第11話 9人目 遠山いつき 美人女子大生 美の果ての死
遠山いつきは、すごい発見をした。異世界人に容姿を変えてもらえるのだ。彼女が最初に頼んだのは昨年コンテストで1位になったコロンビアの美女だった。翌朝には全く同じ容姿になっていた。部屋を出て、街を歩くとみんなの視線を痛いほどに感じた。
鏡の中の自分を見つめるとうっとりする。他の日本人は人間には見えない。あれはサルだ。なぜ、みんなは自分の容姿を変えようとしないのだろう。
だが、すぐに気になることを見つけた。左右で腕の長さが微妙に違うし、顔も左右対称ではない。
「左右対称の地球人は存在しません」
異世界人はそう言った。
「じゃあ、あたしが左右対称の美人になったら世界最初で最高ってわけ? すごい。お願い! やって」
翌日にはその通り左右対称になった。それからも毎日のように彼女は肘の肌の色や髪の毛のつやなどこまごまと修正を依頼した。
「そんなに容姿が気になりますか?」
異世界人に質問されるまでもなく、自分のこだわりが度を超しているのはわかっていた。しかし、ここまでやったのだから完璧を目指したいし、それが可能な環境にいるのだ。やらない理由はない。
「悪い?」
「よいか悪いかはあなたご自身が判断することです。ただ、我々にはわかりませんし、他の地球人にもわからないようです。あなたは貴重な観察対象です」
そんなものかと思った。異世界人がなにを考えているかわからないし、知りたいとも思わないが、最後まで面倒みてほしい。
遠山いつきの異常なまでの美に対するこだわりはテレビで何度も放送され、お笑い芸人が思いきり突っ込みを入れていた。なんとでも言うがいい。美しい者の勝ちだ、と彼女は気にしないようにしていた。
しかしある日、街を歩いていると、女子中学生らしい女の子がふたり、遠山いつきを見て笑った。それがひどく気に障った。どういうつもりで笑ったのだ? この容姿になにかおかしなところがあるのか?
ひどく不安になり、笑ったふたりに詰め寄って問いただしたくなる。だが、なんとかこらえて自分の部屋に戻った。じっと鏡を見つめ、おかしなところはないか確認する。鼻が少し歪んでいるように見える。すぐに直してもらおう。
だが、異世界人は鼻は左右対称できれいに整備されており、なんの問題もないはずだという。
「そんなはずない!」
遠山いつきは思わず、怒鳴っていた。
「ほら、歪んでるじゃん」
そう言って自分の顔を指さす。異世界人は、「歪んでいません」と同じことを繰り返す。
「いいから! とにかく左右対称で全く歪みのないようにして」
「わかりました」
翌日、鏡を見ると直っていた。やっぱり歪んでたんじゃん、と彼女は納得した。
遠山いつきは街に出るたびに人の声が気になるようになっていった。周囲のみんなが自分の容姿について噂話をしているように思えてならない。完璧な遠山いつきの姿を見て、嫉妬で嫌味を言っているのだ。みんなが陰口をたたいている。そういう思い込みが激しくなっていった。
遠山いつきは最初に顔を変えてから休むことなく、毎日顔を変え続けた。そしてある日、ふだん以上に完璧な顔だと自負しながら街に出た。
「なにあれ?」
「気持ち悪い」
「あれ、マスクかぶってるんじゃないよな? マジ?」
彼女の顔をグロテスクと言う声があちこちから聞こえてきた。幻聴かもしれないと思いながら、あわてて部屋に戻って鏡を見るといつも通りの完璧な顔があった。どういうことなのだ? いぶかしく思っていると、異世界人が訪ねてきた。
「みんなが気持ち悪いって言うんです。どういうことです!?」
遠山いつきがやり場のない怒りをぶつけると、異世界人は微笑んだ。
「あなたがたが”不気味の谷”とよぶ現象でしょう。3DCGでもロボットでも完全に人間と同じになる一歩手前で、”気持ちが悪い”と感じる領域があります。似すぎているからかえって気味悪くなるようです」
「あたしは人間ですよ。3Dでもロボットでもない」
「左右対称な人間の顔はありません。他のさまざまな点でもあなたの容姿は人間とは言えなくなっています。3DCGやロボットは”不気味の谷”を超えて人間に近づきますが、あなたは人間から離れていって"不気味の谷"を超えるところまで来たのでしょう」
なにを言われたのか理解できなかった。ただ、自分が人間の領域から離れつつあることはわかった。
「止めてよ! 元に戻して、あたしは人間なんだから!」
遠山いつきは絶叫し、異世界人はすぐさま容姿を元に戻し、部屋を去った。
ひとりになった遠山いつきはバスルームで自分の容姿を確認しようとして、すぐに目をそらした。破棄がするほど醜く汚い。よくこんな容姿で生きて来れたものだとあきれる。やっぱりさっきの方がいい。すぐにまたきれいにしてもらおう。
異世界人を呼ぼうとして、躓いて転び、そのまま立てなくなった。どこからか、自分を罵る声が聞こえてくる。
「ブス」
「豚」
「サル」
耳を押さえ、這いずってバスルームを出る。止めどなく涙があふれ出した。助けてほしい。どうしていいかわからない。
家族の顔が次々と脳裏に浮かび、懐かしい実家が目の前に現れた。
「おかえり」
そう言われたような気がして、遠山いつきは声のした方向に向かって走り出した。
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