。途中で何回か、文章の内容などを確認する必要はあります。実際にやってみる方がわかりやすいでしょう」
異世界人がそう言うと部屋のディスプレイに『シセイ通信』編集部の映像が映った。
「なんだこれ?」
「『シセイ通信』の編集部です。あなたたちは、この人たちを誹謗中傷したいのでしょう? ならばこの人たちの映像を利用すると思いました。過去に遡ることもできます」
「うんこしてるとこもカメラで撮ってるんだよな」
誰かが言うと、全員が笑い出した。
「それ最高」
「みなさんの生活の全てを記録していますから可能です」
「アイコラもできる?」
「もっと高度なことも簡単にできます」
「高度なこと?」
「編集部の人々が殴り合っているシーンや乱交しているシーンも生成できます。本物と区別できません」
異世界人の言葉に全員が狂喜乱舞した。
数日後には分厚い『闇シセイ通信』という本が各部屋に配布され、コンビニに置かれた。表紙は『シセイ通信』編集長の杉山が全裸で縛られ、SM女王様のコスプレをした編集部員の女性に鞭で叩かれている自動生成写真だ。中には全員の全裸写真や乱交風景などに加えて、でっち上げの編集会議の様子もあった。ほとんどが東田たちの捏造だが、『シセイ通信』よりも反響は大きかった。表だって『闇シセイ通信』をほめる者はいなかったが、誰もがどこまで本当なんだろうかと東田たちの本を念入りに読んだ。
すぐさま『シセイ通信』の編集部は全てがデマだという声明を書いた紙を配布したが、それはそれとして本のスキャンダラスな内容には住民全員が興味津々だった。
刊行翌日の夕方にはテレビでも取り上げられ、お笑い芸人が「とんだエロ編集部やで」と爆笑しながら突っ込んでいた。
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