第2話 1人目 年金暮らし老人 津山聡 最初の自殺者

津山聡は転生初日、希望に燃えていた。なにしろ世界中から選ばれた100人のひとりなのだ。さんざん自分を邪魔者扱いしてきた連中に、ざまあみろと言ってやりたい。これまで生産性のない老人をバカにし、年金を減らそうとしていた首相や大臣だって、こうなったとたんに津山たちを褒めだした。


転生初日、津山はホテルのスイートルームのような豪華な部屋にひとりでいた。


「ご気分はいかがですか?」


目を覚ますとすぐに美しく若い男女が現れた。まるで日本人みたいだし、どちらも津山の好きな俳優そっくりだ。

「この姿はお気に召していただけましたか? あなたの好みを分析して用意しました」

男はそう言い、津山をリビングに連れて行き、ソファに腰掛けさせた。津山は自分の身体が軽くなったことに気づいた。そういえば転生先で身体の疾患を消去し、機能を調整するとか言っていた。それで調子がいいのかもしれない。

「整形したってことか?」

津山は男の言っている意味がわからず、訊き返した。

「いえ、日本人のDNAを元に肉体を作り、私が操作しています」

「DNA、遺伝子か、それでカップラーメンみたいにすぐに身体が作れるって便利だな。オレにも若くてカッコいい身体をくれ」

「あなたは日本人としてここに招かれています。そのままでいてください。私たちは多様性を維持するために、そのままのあなたがたを知りたいのです」

女が口を開いた。いや、男とか女とか関係ない。だって肉体を作ってそこに魂だか脳を移植したんだろう。だったら、元はじじいや子供かもしれない。

「津山さん、あなたはまだなにも理解していないし、これからも理解することはないでしょう」

「なんだって?」

「あなたたちの世界では動物園や水族館があります。みなさんはそこでさまざまな生物を見て、いろいろなことを学び、楽しみます。ここでの転生者の扱いはそれに近い。動物園のライオンや水族館の熱帯魚はあなたがたの文化を理解できません」

男の言葉に津山はかっとなった。

「見世物にするつもりか!?」

「いえ、私たちが関心があるのは思考パターンです。みなさんがどんなことを感じ、考えるかをモニターし、研究します」

「やっぱり見世物じゃねえか!」

「理由はわかりませんが、感情的になっていらっしゃる。よかったら理由を説明してください」

「バカにしてるのか? だってバカにされて見世物にされるんだろ。悔しいじゃねえか」

「まことに申し訳ありませんが、全く理解できません。なぜならあなたがたの世界では自分の能力を適性に把握し、それにも基づいて行動することが推奨されています。この世界ではあなたの知能レベルは低く、観察対象としてのみ意味があります」

男が淡々と説明する。全く感情のない顔でそう言われて津山はぞっとした。

「付け加えると、予想もつかないあなたがたの反応を見て我々が刺激を受けるという副次的な効果も期待されています」

もはやなにを言われているかわからない。それでもバカにされているのはわかる。津山は己の怒りが増大するのを抑えられない。

「てめえらのおもちゃになるために転生したんじゃねえ!」

津山が怒鳴ると、男は相変わらず表情のない顔でしばらく津山をながめていた。

「今のは漫才でいうキレ芸と推察しますが、私たちにその文化はないのです。ふつうの表現で話していただけますか? おしかすると、そちらの冗談でも理解できるかもしれません」

「冗談じゃねえ!」

津山は腰を浮かした。こらえきれない怒りが爆発した。

「すごい。感情的な反応を生で観察できるとは思いませんでした」

男は拍手を始めた。津山の怒りはますます増大する。

「バカにするのもいい加減にしろ」

津山は立ち上がり、男の胸ぐらをつかんだ。

「あなたがたの文化では貴重なものを見た時には拍手するのではなかったですか?」

男が言うと、女が首を横に振った。

「例外もある、たとえば美術館ではその行為は推奨されない。またひとりで本を読んでいる時も非推奨だ」

「その情報は不足していました。情報を補充し、発言を修正します」

津山の混乱と怒りは頂点に達した。絶対、バカにしてる。思わず男を殴った。


気がつくと津山はベッドに寝ていた。

「貴重なファーストコンタクトをありがとうございました。今回の記録は広く共有し、研究させていただきます。今後も私たちふたりがお世話しますので、なにかお困りのことがあったらいつでもお知らせください」

ベッドの横に立っていた女はそう言うと姿を消した。


津山にもう怒りはなかった。なんだか頭がぼんやりする。薬でも射たれたのかもしれない。

数時間すると、夕食が運ばれてきた。日本食だ。好きなハンバーグ。


津山はぼんやりと食事をとり、大きな窓から見える美しい景色と夕焼けに見入った。


なんのために転生したんだ?


それからテレビのリモコンを見つけて、オンにしてみる。


「今のは漫才でいうキレ芸と推察しますが、私たちにその文化はないのです。ふつうの表現で話していただけますか? おしかすると、そちらの冗談でも理解できるかもしれません」

さきほどの騒ぎが放送されていた。松本人志とカンニング竹山にた人物が、津山のリアクションに突っ込みを入れている。横にテロップで「AI(人工知能による人造キャラクターです)」と表示されている。まがいものとはいえ、津山をいじり倒し、ゲラゲラ笑っている。さきほどの怒りと悔しさが蘇ってくる。


津山だけではなかった。他の転生者も次々とネタにされていた。こんなことがことがこれから毎日続くのか? 抗議してやるといきり立ったが、また同じことになるのは目に見えている。


「帰りたい」

転生初日なのに、切実にそう思った。なにもかも東京と同じだが、あいつらは全然違う。これから死ぬまであいつらの見世物にされるのだ。


津山は窓に近づき、外の景色を眺める。そこで窓にガラスもなくもないことに気づいた。ためしに身体を乗り出してみると、そのまま外に上半身が出た。危険だと思ったが、そういう感覚はあいつらにはなにのだろう。


このまま落ちたら死ねるな。生まれ変わったら日本に戻れるんだろうか?


そう思った時、津山の身体は窓の外に出ていた。

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