第3話 2人目 相良清美 大学生

「ねえ。なんで自殺を止めなかったの?」

相良清美はテレビの画面から目を離さずに訊ねた。女性二人の異世界人は双子のように似た容姿をしていて、どっちがどっちだかわからない。

「死ぬのは自由です。止めません」

「だって、死んだら終わりじゃん」

「本人の意志を尊重しただけです」

「じゃあさ。日本に返してよ。あたしはこんなとこに来たかった訳じゃないんだ」

「それは唯一の例外で許されません」

「へえ。そうなんだ。じゃあ、この街から出してくれんの?」

「可能です。でも、出てもなにもありません」

「あなたたちの街があるでしょ」

「日本人の感覚でいう街はありません。草原が続くだけです」

「バカにしてるの? なんでウソ言うわけ?」

「事実です。草原の理由を説明してもあなたには理解できませんのでしません」

「ほんとにむかつく。あと、あのおじいさんが死んだお知らせに、なんでまっちゃんが突っ込んで笑ってるわけ? あれあんたたちが作ったAIでしょ? 死んだ人をバカにしてるの?」

「みなさんの世界のテレビ番組を忠実に再現しているだけです」

「気分悪くなるから止めて」

「でしたらテレビを消してください。放送は続けます」

「あたし、帰りたいの! 家族や友達に会いたいの」

「それはできません。日本政府が生産性の低い人間として、あなたを選び、家族も同意しています。したがって、あなたが家族に会いたくても、家族は会いたくないでしょう」

清美はこらえきれなくなって泣き出した。

「なぜ泣いているのですか?」

「うるさい! あっち行け!」


3日目になると部屋の外に出ることが許された。外も東京のどっかと間違えるくらいだ。東京よりはずっと人が少ないのと、店員が’あからさまにメタリックなロボットってことが違うけど。

あちこちで固まって話をしているグループがある。清美も声をかけられたが、男ばかりのグループだったので遠慮した。コンビニでお菓子を買って自分の部屋に戻る。

テレビをつけると臨時ニュースが流れていた。日本人同士が言い争いになり、殴り合いのケンカになったらしい。異世界人はケンカを止めずにただ見ているだけだった。自由だということなんだろう。いいんだか悪いんだかわからない。でも、これじゃ犯罪やり放題……いや、ここは日本じゃないから犯罪って概念もないんだ。ほんとに無法地帯だ。


ドアのチャイムが鳴った。どきりとする。異世界人はベルを鳴らさないで勝手に入ってくる。つまり日本人の誰かがやってきたってことだ。

「こんにちは」

ドアを開けると中年のおばさんとおっさんが立っていた。目が怖い。なんだかカルト宗教にはまっている人たちみたいだ。

「自警団を結成しようと思ってるんです」

清美はそれを聞いた瞬間、吐き気がした。自分でも理由はわからないが、ここに来てから一番嫌な気持ちになった。でもたった99人の仲間だと我慢して聞いていた。

しかし一向に終わる気配がない。おっさんはじょじょに清美に身体を近づけてきて、「女性はレイプされる危険もある」とか言い出した。なんでも転生者の中には犯罪歴のある人もいるということらしい。そいつらは1時間くらい話してから、次の部屋に向かった。全部の部屋を回るのに99時間もかかる計算だ。頭悪すぎだろ。3人もいるんだから手分けしろ。すごくいらいらしてきた。


すぐにまたチャイムが鳴った。またかよ! と思って開けようとして手を止めた。

「なあ、全然女の子いないじゃん」

という若い男の声がしたからだ。なんだ? と思って耳を澄ます。ひとりではなく数人が話している。全員男で、しかもすごく頭悪そうなチャラ男って感じだ。

「ねえ、いないの?」

大声とドアを殴打する衝撃が同時に来て、清美は思わず、「ひっ」と声を上げてしまった。

「いるじゃん。女の子でしょ? ちょっと話そうよ」

「どうせヒマしてるんだから遊ぼう」

さっきのおっさんが、「レイプされる危険もある」って言ってたのはこのことかもしれない。ドアを開けるわけにはいかない。清美はドアから離れると、ベッドに潜り込んだ。


しばらくしていつもの異世界人の女性がやってくると、清美は思わず泣き出してしまった。

「日本に帰してよ」

「それは無理です」

「変な連中が来て、ドアを叩くし、レイプされるかもしれないんだよ。あんたたち、なんとかして」

「おっしゃる意味がわかりません。私たちはあなたがたの意志を尊重します。自由に行動して結構です」

「だから! 女をレイプする連中がいるんだってば!」

「それは地球人同士の話なので、お仲間で解決してください。私たちはあなたがたの意志を尊重します。あちらにはあちらの意志がありますから、どちらか一方の意志だけを尊重するわけにはいきません」

「はあ? レイプだよ。犯罪だよ! あたしがやられてもいいっての? そんなおっかないとこなのかよ。安全対策くらいしろよ」

「犯罪はあなたがたの概念ですね。元の世界でお仲間で話し合って決めたことでしょう。ここでもそうなさるとよいでしょう」

「そんなの! 自警団のじじいやばばあと同じだろ。あんたたちが呼んだんだから責任持てよ!」

「衣食住は保証し、病気や怪我は治療します。そこまでは私たちの責任です。お仲間のもめ事はお仲間で解決してください」

「クソが!」

「私たちはみなさんがどのように解決するのか観察します」

清美は駄々っ子のように床に転がりわめきちらした。こいつらは本当になにもしてくれない。もう怖くて外に出れない。

「なんの権利があって、あたしをここに閉じ込めてるんだよ!」

清美が怒鳴る。

「以前申し上げましたように、日本政府とあなたの家族の許可はいただきました。あなたは選ばれたひとりなのです」

「それは選ばれたんじゃない! 見捨てられたって言うんだよ」

清美は床に突っ伏して泣き出した。


翌日、バスルームで首を吊った清美が発見された。

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