第10話 8人目 会社員 園田吉行 誰かの役に立ちたい

園田吉行が内山律夫と暮らし始めたのはほんの気まぐれだった。

転生した初日は落ち着かなかったが、翌日になって少し落ち着くといろいろ考えられるようになった。まず気になったのは残してきた家族のことだ。突然、政府から「あなたは転生対象者になりました」と連絡を受け、有無を言わさず転生させられた。なにしろ携帯に出ると、「内閣官房シセイ対策委員会の吉岡と申します。園田吉行さん、あなたは転生対象者に選ばれました。おめでとうございます」と言われた。

わけがわからなかった。ニュースでそんな話を聞いたような気がするが、まさか自分が選ばれるなんて夢にも思わなかった。家族もいるというのになぜ自分なのだ?

「ご家族やご親族のみなさんにもご理解いただきました」

続いて聞こえてきた言葉に愕然とし、振り返ると全てを知っているかのような笑顔で妻が微笑んでいた。なにか言おうとした次の瞬間、意識がなくなり、目覚めるとベッドの上だった。


家族も親もみんな転生を承諾していた、という事実をなかなかのみ込めなかった。初日に現れたメンターに何度も質問し、何度も同じ回答を聞かされた。

「日本政府は生産性のない人物を転生対象にしました。社会にとっても家族にとっても価値がないと判断されたのです」

そんなことが信じられるか、だいたい自分の稼ぎがなくて家族はどうやって暮らしてゆくのだ? 父親がいなくて子供は大丈夫なのか?

「ご家族には日本政府から充分な転生補償金が与えられます。あなたの生涯賃金に匹敵するでしょう」

くそっ、それが理由か。金に目がくらんだのか?

メンターが去ってからもずっとそのことを考え続けていた。日が暮れる頃になり、やっと外の様子を見に出る気分になった。マンションを出るとほとんど人はいなかった。

たった100人しかいないのだから、いなくて当たり前なのかもしれない。


それでもコンビニに入ると数人の客がいた。無料で商品をとってゆくだけなのだから、客という呼び方でいいのかわからないが。

店内で少年と老人が話をしているのが見えた。なんだろうと思い、さりげなく聞き耳を立てる。どうやら少年がひとりで転生したことを老人が心配しているらしい。異世界人のメンターが面倒を見てくれるから問題はないはずだが、老人なりの思いやりというか、おせっかいなのだろう。

一方少年は迷惑のようだ。うつむいたまま、黙って老人の言うことを聞いている。気が弱いのか、話を切り上げて立ち去ることもできないようだ。

「どうかしたんですか?」

見かねて園田が声をかけた。

「いやね。この子がひとりで暮らしているっていうから心配になってさ」

老人はそう言うと、馴れ馴れしく少年の肩をたたく。少年はびくっと固くなった。

「異世界人のメンターがいるから大丈夫でしょう」

「あんな連中信用できるか?」

園田は驚いた。信用するもなにも彼らがいなければ我々はここで生きていけないだろう。この街をわざわざ用意するくらいなのだから、ちぇんと面倒を見る気があるに決まっている。

「信用しなければ生きていけませんよ」

「なに言ってんだ、あんた。ここでは自殺以外では誰も死なないんだ。誰だって生きていける」

言われて思いだした。確かにそう言っていた。

「だったらよけいにこの子の好きにさせてもいいでしょう」

園田がそう言うと、漏示は首を床に振った。

「この子はさびしいんだよ、なあ?」

そう言ってまた少年の肩に触れ、強くつかむ。少年は怯えたように縮こまる。

「怖がってるじゃないですか」

園田はかばうように老人と少年の間に入った。

「なんだと? オレはだなあ。この子のことを心配して言ってるんだ」

老人の顔が赤くなった。初日から面倒なことになった。

「すみません。お気持ちはわかるんですけど、この子もひとりで考える時間がほしいと思います」

「お前になにが分かるって言うんだ」

老人の怒りは収まらないようだ。どうしたものかと園田が考えていると、

「僕、帰ります」

うしろから少年の声がした。振り向くとすでにコンビニを出ていた。ちゃっかり逃げ出したようだ。園田はほっとした。これで老人もあきらめるだろう。

「おい! ちょっと待て!」

老人は後を追いかけようとしたが、少年がすたすた行ってしまったのを見て諦めた。園田をにらみ、舌打ちして店の奥へ進んでいった。


マンションの入り口でさきほどの少年が立っていた。帰ってきた園田を見ると、無言でぺこりと頭を下げる。

「よお」

園田が軽く笑顔を返すと少年はおずおずと寄ってきた。

「さっきはありがとうございました。僕、ああいう人が苦手だったんで」

「礼を言われるほどのことじゃないさ。さっきの人も悪気があったわけじゃないとは思うんだけどな。ちょっとおせっかいなだけさ」

「はあ」

「ここであったのもなにかの縁だ。困った時はいつでも相談してくれ。オレは1121にいるからさ」

「遊びに行ってもいいですか?」

「今から? いいけど、なんか相談あるの?」

「そうじゃなくて……ひとりでいるとよけいなことを考えちゃうんで……なんでみんな僕が転生することに反対しなかったんだろうとか……お父さんやお母さんどうしてるんだろうとか」

園田はどきりとした。この子は自分と同じだ。

「わかった! 一緒にオレの部屋に行こう。ゲームでもするか」

「ゲームあるんですか?」

「メンターに言えばなんでもくれるみたいだよ」


少年はそのまま園田の部屋にいつき、メンターがそれに合わせて園田の部屋を模様替えしてくれた。いったいどうやったのか知らないが、同じ面積のはずなのに1LDKだった部屋がそれぞれの個室のある2LDKにすぐに変わった。

特にすごく親しくなってなにってなにかするわけではないが、たまに一緒にゲームをしたり映画を観たり、ただぼんやりそこにいてくれるだけでだいぶ気持ちが楽になった。元の世界の家族のことを考えないで済む。


「僕たちって異世界の動物園に売り飛ばされたみたいな感じなんですかね?」

「そうだな」

売り飛ばされたと少年に言われて園田はうなずいた。日本政府が自分を売って家族と金を山分けした。もう帰るところはない。


「オレたちって家族みたいなもんだな」

園田がそういうと、少年は黙ってうなずいた。


そんな風にやさしい日々が2週間続いた後、突然少年が出て行くと言い出した。

「なにかあったわけじゃないんですけど、この世界にも慣れてきたし、そろそろひとりになりたいなあって思って」

園田は血の気が引いた。同時にそこまでショックを受けた自分に驚いた。

「どうした? なにか気になることでもあった? なんでも言ってくれ」

少年はなかなか理由を言わなかったが、園田が何度もしつこく訊ねるとやっと説明しはじめた。

「僕、もう家族のことは忘れたんです。でも、おじさんはお酒に酔うと自分の家族の話ばかりするから、ちょっと嫌だなあって思って」

全く記憶にない。確かに園田はよく酒を飲む。なにしろここではどんなにうまい酒でもタダなのだから飲みたくなるのは仕方がない。しかし酔って家族の話をしたなんて覚えはない。

「酔うと必ずします。次の日には忘れてるみたいだから僕もわざわざ言わなかったんですけど。僕は家族のことなんか忘れたいんです」

なぜこいつはウソをつくんだ? そんなことを言うはずないじゃないか。絶対ウソに決まってる。

園田は少年の肩をつかむと、責め立てた。


気がつくと園田はひとりで酒を飲んでいた。少年の姿はない。

「これまでほんとうにありがとうございました」

と挨拶して走り去っていった少年の後ろ姿だけ記憶に残っている。本当に酔って家族の話ばかりしていたんだろうか?

わからない。園田は頬が濡れていることに気がついた。また見放された。誰も自分のことなど必要としていないのだ。そう思い知らされた。

酒を何杯も飲む。

ここにいれば自由だ。なんでも手に入る。なにが不満なんだ。家族は家族でうまくやっているに決まってる。なにしろ金がたくさん入ったんだ。

そう自分に言いきかせても涙は止まることがなかった。


夜が明ける頃、園田は8人目になった。

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