第16話 膠着 異世界人との対話 天国で自殺する理由
等々力治は泣きたい気分だった。スキャンダルで退任した自警団団長の代わりに団長になったのは昨日なのに、異世界人との交渉をやらされるハメになった。誰もやりたがらない。前の団長はコインの胴元になって、いい思いをしたみたいだが、その前の団長は自殺した。やっかいごとを背負い込むのが好きな人にしかできない仕事だし、やってみるとやっかいすぎておかしくなるんだろう。
「私たちは大変不思議に思っています。ここはみなさんの感覚では天国や理想の楽園に近い場所になっているはずです。しかし自殺する人、暴力を振るう人がいます。お金にあくせくしたくなかったはずなのにまたコインを発行しはじめました。この世界を前の世界のようにしたいのでしょうか?」
等々力は目の前の異世界人ふたりをじっと見る。整った知性的な顔の男性だ。部下にいたらさぞかし心強いだろう。だが、彼らはいわば我々の飼い主なのだ。
「いや、そうじゃなくて。人間には生き甲斐が必要なんですよ。生きてる実感を得られるようなものがないとダメなんです。だから、ひとりで充分暮らせるのにグループを作ったり、暴力を振るったり、コインをやりとりしたりしている。それが目的なんじゃなくて生きてる意味を実感したいだけなんだ」
そう言ってから、自分の言っていることは中学生のわがままだなと思う。異星人の顔から目をそらして部屋を見れば、高級ホテルのスイートルーム並みのきれいな部屋だ。毎日自動的に掃除し、必要なものも補充される。確かに天国と言っていいだろう。だが、そうじゃないのだ。
「生きている意味? 暴力を振るうことが?」
「そういう人もいる」
「なるほど理解できませんが、おもしろい発想ですね」
「だから我々が生きるための手助けをしてほしい。このままではみんなおかしくなってしまう」
「みなさんが生きるために必要なものは全てそろっていると私は考えています。足りないものがあったら、おっしゃってください」
「暴力や犯罪を取り締まってほしい」
「等々力さんがやっている自警団があります」
「我々は非力だ。若い連中がグループで襲ってきたら逃げるしかない」
「逃げればいいじゃないですか」
「逃げたら、あいつらが犯罪をするだろ」
「犯罪で困ることはなにもないと思います。盗られたものと同じものをまた差し上げます。暴行されても、殺されても元に戻れます」
「怖いし、痛いだろ」
「一時的なものです。もしどうしても嫌なら、暴行される前に仮死状態になればよいでしょう。死ぬ気なしの自殺をすれば一定時間で元通り生き返ります。暴力を振るわれそうになったら、首を吊るなり、飛び降りるなりして、仮死状態になれば痛みは感じません」
「そういう理屈じゃないんだ!」
だめだ。何度話しても通じない。いらいらするし、焦ってくる。他の自警団員は等々力に異世界人からの譲歩を引き出してほしいと何度も頼んで来たのだ。できるはずがないと思ったが、引き受けざるを得なかった。やっぱり団長なんかやるんじゃなかった。
「あんたたちだって、我々が全員死んだら困るだろ」
等々力は切り札を使った。さすがにこれは困るだろうと考えていたのだ。
「困りません。また100人送ってもらえばよいだけです」
一瞬、頭が真っ白になった。そんな答えは予想していなかった。また送ってもらうだって?
「なんだと?」
「また地球人から100人送ってもらえばよいだけです」
「それが本音なのか! オレたちは使い捨てなのか!」
「それ以外によい方法があればそちらを採用します」
「今いる我々を生かしておけばいいだろ」
「おっしゃる通りです。あなたがたが生きていてくれれば問題ありません」
「だから助けてくれと言ってるんじゃないか!」
「ふたつ問題があります。私にはなにが問題なのかわかりません。そしてなにをすればよいのかもわかりません」
「だから! 犯罪行為を止めてくれと言ってるでしょう」
「その話はさきほどしました。答えは変わりません」
等々力は机を両手で叩いた。両眼から涙があふれるのを感じる。いい年をして恥ずかしいと思うが止められない。
「どうすればいいかわからないんだよ。なんのためにここに連れて来られたんだ。なんのために生きてるんだ?」
泣きながら異世界人に尋ねる。土下座して済むことならいくらでもするが、間違いなくこいつらには通じない。
「あなたがたをここに転生させたのは、我々の社会の多様性を維持するためです。生きる理由はご自身で考えることください。時間はたっぷりあります」
気がつくと異世界人は姿を消していた。やはりダメだった。何度話しても助けてくれない。いや、そもそも助けてくれという方がおかしいのはわかっている。それでもどうしようもないのだ。いっそ宗教でもやるしかないのか。
その時、インターホンが鳴った。画面を見ると、自警団員の大野だった。20代後半のどことなくうさんくさい青年だ。
異世界に来てるというのに金髪だ。
「あのー、いいですか?」
挨拶もろくにできないのか。あきれながら扉を開いた。
「どうしたんだ?」
等々力の質問には答えず、勝手に部屋に入る。
「オレのとことは景色違いますね」
窓際まで進み、外を眺める。
「なにか用でもあったのかい?」
とっとと追い出したいが、そうもいかないので等々力はできるだけやさしい声で訊ねた。
「いや、コイン配ってないからどうしたのかと思って」
言われて思い出した。前団長の不祥事があったこともあり、等々力はコインの配布をしばらく止めていた。
「コインくれなきゃ辞めるってバカは何人かいるんですよ。あいつら団長に言えばいいのに、陰でこそこそ悪口言って、それでコインもらないから辞めるとかまるでガキです」
「そんなことになってるのか……たかがコインだぞ」
「うん。オレもそう思いますよ。でも大事にしてるヤツが多いんです。わけがわからねえ。オレはコイン止めちゃってもいいと思うけど、一時的に団員は減るかもしれません。でも早いとこどうするかはっきりさせないと、あいつらはぐちぐち陰でずっと文句を言いますよ。でもって辞めちゃう。早く決めた方がいいっす。それだけ言いに来ました。」
そう言うと窓から離れ、すたすたと扉に戻る。
「じゃあ、また」
そう言って出て行こうとしたので、等々力は思わず、「申し訳ない」と謝りそうになった。この青年のことを完全に誤解していた。見方はアレだが、ちゃんといろいろ考えて忠告しにきてくれた。
「あの……」
「はい?」
「わざわざありがとう」
等々力の言葉に大野はぱっと顔を赤くした。
「いや、気になったから言いに来ただけですよ」
そして逃げるように去って行った。
希望はある。ああいう若者だっているんだ。なんとかなる。そう自分に言い聞かせる。それからまた椅子に腰掛け、なぜ天国で人は自殺するのかしばし考えた。
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