第15話 13人目 自警団コインの誕生 佐々木元子

佐々木元子は自警団の会合に出席するのが楽しみだった。元の世界では40歳を超えたいわゆる喪女の自分が男性にちやほやされることなどなかった。でも、ここでは違う。お年寄りが多いけど、自警団では少ない女性の自分をほめてくれる。ほめられると服や化粧にも気合いが入る。


毎朝、鏡を見て、自分が思ったよりきれいだったのだとうっとりする。元の世界での人生は失敗だった。どうせブスだからと化粧も服装も気にしていなかったのが悔やまれる。


自警団の会合は、週に1回行われる。それとは別に自警団員は毎朝担当区域を巡回するので、その前に全員で集まって朝礼をする。全員そろっているのを確認し、気になる情報を共有し、自警団長が「今日も頑張りましょう」と言ってみんなで拍手する。

ふたりでペアを組むが、女性同士のペアはない。男性の方が多いということもあるが、自警団長の魂胆もあるのだろうと元子は考えている。この世界に転生した者は全員つきあっている相手がいない。元の世界に配偶者や恋人がいた人は多いが、一緒に転生した人は聞いたことがない。

ここでカップルが生まれればより自警団の活動に身が入るし、それを見た他の転生者が自警団に入るきっかけになるかもしれないと考えているような気がする。


元子のペアの相手は52歳の大山だった。どこにでもいそうな中年太りの男。正直、魅力的ではない。それでも毎日一緒に行動していると、悪くは思えなくなってくる。「悪い人じゃないけど、つきあうとかありえない」から「もうちょっと知りたい」に変わってくる。

大山の方は元子に好意を持っているのは明らかだった。ふたりで巡回していると、元子のことを細かく聞いてくる。元の世界でなにをしていたか、夫はいたのか、好きな食べ物はなにか、そういったことを繰り返し訊かれる。

「大山さんって私のこと好きでしょ?」

ある日、冗談でそう言ったら、真面目な顔で「はい」と答えられてどきりとした。そういう対象ではなかったのに胸がきゅっとした。

「やだなあ。冗談ですよ」

元子はそう言って笑ってごまかしたが、大山は真面目な顔のままだった。


その日以来、互いに意識するようになり、元子は巡回から部屋に戻るとずっとどうしようか考えるようになった。

ここにいれば生活は保証されているし、永遠に生きられる。たった100人で選択肢は限られているのだから、別に大山とつきあってもいいし、嫌になったら別れればいい。

でも割り切れない。大山の容姿がもう少しマシだったら、きっとつきあっていただろう。つきあう相手は性格も大事だけど、他の転生者にどう思われるかも気になる。陰口をたたかれ、笑われるカップルにはなりたくない。


そんなある日、


「コインを配るのはどうでしょう? がんばった人には団長からコインをあげて一番多くコインを持っている人を毎週と毎月表彰するんです」

「ポイントみたいなものですね。でもあえて目に見えるものってとこがいいかもしれません」

「そのコインって持っているとなにかいいことあるの?」

「考えてませんでした。でも、この世界だとコイン持っていないと手に入らないものってないですよね。だから名誉? 運動会のメダルみたいなものです」

「ああ、金メダルみたいなヤツね」


それでコインを作ることが決まった。団長は異世界人に偽造できないコインを作るための機械を頼み、コイン発行とプレゼントは団長だけの特権となる。表彰は1位だけでなく上位5位までとなった。その方がたくさんの人が喜ぶからだ。かといって10人だと自警団員は16人しかいないのだから表彰者が多すぎて、されなかった者のモチベーションが下がる。

実際に始めてみると、意外と効果があった。なんだかんだいって、みんな言葉でほめられるだけでなくコインをもらうとうれしい。団長も自分だけがコインを発行、プレゼントできる特権というのは目に見えるのでうれしいようだった。毎週日曜日にコインの順位が発表になると、上位になった者は大喜びした。1位は元子だった。

そしてコインは一人歩きを始めた。お世話になったお礼に自分のコインをプレゼントする者が出てきたのだ。こうなると誰が何枚コインを持っているか団長にもわからなくなる。

自警団で話し合いが持たれた。全てが無償で提供されるこの世界では、感謝の気持ちやお詫びの気持ちを表現する方法は言葉と態度しかない。それでは本音がわからない。そこにコインが加われば、わかりやすくなるからいいのではないかという結論になった。

そして頻繁に自警団員の間でコインのやりとりが行われるようになった。自分が休んだ時に代わりに巡回してくれた人へのお礼、助けてもらった時の感謝の印。さらにそれは自警団員以外にも広まっていった。みんな気持ちを表すなにかが欲しかったのだろう。

気をよくした団長は自警団員入団キャンペーンと称して、入団した者にコイン2枚、紹介者には1枚をプレゼントし始めた。テレビにも取り上げられ、転生者全員が知ることとなり、さらにコインの普及に拍車がかかった。


佐々木元子はなにかに追われるように必死にコインを集めていた。いろいろな人に親切にし、巡回の代わりも買って出た。そのおかげで1位を保っていた。コイン発行からすでに1カ月=8週間経っている。かなり無理をしていることが自分でもわかっていた。幸いなことにこの世界では肉体の疲労や病気を気にしないでもいいから思い切り無理できる。


ただ、精神の消耗もかなり激しかった。いろんな人に気を遣い、なにかあったらすぐに声をかけてもらって手伝ってコインをもらわなければならない。迷惑をかけてお詫びにコインを差し出すようなことは絶対に避けなければならない。


コインなんかなんの意味もないことがわかっているのに、ほしくてたまらなくなっている。一番でないと、いけないような気がする。もし、2番になったらきっと笑われるし、裏でなにを言われるかわからない。


毎週1位で表彰されるたびに喜びよりも安堵の気持ちの方が大きくなっていった。もう止めたいとそのたびに思うが、止められない。


ある日、巡回の後で団長の部屋に呼ばれた。なんだろうと思って訪ねると、その週の順位のことだった。自警団員の数人が毎週元子が1位なのはよくないと言い出し、自分たちのコインをひとりに集めて1位を取らせようとしているのだという。

「こういう政治的なことに使われるにはよくないと思うんだけど、ルール上は止められないからなあ。僕の計算では佐々木さんよりも10枚くらい多いだけだと思うんだ。10枚を数日で稼ぐには難しいが、ここで作ればすぐだ」

すぐにはなにを言われているのかわからなかった。団長が手を握られてやっと意味がわかった。


いい年をしたおばさんの自分がコイン10枚もらうために、団長とセックスする? ありえない。頭がおかしい。

でも、そうしなければ確実に1位を失うだろう。そうなってもいい、もう止めたいという気持ちと、ここまでやってきて止められないという気持ちが交錯し、元子は震えだした。


混乱している中で団長に抱きつかれて押し倒された。


元子は団長の求めに応じてセックスした。なんの快楽もない行為。団長はすごく興奮して楽しそうだったけど、老人だからなかなか固くならなかったし、すぐに終わった。くだらない。


翌日、元子と団長の行為がテレビで紹介された。事後にコインを渡すところまで映っていた。

「なんやねん。この女、要するに売春婦やろ」

「そもそもこのコインってなんですか? 子供銀行みたいなもんでしょ。なんの意味もないものもらうのにセックスするって頭わいてるやないですか」


「なぜ、こんなことをするんですか?」

「なんのことですか?」

「私と団長の……そのシーンを放送したことです」

「きわめて文化的に興味深かったので共有しました。ここでは全てが自由なのですからなにも隠す必要も恥じる必要もありませんよ」

 次の瞬間、元子の視界が歪んだ。怒りで意識が飛ぶ。こんな経験は初めてだった。気がつくと、元子は異世界人を殴っていた。相手は無抵抗でじっとこちらを見ている。もうひとりは止めようともせず、観察している。

「みんな、お前らのせいだ」

元子は叫んで殴る。激痛が走った。きっと拳が骨折したのだ。かまうことはない。どうせすぐに治る。

「なんでもできるんでしょ! みんなの記憶からあの放送を消して! じゃないと」

「じゃないと? なにが起こるんですか?」

異世界人がまっすぐに元子を見る。感情の薄い、嫌な瞳だ。

「じゃないとこうだ!」

元子は叫び、相手の目に指を突っ込み、眼球をえぐり出した。自分のどこにそんなことのできる力があったのかわからない。ケンカなんかしたことなかったのに。両眼の眼球をえぐり出すと異世界人は動かなくなった。

「後ほど回収と掃除に参ります」

残ったひとりはそう言うと部屋を出て行った。


元子は床に倒れて号泣した。

「佐々木さん、いるんでしょ!」

複数の人間の声がドアの向こうから聞こえた。インターホンはオフにしてあるからだろう。放っておくと、ドアを乱暴に叩き出した。

「ねえ、お話ししましょう。落ち着いて、あなたを責めるつもりはないの」

同じ自警団の女だ。バカ野郎。責めるに決まってるだろ。コインのために売春した女なんて同じ仲間にいてほしくないに決まってる。立場が逆だったら。絶対お前を罵って追い出してる。

そのうちドアを叩く音が激しくなった。なにかの道具で叩いているようだ。しばらくして静かになったと思ったら、今度は鍵を開けようとしているらしくガチャガチャ音がし始めた。

逃げなきゃ。そう思って立ち上がったが、ドアはひとつで逃げ場はない。足下には目玉のない異世界人の死体(?)がある。床は血でぬるぬるだ。歩くとべちゃべちゃ音がする。

あれ? どこに向かって歩いているんだろう? 自分でしていることがわからなくなった。目の前に窓が近づく。

元子は自分がなにをしようとしているのかやっと気がついた。そうだ。逃げ場はここしかないのだ。

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