第13話 神様が連れていってしまう

 僕は小さい頃から人と喋ることが苦手だった。みんなの速さについていけない。

 それは幼稚園の時にははっきりしていて、他の子の喋るスピートについていけず、登園初日の夜には熱を出したらしい。もちろん僕自身は覚えていない。ただ漠然と子供心に、人と違う、ではなく、僕だけが違う、を意識し始めたのだろう。

 そんな幼少期のいつだか、両親に質問をしたらしい。

「どうして、みんな、おはなし、はやい?」

両親も他の子と違うことを感じていて、障害の検査に連れていったらしい。

自分の子供が障害者であると認めずに、厳しくしつけをすることで治ると信じる、そんな親もいると聞く。

 僕の場合は、僕にとってはありがたいことに「どうあってもこの子はこの子だ。ただ、生きにくいことは間違いない。自分で生き方を見つけるまではきちんと守ろう」と決めたらしい。

 地域の学校に進学し、他の子との違いが分かりやすく出たが、冷やかしはあれど、大きないじめをされなかったことも、本当に幸運だったと思う。学校という世界では、ひたすら自分のやり方を見つけることに力を注いだ。

 年齢を重ねて、時代が変わっていく中で、いわゆるガラケーからスマートフォンやiPhoneになり、パソコンも持ち歩くのが当たり前になった。対人よりもそういった機器を介してのコミュニケーションが当たり前になったことによって、僕の生きづらさが減っていった。今や、メールのやりとり、それからリアルタイムでのチャット、仕事のやり方も多様化した。

 小さい頃から模索し辿りついたやり方は、メールやチャットでの文字を通してのやり取りだった。

 ガラケーの時も友達の中で一番早く文章が打てた。スマートフォンのフリック操作には最初こそなかなか慣れなかったが、今は結構なスピートだと思う。パソコン関係の仕事ということもあって、ブラインドタッチは当然だが、そのスピートもなかなかだと思う。

 そんな自分の趣味は読書で、休日に誰にも邪魔されないところで本を読み、紅茶を飲むことが癒しだ。

 言語化するまで時間がかかる自分にとって、話すことはいくら家族でも少しは疲れる行為だった。読むことに関しては人並み、もしくは少しだけ人より早くなっていったことは、必然に思う。

 本の好きなジャンルはファンタジーである。ファンタジー小説は女性ファンが多いイメージだが、意外と男性ファンもいる。現実ではない世界に浸れるという点では、SFと同じだと思う。僕の場合は、スピート感のあるSFよりも、比較的緩やかなファンタジーが合っていたのだと思う。

 とはいえ、なかなか男友達に読書で語れる人がいなかった。

 ネットで本の感想を書く人がいることは知っていたし、一度は試してみようかと考えたが、文章の修正を繰り返すだけのものになり、諦めた。それ以降は、感想を読むことに集中するようになった。気になった感想にだけコメントをする。

 ネットサーフィンをすると、感想にも合う、合わない、があることに気づく。まるで、そこに人がいて、話しているような感覚になる。僕にはあまり経験がないが、テンポよく話す、話が盛り上がっていく、そんな感覚に近いのではないかと思う。

 ネットではプロフィールも何もかもが本当のことは分からない。ただ、論文やブログというものに比べて、感想という性質なのか、その人自身の何か、人生観や人格が文章の中に見え隠れしている気がする。

 ある時に巡り合ったサイトは、女の子が運営しているらしかった。

 女性であることさえもプロフィールには書いてなかったが、文章から受ける印象は若い女の子だった。もちろん繕われ、中年のおじさんの可能性もあるが、そこは少しくらい夢を見てもいいだろう。

 その子のサイトにした最初のコメントは『目覚しが鳴る前に』の感想だった。

それから一年くらい経った。コメントでのやりとりがこれほどに続くとは思わなかった。一年も経てば砕けた言い方になるような気がするが、お互いに年齢を聞かないままにしたせいか、基本的に丁寧語だった。

 自室のテレビを観るでもなく流しているだけで、適当に選んチャンネルではバラエティー番組が『遮断機が降りた時』が映画化することを取りあげていた。

 普段、気になった映画は観に行く程度の映画館利用者である。観に行くか行かないかの参考にと、少し意識しながら、パソコン画面でいつも通り、本の感想サイトを巡る。

 特に小説原作の映画に抵抗がある人間でもない。あの子、と本当に年下かは分からないが、あのサイトの子はこの映画を観るのだろうか。そんなことを考えながら、ブックマークしたあの子のサイトをクリックする。

 サイトをみると今日、更新されている。そして、タイムリーなことに、今日の本の感想は、たった今、テレビでやっている映画の原作だった。

 僕もこの映画の原作は読んでいた。というか本好きあるあるだが、この作者が本を出したら中身というよりも兎に角買う、そんなところがある。

 早速コメントを書き始めた。そして、手を止めてテレビを観た。映画の公開は来月の頭らしい。公開日の日にちを聞いてから考える。もし、映画の感想を語り合えたら楽しいだろうなと。でも、どうやって?また考える。そうだ、と思いついてから一気に書き、ほぼ読み直さず、勢いにまかせ「コメントを送る」ボタンをクリックした。

 押した瞬間から、大それたことをしたかもしれない、変態といわれるかもしれない、犯罪者として通報されるかも、と後悔し始めたが、もう時間は戻らない。

 

 「コメントを送る」ボタンをクリックして部屋を転げまわったあの日から、あれよあれよと話が進み、映画を観る約束の日になった。

 驚いたことに、あの子は、はい、の返事をくれたのだった。

 僕は映画館にこれほど緊張してきたことがこれまであったか、と思うくらいに緊張して立っていた。この緊張は、きっと今日が初めてのデートのカップルにも劣らないはずだ。

〈映画、楽しみですね。僕は映画館、着きました。〉

 スマートフォンのあの子とのチャットにそう書き込むと、そのままスマートフォンを握りしめて映画館フロアに歩いていく。

 映画館に設置されている公開予定のチラシがなんとなく目に入る。その中の一つが『発車ベルの後は』だった。例の如く、作者つながりで、原作となっている小説は既に読んでいた。今日の映画の原作からつながっている作品だ。

 『目覚しが鳴る前に』から、今日の映画『遮断機が降りた時』とつながり、三番目の作品がチラシの『発車ベルの後は』である。つながっているといっても、三部作というわけでもシリーズでもない。登場人物が微妙に重なるだけで、話はそれぞれ完結している。知っている人はより楽しめるという仕様である。

 スマートフォンの時計をみれば、開場時間の少し前だった。チラシを折って、スマートフォンと一緒に鞄にしまった。

「8番スクリーン『遮断機が降りた時』の開場時間となりました。8番スクリーンにはエスカレーターまたはエレベーターをご利用ください。」

 アナウンスが繰り返して聞こえた。

 動きだしたのは女性が多く、きっと客席に行っても女性が多いことが予測された。少し気後れしつつ、よし、しっかり観よう、とエスカレーターに向かって歩きだした。


 鑑賞後。

 スクリーンが並ぶフロアの端にあるエレベーターに乗り込んだ。スクリーンがあるフロアから、その下のフロントや売店があるフロアをすぎ、飲食店のフロアで降りる。

 このフロアにある一つのカフェがコンセントが使えるということを、調べておいた。

 カウンターのようになっているところでアイスティーを注文し、それを持って自分で席を選ぶ方式だった。

 窓辺の一人席に向かう。

 持っていたアイスティーをテーブルの上に置いた。

 少し高くなっている座席の椅子に座り、そのまま正面の一面ガラス張りになっている窓から下を覗けば、眼下にはたくさんの人が行き交っている。傘をさしているのを見ると、映画を観ている間に降ってきたらしい。

 そういえば、天気予報で通り雨に気を付けてくださいと言っていた気がした。映画は室内だし、通り雨なら室内で雨をやり過ごせばいい、とあまり気に留めなかった。だから、鞄には傘は入っていない。

 鞄からスマートフォンを取り出し、映画中に切っていた電源を入れ、チャットができるページを開いた。

 上映開始時間がぴったりなので、それほどチャット開始にズレは生じないはずだった。だから、〈映画観終わりました。〉という一文は必要ない気がして省略した。

 チャットの画面に打っていく。

〈好きだ〉

 文字の後の変換の後に確定を押したつもりが、もう一度確定を押していて送信されてしまった。

「………あ」

という声が時間差で出た。

 その後すぐに

〈私もこの映画好きだと思いました〉

 と送られてきた。

〈以前感想でも書いたセリフ、役者さんの言い方もぴったりだなと〉

時間を空けずに来たメッセージに、最初の訂正のことを考えて書き込んでいく。

〈申し訳ない、文章途中で〉

 と送る。

〈いいえ〉

 の文字を見てから、また、あの子の一つ前のメッセージに返事を書き込んでいく。

 僕も

〈観て良かったと思いました〉

 と打った後、少し落ち着くためにアイスティーを一口飲んだ。冷たく、ほのかに紅茶を感じた。

〈あのセリフの時の表情もすごく合っていました〉

〈あとは、あの水のシーンがキレイでした〉

〈あれは、映画ならでは、ですね〉

 観たのは、たった今なのに意外と忘れてしまったシーンが、徐々にチャットのやりとりによって、つながっていく。

 ふと、あの子は、どこでこの映画をみて、話してくれているんだろう、と思った。

 画面から視線を外し、ガラス張りの窓から上空を見ると、ビルの上には灰色の雲が広がっている。一瞬、灰色の雲の間、空の一部が光った気がした。

 雷?

 カフェの中ではお洒落なBGMによって音までは聞こえないので、確かめようがなかった。

 かみなり、は、神鳴りともいう。

 神様が来ている。

 神様は、どこかで映画を観たあの子のもとにも行くのだろうか。それとも、もう行ってきたのだろうか。

 スマートフォンを置いて、鞄からスマートフォンの電源コードを取り出した。机の端にあるコンセントにそれを挿した。スマートフォンを持ち直し、電源ボタンを押すだけでチャットのページがそのまま表示される。

 鞄からは、『発車ベルの後は』のチラシが見えていた。



『古今和歌集』 恋部 四八二

              貫之つらゆき

 ふことは 雲居くもいのはるかに なるかみの おときつつ ひわたるかな


               紀貫之

逢うことは遠い空のように隔たっていて、

はるかかなたの雷鳴を聞くように時折あの人の噂を聞きながら、

恋い続けていることだ。



                                13話 完

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