第3話 加速する
漫画なんかである幼馴染ものは、だいたい家が隣同士で、朝から起こしにくるってのがテンプレート。そして、恋愛対象じゃなかったけど、いつの間にか大切な存在で、それに気づいて、ハッピーエンド。
現実はそうじゃない。そもそも、隣同士になる確率が低い。地区制をとっている自治体が多いから同じ小学校から同じ中学校になる確率は確かに高いが、あくまで地区の話だ。田舎じゃ、土地があるから、隣同士は敷地が広く隣といっても近くはならない。お互いの部屋が覗けるとか、ベランダとベランダで行き来ができるなんてのは、そもそも防犯上どうかと思う。集合住宅であれば家同士が近くなるけど、子供がいる家が少ないから、まばらになるだろうし。というか、朝から起こしに来るとか、常識を逸脱しているだろ。あくまで他人だぞ。
そして、よくあるのは、誰かを好きになった幼馴染に自分の気持ちを意識しだして、ケンカして、すれ違って、紆余曲折あってのハッピーエンド。
はっ、笑わせる。
誰かが言った、「初恋は実らない」の方がまだ信じられる。いや、付き合ったけど、そのあと別れました、だと結局バットエンドか。なら納得する。ま、穿った見方だと思う。こんな性格だから、友達もまぁ、少ない。が、そんなこと別に気にしていない。学校生活で困らなければいい。
暑い夜、たまたま出かけたコンビニへの道で、幼馴染を見かけた。もちろん、家は隣ではないし、少女漫画の登場人には遥か及ばない。なんというか、ほんと偶然だった。
見かけた時は距離があったから、別に声をかけることもないと思って目的のコンビニまで歩いた。たぶんあいつもコンビニだろうと思ったが、一番近くのコンビニの道とは違う方へと向かっていった。コンビニじゃないのか、と思いつつ、なら、どこだろうと単純に思った。近所にこんな時間出入りする場所もなければ、そういうタムロするようなやつでもない。平凡で、普通で、一般的。モテるわけでもなく、浮いてるわけでもない。なんとなく、後をつけることにした。ま、なんかの話のネタにでも、な。
歩いて行った先は、公園の近くのコンビニだった。真っ暗なところにコンビニだけが明るすぎるほどに明るい。なんとなく、一緒のコンビニに入るのは気が引けて、外から見ていた。って冷静に考えれば、こっちのほうが怪しい。
しばらくするとコンビニのレジ袋を提げて出てきた。当たり前だが、なんもなかった。事件が起こるでも、誰かに会うわけでもない。拍子抜けっちゃー拍子抜けだが、ま、いいやと帰ろう思ってタイミングを見計らう。なんせ、会うのは気まずいので、一本向こうの道を通ろうと方向転換しようとした。ばれないように、あいつをみていた。あいつの顔が街頭に照らされた。
なんで、あいつ、顔赤いんだ?
しかも変な顔。眉間に皺を寄せて目は怒ってるみたいなのに、口元は笑ってるみたいに口角が上がってる。照れるのを隠してるのが分かった。
なんだ、あいつ。
自分の用事は、別に近くのコンビニでも済む買い物だったが、せっかくだからと、同じコンビニに入ろうと思い直した。あいつが見えなくなるのを確認してから、コンビニに歩いて行く。
重めの扉を押して開けると、クーラーがガンガン効いていた。そして、やる気のあるようなないような「いらっしゃいませー」という声が聞こえた。キョロキョロと見回してすぐに分かった。
なるほど、ね。
くくく、と可笑しくなるのをこらえながら、店の奥に入っていく。買うものは決まっているからそんな時間はかからない。レジに向かうと、おじさんが担当だった。お前かよ。と内心ツッコミを入れつつ、会計しながら、揚げ物のところで作業する女の人を見る。揚げた商品をレジ横のケースに入れる作業をしていて顔が見える。ふーん、と心の中だけで呟いた。深夜のコンビニという場所から考えれば、まぁ確かにかわいい系ではあるが、まぁ普通にいそうなレベル。
それにしてもなー、と笑いを抑えつつ、会計を済ませてコンビニを後にした。
コンビニを出て、家までの距離は少し長い。近くのコンビニで済ませれば、こんな時間にはならなかったが、面白いものが見れたと、悪戯心が疼く。
これ、どうやってあいつに言ってやろうかなー。
なんて考えながら夜の街頭しか灯りのない道を歩いた。
数日経った学校。とある昼休み、案の定面白い反応をしてくれたあいつは、放課後、最後は隠すわけでもなく、嬉々として話しているようだった。
つまらない。もっと焦って隠すかと思ったのに。
あいつの性格上、積極的な行動をするわけでもないから、当分は何もないだろうな。漠然と思いつつ数日は何も言わないでいたわけだが、今日の昼休みにつついてみた。つか、何か発展するとは思えないわけで。みんなが忘れたころに、また、いじってやるかな、なんて思っていた。
ただ、なんも言わねーのな。
って何、影響されてんだ。うわ、キモっ。
放課後に決まったコンビニに突撃作戦?という頭悪そうな呼び名で、集まったのは夜十時三十分。もちろん制服じゃない。で、集まって、早々にお互いの服をいじり倒した後に例のコンビニに歩いて向かっていく。
今夜あの人がいるとは限らないが、こういうときの行動力だけはあるのが高校生。で、着いたのはいいが、こう遠くからじゃ、コンビニの中が分からない。
「いる?いる?」
「どう?」
「分かるわけねーだろ、こんな遠くから」
そりゃそうだ。あっちからも見えない距離ってことで、ここで止まったわけだからな。
「つか、俺ら、あやしいな」
「捕まったりして」
「うそっ、そうなの?捕まるの?」
怪しいということに関しては、なんとも言えない。数日前にこの行動をしていた自分には。
「つか、行ってみないとわからなくね?」
「みんなで行くのもビミョーじゃん」
「え、みんなで行かないの?」
「さすがに四人は多いだろ」
見た目がヤンキーとかでもないし、四人でも問題はなさそうだが、ここにきての羞恥心。
「じゃあ二人ずつ?」
「結局みんな行くのか」
「だって、女子大学生、見たいじゃんか」
「まだいるって決まってねーぞ」というセリフはシカトされている。
「じゃ、じゃんけんで決めるか」
「こいつは抜き。三人でやって、勝った一人が先にこいつと確認してくる、でどうだ?」と、提案するとすんなり同意される。本日の主役(笑)に、選択権はない。
「まじで行くのかよ」という声に、「まじまじ」と笑いながらさっそく三人は手を出した。
「じゃ、いくぞ。じゃんけん、ポンっ」
一発決まり。
「くそー負けたー。先に見たかったー」
「だから、いるとは限らねーって、あーもういいや」と、どうやら抵抗することを諦めたようだ。
「早く行ってこいよ」
「分かったよ、行けばいいんだろ行けば」
「こいつの反応見てくるなー」とじゃんけんに勝った自分が歩きながら言うと、後ろで笑いが起こった。
コンビニに向かいながら先を歩くこいつは、今どんな顔をしているのか見えない。
扉を押してコンビニに入ると、レジのところには誰もいなかった。夜のコンビニではよくある。奥にいて、レジに商品を持っていったときに出てくるか、もしくは店内の品出しをしているか。昼間と違って常時レジに人が立っていない。それだけで、なんだか雰囲気が違う気がする。
とりあえず、店内を見てみようと、カゴも持たずにうろうろする。一足早く店内に入ったあいつを追いかけた。
「いねーみたい」
「あ、っそ。残念」
「ったく。お前があいつら煽るから」
「はは、いいじゃん、こうやって今日来れた訳だし。いい口実ができただろ。むしろ感謝してほしいくらい」
「誰が感謝するか。つか、いないから来ても無駄だったわけだし」
商品を見てるフリなのか、横に並んで話す。顔を見れば、分かりやすく残念がっている。
「そこは俺の責任じゃないよな。来なかったら、今日はいなかったということさえわからなかったわけだしな」
「そうだけど…」と、納得したような、釈然としないような顔。昔から、ほんと分かりやすいな、こいつ。
「さて、あいつらんとこ戻るか」
「そうだな。なんか買うか?」
「俺は用、ないよ」
「なんも買わなくて出ていくの気まずくね?」
「別に」
「あーそー。お前はそうだろうなー」
精一杯の皮肉だろうが、どうでもいい。
「菓子でも買うかー」と菓子コーナーの列に進んでいく。後を追うようにして棚の角を曲がった。
前を歩いていた幼馴染が、レジから良く見えるその列に入ったところで、「あ」と小さな声を出して、足を止めた。そして、勢いよく視線をレジから菓子の棚の方に、体の向きを変えた。それはもう、見事な九〇度だった。
その反応をみてから、幼馴染越しにレジを覗けば、前も見たあの女の人がいた。黒髪を低い位置で一つにして結んでいる。女子高校生みたいな、いわゆるポニーテールではないのが、またなんとなく大人っぽい。よく言えば落ち着いてそうだけど、まぁ地味だなともいえる。暗そうとまでは言わないけど、昼間の元気な店員とかをみると、あぁなんか深夜っぽいと思わなくもない。制服の水色が明るすぎるような気さえする。
レジまでは遠いからはっきりとは分からないが、やっぱり身長は高くない。一七〇は超えている幼馴染に比べたら確実に、一七〇くらいの自分よりも確実に低い。スラっとしているというか、小柄だなぐらいの印象。なんというか、まぁ女の子らしい感じ。
ここまで観察する自分に対して、明らかな動揺の幼馴染。菓子見すぎだろ。
レジの作業が終わってしまったのか、後ろを向いてしまって顔があまり見えなかったが、前回同様、可愛い方とは思うが、自分的には普通じゃないかと思う。
後ろを振り返った先にある壁に取り付けられた時計を見、一一時からのシフトかと分かった。
それにしても、こいつの良い反応ったらねーなと、改めて幼馴染をみた。
「あれー、なんかあった?」と近づきながら、ワザと菓子の視線の先を辿った。大声ではないが、静かな深夜のコンビニからすれば、少し大きな声で声をかけた。
「しーっ、声、デカい」と注意してくるのを、笑いをこらえながら、観察する。
「このタイミングかよー」とつぶやくのが聞こえ、耐えられなくなったのか「なー、出よう。もう、いいだろ」と小声にして言った。
「えー、お前、菓子買うんじゃなかったのかよ」
「そ、それなら、これ、買ってくるから」と掴んだものは、のど飴だった。
よりにもよって、のど飴かよ。
自分が面白がっている隣で、ズボンのポケットに入れていた財布を出して飴と一緒に持ち、ずんずんと力強くレジに向かって行った。あーあー、あんなに財布、握りしめちゃって。こりゃあいつらに良い報告ができるなと、後ろ姿を見ながら自分もレジに向かって歩いていく。
レジをしている間は、斜め後ろの棚前でレジの方を眺めていた。後ろを向いたままの女の人は、どうやら揚げ物をしているらしい。こっちを向く様子はなかった。
お、レジ、終わった。
そんなわけで、残念なことにレジはおじさんだったから、期待した面白ハプニングは何もなかった。こいうところ運ないよなーこいつ、と少し同情する。
足早にコンビニの扉から出ていったのを追いかけつつ、閉まりかけた重い扉を開けた。外に出れば、もうほとんど走っているんじゃないかってくらいのスピードで二人の元に戻っていった。自分がのろのろと歩いて合流した時には、盛り上がっていた。
「おまえ、まじ、顔真っ赤」
けらけらと笑われている。
「くそー、なんでこのタイミングで」
腕で顔を隠すようにしているが、あまり効果はない。
「天は我々に味方したのだー」
「なんだそれ」
「え、なんかの偉人?」
「んなの、いるかよ」
馬鹿っぽい会話、学校と変わらず、楽しそうだ。
「じゃ、今度は俺らなー」
「ちょ、ほんとに行くのかよ」
幼馴染は、困ったような声で、さっき買ったレジ袋を握りしめていた。
「当たり前じゃん、何のためにここまで来たんだよ」
「そらそうだけど」
「大丈夫だって、とらねーよ」
けけけ、と下品な笑いをしながらコンビニに向かって歩き始めていた。
「とるとかじゃなくて、あーもーほんと変なことするなよ?」
「変なことがわからねーけど、たぶん、しない」
「わからねーのにしないって言いきれないじゃ」
「はいはい、俺らはここで待ってようねー。早く行って来いよ」
こっちはもう見てない後ろ姿を追いかけようとしているのを、軽く羽交い絞めする。自分より身長がデカいこいつを羽交い絞めしてもあまり様にはならないが。
「りょーかい」と二人がコンビニに向かって行った。
「俺、もうここ来れなくなるんじゃ」
「さーどうかなー」と、力なく項垂れるのをみて羽交い絞めを解いた。ポンポンと肩を叩く。
二人きりになれば、無音になる。自分は別に気まずいとも思わないが、幼馴染は居心地が悪いのか、コンビニに向かった二人が気になるのか、落ち着かない。
カシャカシャと音を立てて、レジ袋から買ってきたばかりののど飴を出して開けた。黄色のパッケージにビタミンのうたい文句らしく、レモン味のようだ。
「お前もいる?」
「じゃーもらう」と手を出せば、開けた袋の口をこっちに向けた。中から一つ出して、小さな包みを破り、口に入れた。
酸っぱい。でも、甘い。
「そういやお前、なんでこのこと知ってたんだ?」
「別に、たまたま見かけただけだけど」
「夜にコンビニ?お前も?」
のど飴のパッケージを眺めていたらしい視線をこっちに向けた。
「姉に頼まれてね」
「あいかわらず人使い荒いな、お前のねーちゃん」
こいつは、三つ違いの姉のことも良く知っている。今は大学生で、大学生活を満喫しているらしいが、家での姿に大きな変化はない。大学生というと、もっと華やかなイメージがあったが、実際はそうでもないとも言っていた。
「たしかにね。ま、その代わりにお釣りはもらったけど」
「ちゃっかりしてるな」
「褒められてもなー」と言えば、すかさず「褒めてねーよ」と笑いながらツッコまれた。
「でもさ、夜のコンビニとか危なくねーの」という声は冗談を言うトーンではなかった。
「なんだよ、お前だって同じだろ」
「そうだけど」
「ま、いいや。お前の好みは、バッチリ分かったしな。いやぁ、面白いもの見れた」
何か言いたそうにしているのを遮るように言う。
「ったく、ムカつく」
そういうつぶやきに、はははと笑えば、ムッとしていた顔もいつも通りになった。
しばらくすると、二人が戻ってきた。一人は少し興奮気味に。
「あの子、まじ可愛いな。俺、レジやってもらっちゃった」
「え」
「あれ?そうなの?おじさん、いただろ」と、自分が言うともう一人が説明をする。
「んーなんか飲み物の奥でガチャガチャしてたから、それかな」
「なるほどねー」
「お前もレジやってもらったんじゃねーの?」
「いや、こいつの時はおじさんだった」
「うわ、ドンマイ!」
言うと同時にレジ袋を持っていない方の手で本日の主役の肩を叩いた。周りが静かだから、やけに声が大きく感じる。
「いってぇよ」と言いつつ、二人のレジ袋がカシャカシャと揺れるたびに音を立てた。
「タイミングの問題だろうけどな。ほんと運ねーな」
「こいつ、追い打ちかけやがって」
キッとこっちを睨んでくる。
「俺に当るなよー」といいながら、両手を上げて降参というようなポーズをとった。
「さて、目的も達成したし、帰るか」
「家、抜け出したのバレたら怒られるしなー」
ぞろぞろと来た道を引き返した。
帰る道すがら興奮気味になったやつと本日の主役が隣同士になって後ろで会話しているのが耳に入った。
「お前、あの子の名前知らねーの?」
「そうだよ、わりーかよ」
「名札に書いてあんじゃん」
「見る余裕なんてあるかよ」と小さな声で言うのが、なんか笑えた。
「俺が教えてやろーか?」
「え、まじ?」
「どうしよーっかなー」
そんな声を聞きながら、自分は違うことを考えていた。
幼馴染のありきたり話。なんか癪だが、そういうこともあるのかもしれない、と。一瞬。ほんの一瞬、よぎった。
キモいなー。
いつから、とか、どんなふうに、とか、どこが、とかそんなことは考えないようにした。
あー馬鹿馬鹿しい。そう思って上を向いた。空には星が見えて、雲はない。明日も暑いらしい。本当に鬱陶しい。あぁ、今夜も寝苦しいのかもしれない。
『古今和歌集』 恋部 四七一
紀貫之
吉野川の岩に当り高い波を立てて流れていく水が速いように、
ずいぶん早くから私はあなたのことを思い初めていたのだ。
3話 完
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