第12話 一目ぼれって何?
友達と出かけることも好きだけど、ひとり、部屋で音楽を聴くのも好きだ。
友達と盛り上がるのは、最近流行りの女の子グループアーティスト。雑誌をめくって、可愛いと盛り上がる。友達のなかには真似をする子もいる。
もちろん私も可愛いと思うけど、音楽に関してはあまり好きではない。激しくダンスするグループはすごいとは思うけど、あまり歌詞がないように感じてしまう。アイドルグループも可愛いなと思いながら、別に真似しようとは思わない。だって顔が変わるわけでもないし、同じのを持っても結局似合わない。
どちらかというと明るい曲よりも暗いしっとりした曲が好き。男性アーティストの方が好きで、それもアイドルとかイケメンとかは関係ない。
ある時、友達と遊びに出かけた。インスタで流行っているからと、学校の帰りにその人気のお店に寄ることになった。駅から飲食店街の方向に向かう途中で、路上ライブをしている人を見かけた。それほど珍しくない光景に、ふーんとしか思わなかったけど、近づくにつれて、音が耳に入ってくる。
キーボードを置いて、それを弾きながらマイクに向かって歌っている男の人だった。
友達と喋りながらで、はっきり聞こえたわけではなかったが、なんとなく、聞いてみたいなと思った。歩くスピードが無意識に遅くなっていたようで、気づけば友達二人と少しだけ離れてしまった。
その場で友達に路上ライブを聞きたいと言えるはずもなく、インスタで話題のお店に向かう友達を小走りで追いかけた。
帰りもやっていたらいいなと思いながら、同じところを通った時には、もういなかった。
路上ライブの人は、場所も時間も転々としていてまた会えるかは分からない。ネットで検索をかけてみたが、それらしい人には辿りつかなかった。
教室の窓から外を見ると、住宅街の上に青空が広がっていた。黒板の前の先生は、教科書を読んでいる。クラスのほとんどの人が堂々と机に腕をのせて寝ていた。
先生って大変だな。
そんなことをぼんやり思いながら、教科書から目線を外して、また外を見た。はっきり曲を聞いたわけでもないのに、すぐには忘れなかった。
そういや、今日は学校が早く終わるんだった。もう一度、同じ場所にいったからといって会えるか分からないけど、行ってみようかな。そんな風に思っていたら、先生は教科書を読み終えたらしく、説明し始めたようだった。
「平安時代は、のぞき見ることで恋が始まりました。ですから、ほんの一瞬見ただけで恋に落ちたのですね」
のぞき見って今じゃ犯罪じゃん。
でも一目ぼれって言葉もあるし、一瞬みただけで恋に落ちることもあるのかなぁ。そう思ったら、私のこれは一目ぼれなのかな、なんて思った。でも姿はみてない。
「高貴な女の人の声を聞くことは、ほとんどありませんでした。だからこそ、声を聞けたときの喜びはすごかったようです。声を様々に表現しています」
姿を見なくても一目ぼれっていうのかな。
そうだ、あの人の声はどんな声だったかな。
こんなに気になっているのに、声が思い出せない。
周りもうるさかったし、友達の話も聞いてたし、覚えてない。
私も机に突っ伏すように腕を置いて、その腕の上に頭をのせた。
でも、妙に冴えていて寝られなかった。腕の上で顔を横にむけて、窓の外をみた。
天気がいいな。
ぼんやり思う。
天気がいいから、路上ライブもやってるかな。
今日、あの場所に行ってみよう。
もし、いなかったら、どうしようかな。
うーん、どうしよう。
そう思いながら、自分の腕の中に顔をうずめた。
チャイムがなるまで、あと二〇分くらい。それから、学校が終わるまで、あと、一時間ちょっと。
「今日も行くの?」
うん、と返事をすればあきれた声で
「また~?毎日じゃない?」
「そんなことないよ。月、火、水って続いたからじゃない?」
今日は水曜日で、確かに昨日と一昨日と行っていた。だからといって毎日ではない。
放課後の掃除の時間が終わった後、教室に戻ってきた私に友達が声をかけてきた。どうやら今から部活らしく、ジャージ姿だった。
「あれ?今日、部活は?」
「ほんとはある日だけど、今日は先生が出張だから無しになった」
と言いながら教科書が入った鞄を肩にかけた。
「えー羨ましい」
そういいながらも、この子は部活が嫌いってわけではないことを知っている。遊ぶことも好きってだけ。
「部活ある日だと、終わったあと間に合わなくない?」
「うーん、たぶん」
苦笑いして返事をすると、教室にかかっている時計を見上げた。
「そろそろ行くね」
「はいはい、いっていらっしゃい」
じゃ、また明日、と言いながら教室を出て、昇降口に行って足早に門を出た。
あ、今、曲の途中だ。
駅についてから、急いで向かえば、少し遠くからでも姿が見えた。今日は平日ってこともあって、通りに人が少なくて、遠くからでも見える。
歩くスピードを少し落として近づけば、少しずつ聞こえてきた音楽は、最近流行りのドラマ主題歌だった。主題歌を歌っているのは有名なアーティストだけど、この人の声で歌ったのも好きだなって思う。
足を止めて定位置となった場所で聞く。
曲が終わると、今日は聞いていたのが私だけだったこともあって、話しかけてくれる。
「今日も来てくれたんだね」
「はい」
何回か来ていて話しているのに、この瞬間はやっぱり緊張する。なかなか目を見て話すことができないでいる。
「ありがとう」
「いえ」
もっとちゃんと気の利いた返事をしたいのに、言葉がいつも出てこない。そんな自分にあとで一人反省会をすることになる。
「でも、無理はしてない?」
「し、してません。あの、今日は部活も休みで」
制服で来ていることもあって、高校生であることも部活の話もしたことがあった。
「それならいいんだけど。あまり遅いとおうちの人が心配するから、ほどほどにね」
え、と少し顔をあげた。自分より身長の高いその人の顔までは見れない。
「はい…」
思考をフル回転させて言葉の意味を理解しようとする。嫌われたのか、迷惑がられたのか、そう思ったら泣きそうになる。
「迷惑に…」と小さい声で言いかけたところで遮られた。
「違うからね。ファンになってくれて嬉しい。だから、学校やおうちで怒られることになったり、体を壊したりしたら悲しいから、聞いたんだ。誤解しないでね」
その言葉を理解しようとまた考えて、一瞬の沈黙。
「そうだ、今日は何を聞きたい?リクエストして」
と、いつもより少し明るいトーンの声が頭の上から降り注ぐ。
私が迷惑になっているかもしれないということをグルグル考え始めそうになった思考が一瞬にして、リクエストでいっぱいになる。
「いいんですか!?」
「うん。人もいないしね」
自嘲するような苦笑いをしてる気がした。相変わらず顔は直視できないまま、曲を思い浮かべていた。
「えっと、えっと」
と、待たせてしまっては申し訳ないという気持ちに余計に焦る。
「ゆっくり考えていいよ」
という声が聞こえる。
他のアーティストの曲を歌っているのも好きだけど、一番は、と思って口を開いた。
「あの、オリジナルの曲がいいです。『歪な輪っか』!」
少しだけ大きな声になった。
「嬉しいこと言ってくれるね。分かった」
そういうと、キーボードのところに歩いていき、椅子に腰かけた。
ふーっと息を一つ吐いて演奏が始まった。
伴奏のあと、始まった歌声を独り占めした。
『古今和歌集』 恋部 四八一
凡河内躬恒
初雁の声のように、ほんのわずかに初々しいあの人の声を聞いてから、
私はずっと恋の思いに取りつかれて、上の空になっていることだ。
12話 完
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