第17話 出版社の誕生 その1

杉山が雑誌を作ろうと考えたのは前職の経験を生かしてのことだった。出版社のある雑誌編集部にいた彼は転生後しばらくして出版を始めることを思いついた。たった100人しかいないのだから、思い切り内輪話でもいい。街の中を調べたり、自己紹介を載せたり、店にある品物を紹介したり、いろいろすることはある。

だが、そのアイデアはすぐに変更することになった。1カ月もすると、異世界で暮らす日本人の最大の関心事は自殺と犯罪(厳密に言うとここでは日本の法律は意味をなさないから暴行なのだが)になった。当初の想定とは違ったが、刺激的な内容だし、読者にとって重要かつ関心の高いことに違いない。

杉山が異世界に来て知り合った数人に雑誌の話をすると、一緒にやりたいと言ってくれた。総勢5名の編集部ができあがった。異世界人に印刷設備を頼むと、編集ソフトをインストールしてあるパソコンのような機械を人数分持ってきてくれた。さらに「編集部」のための部屋まで用意してくれた。

「みなさんの世界では特別な部屋や建物を作り、そこに関係者が集まって仕事をするのですよね。そのやり方を尊重しました」

そう言って案内してくれたのはコンビニのビルの5階だった。エレベータで上に上がると、1フロア全部がオフィスだった。真新しい机がならびパソコンも置いてある。さらに壁には巨大なスクリーンまであった。

「すごーい!」

編集部員は目を輝かせて喜んだ。杉山も興奮を抑えられない。

「『シセイ通信』作ろうぜ!」

杉山が強い声で言うと、全員がうなずいた。『シセイ通信』というが雑誌のタイトルだった。ありきたりだが、わかりやすい。

「ご説明します」

杉山たちを編集部まで案内してくれた、おだやかな顔つきの異世界人2人編集部は全員の前でパソコンのような機械を操作してみせた。

「みなさんの世界の主要なDTPソフトのクローンを作りましたので、お好きなものをお使いください。操作性も機能も全く同じはずです」

そう言いながら異星人がパソコンを操作すると、次々と見慣れたDTPソフトが起動した。

「すげえ」

ソフトを使ったことのある数人がため息をついた。

「これらのソフトで雑誌を作成、編集して、印刷をすると部屋の中にあるプリンタから出力されます」

異星人が「印刷」をクリックすると、部屋の隅にあるプリンタから雑誌が1冊出て来た。

「えっ?」

杉山たちは驚いてプリンタに駆け寄る。完成した雑誌の形になっている。製本が必要ないのだ。

「1枚ずつ印刷することもできますし、完成品を出力することもできます。そして、こちらの配布という機能を使うと居住者の部屋の室内に配布されます。配布先は個別に指定もできます」

「ちょ、待って! じゃあ、パソコンでそのまま配布できるの? 自分で配らなくていいの?」

一番若い編集部員が甲高い声で叫んだ。杉山も想像もしなかった機能だ。

「はい。みなさんは雑誌の中身だけ作れば印刷、製本、配布までできます」

誰ともなく拍手していた。異星人ふたりは首をかしげていた。

その日の夜のニュースで、『シセイ通信』編集部ができたことが放送され、拍手しているシーンも映った。翌日から杉山たち編集部の者は他の住人から注目され、声をかけられるようになった。高まる期待を感じて杉山たちはさらに盛り上がった。


異世界に転生してから3カ月後に刊行された創刊号では、自警団と暴行犯たちを取り上げた。自警団の団員は喜び、暴行犯たちは怒り狂った。なにしろ暴行犯の写真と行状をたっぷり掲載してあるのだ。本人にしたらたまったものではない。杉山が異世界人に取材のためにカメラがほしいと言うと、彼らが「この街にはいたるところに監視カメラがあります。その映像をお使いになった方が効率的ですよ」と言った。

監視カメラがあるのは知っていたが、その映像をまるごと使えるとは思わなかった。プライバシーという言葉が杉山の頭の中に浮かんできたが、すぐに消えた。相手は極悪な暴行犯なのだ。顔写真を晒して注意してもらった方がいいに決まっている。異星人は杉山のためにモニターシステムを編集部に提供してくれた。街の中どころか個々人の部屋の中の映像まで自由に見られる。トイレや風呂まで、しかもどのような技術なのかわからないが、視点を変えることも拡大することも思いのままだ。杉山たちは暴行犯たちがやったことを子細に調べ、暴力を振るっている写真付きで記事にした。


当然ながら創刊号はものすごい反響を巻き起こした。

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