第8話 高校生 東田天帝 その1 暴力の誕生

「ようするに追い出したかったんだよな?」

東田が質問すると異世界人のメンターはすぐに答えてくれた。

「日本の総理大臣の表現では、生産性のない人を転生させるということになります」

「くそが!」

東田はここに来てからいらいらし通しだった。口うるさい親や教師がいないのは最高だが、その代わりにメンターとかいう異世界人がふたり毎日やってくるし、他の連中によく話しかけられる。つるめるような仲間がいない分、こっちの方がいらいらする。

「お前らもどうせ、バカにしてるんだろ」

「いえ、純粋に観察しているだけです。私たちにないものをあなたがたはお持ちです」

バカにしやがって、と東田は思う。奨学生の時から名前でバカにされてきた。どこからどう見ても立派なドキュンネームだ。いじめられたこともあったが、暴力で解決した。別にケンカが強いわけではない。相手の予想を上回ることをすれば、たいていの相手はびびって二度と変なことはしなくなる。

中学生の時は警棒で殴ったらだいたい相手は逃げた。高校生になってからはナイフと放火だ。そんなことをしていたから、「あいつはヤバい」という噂が広まってまともな連中は寄りつかなくなった。ここではまだなにもしていないのに、東田の暴力的な容姿や言葉使いのせいで、すでに噂になっていた。

「お前らにないものってなんだよ」

「ネガティブな感情です。怒り、憎しみ、悲しみ。そういったものはかすかにありますが、ほとんど感じることはありません。それに比べて転生していただいたみなさんは、ネガティブな感情にあふれています」

「やっぱりバカにしてる」

「マジレスしますと、バカにするという感覚もありません」

「マジレス? そんな言葉どこで覚えたんだよ。完全にバカにしてる。あのテレビだって、見世物にしてるじゃんか」

「いえ、そのような意図はありません。みなさんに情報共有を図っていただくためのものです」

「なんでお笑い芸人がオレらをいじって笑ってるんだよ」

「日本の視聴率の高い番組のフォーマットに合わせただけです。ただ、毎回、非常に多くのクレームをいただきます」

「迷惑なんだよ。止めろよ」

「多数のクレームは予想外の反応でしたが、我々が観察したいネガティブな感情のサンプルが豊富に入手できましたので継続することにしました」

東田はしばらく口がきけなくなった。異世界人たちはいつもの無表情だ。

「オレたちはお前らのおもちゃじゃねえ」

「おもちゃではありません。観察対象です。私たちには理解できないのです。みなさんは元の世界では衣食住もままならない環境もしくは近い将来確実にそうなる立場の方々でした。ここでは自ら死を選ぶまで、健康も含めて全てが保証されているのです。そして自由です」

「自由? じゃあ元の世界に戻してくれ」

「自由はこの世界での自由です」

「くそっ。じゃあ、あなたらを殴ってもいいのか?」

「どうぞ」

「オレが殴らないと思ってるだろ。ほんとに殴るぞ」

「かまいません。自由です。ナイフを使っても結構ですよ。同様に他の転生者に暴力を振るうことも自由です。ただし、この世界では本人が死を選ばない限り死ぬことはありません」

「待てよ! 他の転生者に暴力をふるってもお前らは止めないのか?」

「止めません。あなたの自由です。相手には反撃する自由や逃げる自由もあります」

「ほんとか?」

「ご存じのように私たちはウソを言えません」

「おもしろい、なんだか楽しくなってきた」

東田は笑い出していた。転生者は年寄りやニートが多い。殴っても反撃してこなそうだ。好きなだけいたぶって遊べる。そういえばコンビニで、女を見かけた。襲ってもいいわけだ。

「性病とか妊娠は?」

「性病は存在しません。転生の際に生殖機能を削除したので、妊娠することがありません」

「そんなこと勝手にやってたのか」

「それだけではありません。必要な医療措置を施したので、病気をお持ちの方は快癒しています。車椅子を利用していた方もこちらでふつうに歩けるようになっています」

「へえ……知らなかった」

「精神疾患は手をつけていません」

「オレの頭がおかしいってのかよ!」


街に出ると年寄りが近寄ってきて、「みんなで話し合って、これからの方針とか決めましょう」と話しかけてくるのがうざかった。勝手にひとりひとりで生きてりゃいいじゃんとしか思わない。だが、もう我慢する必要はない。異世界人の言うように自由なのだ。話しかけてきたじじいを殴って黙らせればいい。なんのためバットとナイフも持ってきた。死なないし、傷もすぐ治るというからバットには釘を打っておいた。

東田が異世界人から暴行用の道具をもらってマンションを出てコンビニに向かった。あそこには必ず誰かがいる。


思った通り、コンビニに入るとすぐにじじいが話しかけてきた。

「東田くん、この間の話し合いのことだけど……」

180センチある東田から見ると、見下ろす感じになる小柄な眼鏡のじじい。東田に近づいて、初めて釘を打った異様なバットに気づいたようで顔色が変わった。

「うるせえんだよ!」

東田は怒鳴ると、老人の顔を横からバットで殴った。ごりっという音がして、頬に当たり、それから釘が肉をそぎとり、歯を破壊する。じじいはすごい勢いで床に倒れ、顔中から血を流す。

「おもしれえ」

東田は興奮してきた。ケンカは何度もしたし、武器を使って怪我をさせたこともある。でも、これは絶対死なない、元通りになるという安心感がある分、暴力に集中できる。

悲鳴を上げているじじいに何度もバットを打ち下ろす。気がつくと周囲に人だかりが出てきていた。なにか叫んだり、泣いたりしている。でも止めようとするヤツはいない。

「おい。もう死んでるぞ」

突然、うしろから肩をたたかれた。振り向くと、がっちりした身体つきの目つきの悪い男が立っていた。人目で同類だとわかる。

「死なねーよ。さっきメンターに教わったんだ。ここでは自殺しない限り、どんな怪我や病気も治るんだってよ。あいつらはオレたちがなにをしようが止めない。自由だってさ」

「マジ?」

相手の顔に笑いが浮かぶ。やっぱり仲間だ。やっと見つけた。

「ちょっと貸してくれよ」

東田が、そいつにバットを貸してやると周囲の野次馬に向かって振り回しだした。悲鳴が上がり、野次馬が逃げ出す。互いにぶつかって、倒れ、這ってドアから出て行く。そこに男がバットを振り下ろす。

「すげえ、おもしれえ」

男は顔を赤くして歓喜に浸っていた。血に酔うってはこういうことかもしれない、と東田は思った。

何人かのおっさんが、止めに入ってきたが、バットの一振りで簡単に倒れた。

「天下取れるぞ」

こいつ頭が悪い、と東田はわかった。「天下」ってなんだよ。ここは異世界人の世界だ。オレたちよりずっと高度な文明を持ってるんだ。天下なんて取れるわけない。自分も頭が悪いから仲間にするには、ちょうどいいかもしれない。

「あんた、名前は?」

「……佐野良太」

「オレは東田天帝」

「は? 下の名前なんだって?」

「てんてい」

「なにそれ? どういう字だ?」

「死ね!」

「おい。名前くらい教えろよ。おいってば」

佐野は笑いながらバットを振りあげ、今度は子供の頭に振り下ろした。東田はため息をつくと、コンビニの棚からビールを取った。

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