第14話 12人目 落ちる月 赤雲月(あかぐも むーん)

「バンジージャンプなんか目じゃない。なにしろ死なないんだから地面の激突したっていいんだよ」

月がそう言った時、オレは笑えなかった。

「狂ってる」

「リスカよりも断然よくない?」

赤雲月あかぐも むーんはまだ15歳のくせして、リスカ、アムカ、レグカ、瀉血、OD、飛び降り、首吊り、いわばメンヘラ自殺のフルコースをこなした女の子だった。オレ=矢島晶が会った時は道端に座り混んで泣きながら自分の腕をざくざく切ってた。

周囲には人だかりができていて、遠巻きにした大人たちが「やめなさい」、「そんなことしても死ねないよ」と的外れなことを言っていた。

オレには月の気持ちが痛いほどわかる。だってオレも腕を切っていたからだ。ここに転生してからは切らなくなった。絶対に死なないことがわかってからなにも感じなくなったのだ。死ぬかもしれない時は、血が流れるとほっとした。許されたような気になるっていうか、気が楽になる。死なないとわかってからはなにも楽にならなかった。

異世界人はごていねいに薬の名前を言うと、ちゃんとくれるからODしてラリるくらいしか救いがない。精神病だって病気なんだから治してくれというと連中は過剰な感情を観察したいからそれはダメなんだと断られた。

結局、オレはどこに言ってもクズだ。中学でろくに学校に通えなくなり、高校は通信制にした。それでもまともにできない。早く人生を終わりにしたい。どこにも居場所がない。

それが突然、自由に好きに生きられる場所に転生した。なにをしたらいいかわからない。ただひたすら虚無しかない。だったらとっとと死ねばいいんだが、正直死ぬのは怖い。自傷行為は死ぬためじゃなく、生きてるつらさをやわらげるためにやってるんだ。

「頸動脈きめてやるよ」

オレは血だまりの仲で泣きじゃくっている月に声をかけた。

「殺してくれるの?」

月は目を輝かせた。こいつはオレより重症だと思った。

「本気で死にたいと思えば死ぬんだろ。やってみよう」

月は血だらけの身体で立ち上がった。白いシャツに黒のスカートとジャケット。シャツは真っ赤に染まっていた。

大人たちがなにか言っていたが、オレたちは無視した。月は無防備にオレの部屋まで着いてきた。


他人の首を絞めるのは初めての体験だった。月の首はすごく細かった。両手を回してゆっくり圧迫してゆく。

「あのね……赤雲月」

月はかすれた声でオレに言った。

「むーん? なんだそれ?」

「名前。毒親のつけたドキュンネーム」

「月はつきの方がカッコいい」

「じゃ、じゃあ、つきって呼んで」

「オレはアキラだ」

数分試行錯誤して、やっと月が意識を失った。眼球がくるりと裏返る。とたんにオレは怖くなった。まさか本当に死んだんじゃないよな。

「おい」

声をかけて身体を揺さぶると、「ぶわっ」とすごい勢いで月が空気を吸って跳ね起きた。それから周りをきょろきょろ見回す。

「大丈夫?」

「あ、うん。一瞬頭が完全に空っぽになってどこにいるのか、わからなくなってた。死後の世界見た。広場にたくさんの人がいて手を振ってた」

「わけがわからねえ」

「うん。そうだよね」

それからオレたちは顔を見合わせて笑った。


月はオレの部屋にそのまま住みついた。毎日、ふたりで自殺ごっこをして遊んだ。リスカは効かなかったが自殺は効いた。首吊り、失血死、飛び降り、いろいろ試した。自殺している時は苦しい気持ちが楽になる。一番効いたのは飛び降りだ。地面に月までの間、空を舞っているような感じがするし、痛みも苦しさもないのにすごく死の恐怖を感じる。最高に怖い。そして衝撃とともに意識は消えて、自分の部屋のベッドで元通りになって目覚める。

隣には月がいる。飛び降りた時と同じように手をつないでいるんだ。なんて素敵なんだと思う。


オレたちは自分のことも家族のこともなにも話さなかった。話したのは死ぬ方だけ。互いに包丁で刺したりもした。血だらけのまま、冗談を言い合ってゲラゲラ笑った。生きててこんな楽しいことはないと思った。きっと月もそうだったろう。そう信じたい。でも、もしかしたらそうじゃなかったかもしれない。


オレたちのことはテレビで流れて真似をするヤツらも現れた。飛び降り自殺をしようとマンションの屋上の上がると先に誰かが来ていて、飛び降りようとしているとこだったこともある。飛び降り自殺は見てもなにも楽しくない。ぐちゃぐちゃに潰れるだけだ。


ある日、いつものようにふたりで飛び降りた。数十秒の空中遊泳。その時、月が悲しい顔でなにか叫んだ。風の音でなにも聞こえなかったけど、オレにはなんて言ったかわかった。

だから目覚めた時、月が横にいなくても不思議じゃなかった。ただ、なにも考えられず、身体も動かなかった。

月はもういない。

どこにもいない。オレはなぜ自分が死ななかったのかわからない。あの時、月は謝ったんだ。

「ごめん。死にたくなっちゃった」

そう言ったに違いない。オレにはわかった。だからオレも死にたいと思わなきゃいけなかったのに、なぜできなかったんだ。怖かったのか? ただ、迷ったのか? わからない。

オレだけ生きててもしょうがない。月と自殺する毎日は楽しすぎたから、もう月なしで生きられるとは思わない。死にたい。そう思ったけど、身体が動かない。頭の中で月のことがぐるぐる渦巻いて、このまま狂って死ねればいいのにと泣いた。

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