第6話 5人目 森山孝夫 自警団団長
「責任者の方とお話ししたい」
森山がそう言うと、異世界人は即座に答えた。
「どうぞ」
森山はてっきり、異世界人が責任者を呼びに行くと思ってしばらく黙っていたが、どうやらそうではないらしくじっと座っているだけだ。
「責任者と会いたいんです」
再び頼む。
「日本人の異世界転生についての責任者であれば私です。お話しいただいて結構です」
思ってもいなかった答えが来た。まさか自分のメンターの異世界人が責任者とは思わなかった。ふたりとも見た目は20代の若者だ。いや、容姿はこちらに合わせているから当てにならない。
異世界転生者に選ばれた時は誇らしい気持ちでいっぱいだった。家族も祝ってくれた。まさか70歳を超えた老人の自分にこんな話が来るとは思ってもみなかった。正直、怖かったが、断れないと聞いて覚悟を決めるしかなかった。
まさか着く早々自殺者が何人も出て、自分が自警団を組織することになるとは夢にも思っていなかった。
「あんたが責任者とは知らなかった。ちょっと驚きました」
「あなたには理解できないと思いますが、簡単にご説明します。我々には”個”という概念はありません。あなたがたはひとつの肉体がひとつの精神体を持つという生命体です。私たちはひとつの精神体が複数の肉体を同時に持つという生命体なのです。本件の責任者である精神体は全てのメンターの肉体の持ち主でもあります」
森山は混乱した。つまりひとりの人間が複数の身体を持っているということなのか? 理屈はわかるが、どうやったらそんなことができるのか全く想像できない。
「同時に複数の相手と話ししたり、行動したりできるわけですか?」
「そうです。あなたがただって、呼吸しながら手を動かしたり、会話したりできますでしょう? その延長線上と考えていただくとわかりやすい。多くの生命体は肉体的には個体単体では生きるのが困難です。ですからひとつの精神体が複数の肉体を持った方が合理的です。物資の取り合いやケンカや死もなくなります」
「死なないのか?」
「精神体が持つ肉体全てが死なない限りは死にません。ひとつふたつ死んでもまた新しく加えればいい。あなたがたの感覚だと髪の毛や爪あるいは皮膚といった再生可能なものに近い」
だから自殺しても問題にしていないのか……森山は異世界人が自殺に無頓着な理由がわかった気がした。
「転生してからまだ1カ月も経っていないのに自殺者が4名も出ている。治安も悪化している。そちらからの支援がなければ、悪化するばかりだ」
異世界人の話に困惑しながらも森山は相談を持ちかけた。
「いくつかのグループができ、暴力的なグループが他のグループを圧倒している状況は把握しています。しかし、関係しているのは全て日本人です。仲間で話し合って解決することをオススメします」
「話し合いなんかできない。あいつらは見境なしに暴力を振るう狂犬だ」
「この件に関してできることはありません」
「まともな人間が全部死んでもいいのか?」
「自殺以外で死亡することはありません。自ら望んだ人だけが死にます。死の選択は尊重しますが、だからといって死ぬ必要はないのです」
「この間死んだ田中さんを知ってるだろう! あんな拷問を受けたら誰だって死にたくなる」
「死にたくなった人が死ぬことに問題がありますか?」
「死にたいわけじゃない。拷問されたから他に逃げる方法がなかったんだ」
「我々にはあなたがたの持っているネガティブな感情がほとんどありません。悲しみ、悪意、憎しみ、そういったものはかすかにしかありません。不要だからです。したがって苦痛から逃れるために死にたくなる気持ちは理解できません。大変貴重なデータです」
混乱と怒りと絶望が森山の頭の中で渦巻いた。もう説明も説得も無理だ。それだけははっきりしている。
「頼む。頼みます。お願いだから助けてください」
森山は机に額をこすりつけた。そんなことをするつもりはなかったのだが、気がついたらやっていた。
「答えは同じです。森山さんもおわかりでしょう。仮にここで我々が手を貸して、あのグループの行動が収まってもまた似たような問題を別の人が起こします。あなたがたの種に特有の問題です。矯正するには遺伝子レベルでの補正が必要となり、それではお招きした意味がなくなってしまいます」
同じような問題は確かに起こるかもしれない。いや、きっと起こるだろう。だって、転生者は全員……
「もしかして、あんたたちはこういう問題が起こりやすい人間を集めたのか? だから社会不適合者や引きこもりニートが多いのか?」
「いえ、誰でもよかったのです。日本政府が生産性の低い人間を優先的に選んだと聞いています」
「生産性の低い人間だと!?」
なんという不快で屈辱的な言葉だ。「選ばれた転生者」とあれだけ持ち上げておいて、本音はそれだったのか!
「社会の負担となる者ということらしいです。ただし我々から見ると同じ種の中での違いはあまり感じません」
「どうしたらいいんだ?」
「必要なものは全て与えられ、死ぬこともなく健康が保証されています。好きなことをするとよいでしょう」
「だから! あいつらがいると好きなこともできなくなるだろ!」
「それを解決するのはあなたがたの文明の中での話です。歴史上何度も繰り返されたことだと思います。こちから手出しはしません」
森山は椅子を離れるとふたりの異世界人の前で土下座し、足にすがりついた。
「頼む。オレたちだけでは無理なんだ」
異世界人はすっと足を引き、ドアに向かう。
「我々は好奇心は強いと思います。大変興味深い反応をありがとうございます」
そう言って出て行った。
夕方のニュースで森山が土下座しているところが放送され、お笑い芸人がゲラゲラ笑いながら「このジジイなにやってんねん。ここまで言われてまだわからんの?」と突っ込みを入れていた。かっとなってテレビに椅子を投げつけて壊してしまった。
自分で自分の感情がわからなくなった。絶望、焦燥感、憎しみ、怒り、悲しみ、屈辱……とにかく負の感情だけがふくれあがっていく。
ドアが激しくノックされた。あいつらかもしれないし、自警団の仲間かもしれない。どちらも会いたくない。
森山は5人目になった。
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