第2話 夜も昼も
男子高校生の話題なんて大概はケンカか女の子の話。俺の高校は普通の、平均的な高校だからケンカは少ない。平凡で、平和。だいたいケンカっていうのもマンガの中のことだと思う。
そうなると、残るのは女の子の話。一応は共学だけど、なぜだか同じ学校で付き合うというのはあんまり聞かない。付き合って、別れて、が、すぐバレるからか、とか言いながら、彼氏彼女持ちのやつらはそれを自慢するから、知られたくないわけではないらしい。俺なら自慢する。いたら、な。悲しいことに現在はいない。現在は。
誰がどこ高校の誰と付き合った、別れた、なんてほんとは興味もないし、面白くもない。みんな興味があるのは、その先だったりする。自分も例外なく、むかつくような怖いものみたさみたいな、そんな感じで友達の話に夢中になっているフリをしている。
「そういえば、お前の女の子の好み聞いたことあったっけ?」
「んー、そーいや、あんま、聞かねーな」
「そーだっけ?」
これ系の質問は、言わないとダメなやつだ。と、頭をフル回転。今は昼休み。さっき食べたごはんが頭を回してくれると信じている。ごはんじゃなくてパンだったけど、たぶんおんなじだろう。
唐突に振られた話題に、内心焦っている自分がいる。
「芸能人だと?」
それ、鉄板だけど、無難に逃れないと、やばいやつ。ちょっとマイナーなの答えたら、すぐ調べてあれこれ言われるパターンだ。昼休みになったらすぐ、ケータイ。そんな俺たちだ。
最近よくテレビで見る女優の名前を答えた。
「おー」
「わかるっ!」
友達の一人から指を差された。人を指すなよ。
「つか、なんで疑問形?」
語尾にクエスチョンマークがついているような答え方なのを言われたが、それは別に本気で好きというわけではないからだった。ともあれ、セーフだったっぽい。ファンってほどではないが、あの女優の、あの目のくるっとした感じが可愛いと思う。
あーそういや、あの人に似てるかも。目の感じとか。基本的に目を合わせられないから、一瞬しか見てないけど。
「そうそう、おまえ、やたらとコンビニ行くよな」
唐突に話が変わったような気がしないでもない。いや、待て、コンビニ?
「ん?そーなの?」
「昼とか買いに?」
コンビニという言葉に、どぎまぎするが、二人はあんま興味ないというようにしている。
「いや、夜、だよな」
一人、幼馴染のこいつだけが、妙に。突っかかってくるというか。ニタニタしてやがる。
「え、なになに、どーいうこと」
「夜中のコンビニとか、なんかやらしー」
興味なさそうだった二人がいじっていたケータイから目をあげた。
「ちげーよ、つか、なんで、俺がコンビニ夜行くって前提なんだよ」
おいおいおい。なんだ、この流れ。夜だと言ってきた幼馴染をチラッとみたら、さっきよりむかつく顔してやがる。これは、嫌な予感がする。
「違うの?」
「この前、夜に見たから」
「たまたまだろ」
「いやーなんか、慣れてるっぽかったぞ」
「なんだそれ」
(笑)がつきそうだな。なんて言ってる場合じゃねぇ。俺が夜のコンビニに行っているのを見られてた。いつだ。昨日?昨日は、行ってないよな。おととい?
「つか、見てたなら声かけろし」
「なんとなく」
なんとなくで人のこと観察するなよ、こえーよ。いつとか聞いたら藪蛇だろ。ん?虎だっけ?いやいや、落ち着け。
「で、夜のコンビニの目的は?」
「え、もちろん雑誌だろー?エロいほうの」
「ちげーよ」
きたよ、男子高校生の良く使う言葉ナンバーワン、エロい。コンビニの目的がエロ本って、みんながみんなそうじゃねーだろ。いや、ちょっとは含むけど。
「行ったことは認めるな?」
なんで責められてるんだ、俺。
「そんないつも行ってるわけじゃねーよ」
「目的をはけー」
「えろ本?品揃えいいとか?」
こいつは楽しそうだな、こういう話になると。
「だから、そんなんじゃねーよ。たまたま夜に暑かったから、アイスでも食おーと思って行っただけだよ。」
俺にしてはナイスな言い訳。ま、実際アイス買ったしな、おとといは。その前は、菓子だったか。変に雑誌買うわけいかねーし、それこそエロ本なんてぜってぇー無理。おにぎりとか買っても、次の日の昼めしには持って来れねぇのは不便だよなぁ。夜のコンビニの賞味期限って朝までで、そういうもんなんだと、この間知った。そろそろ、買うもののバリエーションが尽きそうだなぁ。
「なんだよ、エロ本じゃえーのかよー。つか、そんなんとか、いうなし。俺たちのバイブルだろ!」
「それはお前だけだろ」
「え、そうなの?」
まじショックって大袈裟なリアクション。そういうやつだよな、お前は。
「コンビニの雑誌コーナーなんて外から丸見えだから、俺は使わねー」
「俺もー。知り合いが来る確率、むだに高けーからな」
「なんだと!?そうなのか、え、俺だけ?」
このまま、話逸れねーかな。あのコンビニの話だけは、こいつらにしたくないんだよな。ぜってぇー冷やかされる。下手すると、夜に行こうなんてことになる。それは避けたい。
「つか、どこのコンビニの話?」
まだ続けるのかよ。
「公園の近く」
「あー、なんもない公園か」
「お前んち、そっちだっけ」
「いや、」
こ、これは、ごまかせない。なんせ、仕掛けてきやがったこいつは、家を知ってる。
「ふーん、やっぱなんか隠してるだろ」
「確かにあやしい。おとなしく白状しろ」
なんだこれ。どーしてこうなった。いや、あいつ。ニヤニヤしてやがる。むかつくわ。
――――キーンコーンカーンコーン
「あ、チャイムだー。さー、もどろー」
いつもはチャイム鳴ってもぐだぐだしてるが、今日はすっと立った。逃げよう。
「なんだよ、隠すことねーじゃん」
「放課後覚えてろよ」
覚えてろよ、は、こっちのセリフだ、コノヤロウ。
で、まんまと放課後に捕まった。つか、あいつら掃除の時間に来やがったから逃げられなかったという。そういうことだけは行動力がある、どうせ、あいつ、幼馴染の悪知恵なんだろうけど。まじ、むかつく。結局聞かれて答えちゃったわけで。まぁ、途中から答えるの、まんざらでもなくなって、べらべらしゃべっちまったが。
たまたま夜のコンビニに行ったことがあった。あの時は暑くてほんとにアイスを買いに。近くのコンビニは同級生の母親が働いてて、面倒だから、わざわざ遠いコンビニに行った。母親同士の話ほど面倒なものはない。「だれだれくんのお母さんから聞いたんだけどねー」から始まるとなかなか終わらない。そのおかげで、あの人に会ったんだけど。
コンビニ入って、「いらっしゃいませー」なんて声は聞き流して見向きもしなくて、アイスのコーナーに向かった。なんか遠くまできて安いアイス買うのもなーなんて、でも小遣いも少ないしなーで、少し悩んで、中間くらいの、百円くらいのを持ってレジに並んだ。
商品置いて財布開けて、で、値段言われて、やっと店員みたら、目がクリッとした女の人で。深夜に働いているからきっと大学生だろうけど、なんか、良く分からないけど高校生みたいな幼い感じの。自分は別に身長高くも低くもないけど、同じくらいか少し小さい身長。こう細身の華奢な感じで。
もーなんつーか、一言でいえば、かわいい、って思った。
で、一瞬、止まってしまった。
「あの…」
そう言われて、慌てて財布を見て、いくらだっけ、とさっき言われた値段さえ覚えてなかった。レジの値段画面みて、小銭を出してった。わけわからんけど、緊張して。
「お釣りとレシートのお返しです」
手に触れるか触れないかでお釣りを渡されて。それからレシートを渡されて。小銭入れにお釣りとレシートを乱暴に入れたら、アイスが入ったレジ袋をすっと渡される。何気ない、当たり前の行動が、なんか、別物みたいだった。
「ども」
なんて、普段は言わない礼を言ったけど、たぶん聞こえないくらいの声だったと思う。
レジから扉に向かって歩いていく背中に「ありがとうございましたー」という声を聞いて、声かわいいな、とか、まだ見てるのかなとか思って、コンビニの押す扉をいつも以上に力入れて押してみた。でも後ろを振り返るのもなんだか照れくさくて、押して外に出て視線を店の中に向けることはなかった。
ちょっと歩いてから、息を止めていたのかと思うくらい「はああぁ」って息を出した。うわー、なんだ、こう、うわー。って頭が回らなかった。
それから、あの人のことが気になって仕方なかった。昼間もいるのかなって一度、あのコンビニに昼間行ったが、いなかった。たぶん夜に入ってるんだと自分の中で結論づけた。
そんなわけで、これが好きとか、付き合いたいとか、よくわからないけど、かわいかったと思い出すことがある。
あの人に会いたいから通うのは、ストーカーっぽい、って、もはやストーカーじゃん。だから、たまーに行くだけ。で、行ったらいつも会えるわけじゃない。行ったとき、いるかな、いてほしいなと思うくらい。
まー、なかなか会わないけどな。レジの人、大概同じおじさんで、またお前かよ、なんでだよ、って心の中で八つ当たりしている。おじさん率高すぎだろって。店長なのか、行くと結構な確率でいる。四〇くらいの人当りよさそうな人で、別に何かされたわけじゃないけど、おじさんのレジでの自分はムッとしているんだと思う。
掃除の時間に捕まった俺は、店長(仮)おじさんの話まで勢いでしゃべってしまった。なんだかんだ、人に話すのはテンション上がる。なんたって、男子高校生。
あいつらは今夜あたり、あのコンビニに行こうなんて言い始めている。それに俺は連行されることは確実だ。俺抜きで盛り上がり始めた計画を聞きながら、今日だけはあの人じゃなければいいと思った。
でも、会いたいとも思う。
他二人の盛り上がりに、そんなことを考えていたから、幼馴染の顔なんて見ていなかった。すっかり忘れていたが、こんなことになった原因のこいつは、と何気なくみると、話には入っていたが、どこか上の空だった。
俺に対してのいつものちょっかいだと思っていたが、昼間みたようなニタニタ顔ではなかった。ただ、俺の視線に気づいた時にはいつも通りだった。
「なんだよ。もっと女の話、したいって?」
そんな軽口を言ってきた。
「んなわけねーだろ。つか、ほんとお前のせいでなー」
と言いかけた時、言葉が重なった。
「え、なんだよ」
聞こえなかったことを聞きかえせば、
「なんでもねーよ。恋する男子高校生くん♪」
そう、からかわれて睨み返した。騒がしい廊下の窓から校舎の上を見上げれば、放課後っていってもまだ外は明るい。
ふと思う。あの人は昼間何をしているんだろうと。本当に大学生かなぁ。
何もかも知らない。実は名前も知らなくて、ちょっとだけ、へこむ。
あの人の昼間を知りたいけど、知りたくない。想像してはなんか違うと消した。だって、大学生なんて知らねえもん。想像できないし、実際違うんだと思うけど、なんか想像だけで、いっぱいいっぱいな俺がいる。
あーくそ、なんか恥ずかしい。
『古今和歌集』 恋部 四七〇
素性法師
あなたの噂を聞くばかりで、
菊の白露が夜に置き昼には日の光に当って消えてしまうように、
夜は起きていて思いこがれ、昼は思いに堪えかねて死んでしまいそうだ。
2話 完
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