第9話 7人目 中学生 月野千鶴 私を殺してください
「誰かに依頼して殺してもらった場合も死ねるんですか?」
月野千鶴が異世界に転生してから初めて口にした言葉がそれだった。転生してからすでに5日経ったが、これまで一言も話していなかった。今日やっとメンターに質問した。
「あなたが殺される前に、明確に意思表示をしていれば自殺とみなされ、死に至ります」
「ありがとうございます」
「私たちには理解できませんので、死にたい理由はうかがいません。自分で死なない理由を教えてください」
千鶴は黙った。メンターは返事を待ち続けたが、1時間過ぎてもなにも言わないので、諦めて帰って行った。
怖いからに決まってるだろ、と千鶴は心の中でつぶやく。
死ぬのは怖い。だったら死ななければいいのだけど、生きているだけで苦しい。
転生する前から苦しかった。だから母親につきそってもらって、そういうクリニックに通って薬ももらった。薬を飲むと少し楽になるが、薬でごまかしていることで罪悪感が生まれる。
自殺未遂をしてから母親は千鶴をさまざまな医師の元に連れて行った。どれも芳しい結果にはならなかった。そのたびに千鶴は母親に謝る。身体中が鉛のように重くなり、言葉も出なくなるがそれでも必死に母親の前で土下座して、「お母さん、ごめんなさい」という。
母親もつらいのだ。千鶴が落ちこぼれて、こんな病気になってしまったために、もうふつうのよい母親ではいられなくなった。自殺未遂したせいで、親戚や近所にも千鶴のことは知れ渡ってしまった。これまで成功者だった母親は、哀れみを受ける立場に変わった。それが耐えれないのだろう。
千鶴に対してひどいことを言うことはないが、目が冷たい。昔の母親の優しい目、誇らしい目とは全然違う。
「ここで死ぬには自殺しかありません。でも、明確に”殺してほしい”という意思表示をしてから殺されれば自殺にみなされて死ねるそうです」
メンターに頼むんで、千鶴はテレビで自分のメッセージを流した。怖くて正面を見れず、うつむいたまま、ぼそぼそとしゃべる。
「これからマンションを出てコンビニ行きます。誰もいいので、私を殺してください。できるだけ痛くない方法でお願いします」
そこまで言うと放送を終え、メンターにはなにも言わずに部屋を出た。そこですぐに計算違いに気がついた。
「大丈夫? なんでも相談してちょうだい」
おせっかいなおっさんやババアが寄ってきたのだ。なにもわかっていない。プロの医師が何人も診てくれて、それでもダメなんだ。なんで自分でなんとかできると思うんだろう?
千鶴は無視して歩き続けたかったが、完全に囲まれて動きがとれなくなった。
「こんな天国みたいなところに来れて、なにが不満なの?」
「若いうちは物事を深刻に考えすぎるんだよ」
どんどん人が増えてくる。失敗した。ここにはヒマな人しかいないんだ。あんなことをテレビで放送したら、ヒマつぶしにされるに決まっていた。千鶴は部屋に戻ろうとしたが、囲まれていてそれもできなかった。
「あーーっっ」
千鶴は大声を上げると、両手で耳を覆ってしゃがみ込んだ。こんなことをするつもりはなかったが、自分がなにをしているにか、どうすればいいのか、なにもわからなくなった。
何人かが同じようにしゃがみこんで千鶴を慰めようとした。じじいに背中をさすられた千鶴は吐きそうになった。
その時、人の壁の隙間から頭の悪そうな男の顔が見えた。一瞬、目が合うと、相手が笑ったような気がした。
「どけよ」
「どけったらどけ!」
その男と数人がバットを振り回して人垣を崩し、千鶴の前に現れた。暴力的で頭の悪そうな男の子たちだ。さっきは顔がちらっと見えただけだったので、もう少しまともに見えたのに。
「死にたいんだって?」
背の高いバットを持った男の子が千鶴の前に立った。千鶴はおそるおそるうなずく。
「じゃあ、殺してやるよ」
男の子の仲間が笑い、さっきまでの取り囲んでいたじじいやババアは、「止めなさい」と騒ぎだす。
「うるせーな」
男の子たちは暴れだし、野次馬は逃げ出した。逃げて行くじいの背中を千鶴がながめていると、さっきの男の子が楽しそうに言った。
「じゃあな。バイバイ」
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