第18話 リアルタイムな恋
「Twitter繋がっているから久々な感じしないわ」
「確かに~」
そんな会話をしているのは、大学生らしい女の子二人だった。土曜日の日中の電車は、いつもの通勤ラッシュとは打って変わって、二駅過ぎたところで座れた。
わかる、思わず心の中で同意した。Twitterでその人のつぶやきを見てると、その人の毎日が分かる気がするし、顔も知らない人のことを知ってる気さえ気する。ただ、そうやって勘違いしそうになることが、SNSの怖いところだとは自覚しているつもりだ。
席に座れたところで、スマホでTwitterを開いたままで画面だけ消すと、イヤホンを鞄の中から出してスマホに挿した。
スマホの電源を入れれば、すぐにTwitterの画面が見える。別の画面で動画サイトを出すと、チャンネル登録した画面で、慣れた手つきでアップされた動画をスクロールした。
そうだ、今日はまた動画上げるって書いてたっけ。
起動させたままのTwitterに切り替えると、タイムラインを遡った。
いつもなら、動画をアップした後は、そのURLをつけたツイートをしてくれるが、見当たらない。
ちょっと肩を落として仕方ないと、画面を切り替えて過去の動画を見始めた。
これは何度みても好きだな、と選んだ一つの動画。
彼が動画サイトでの発信を始めたばかりのもので、好きなコンビニお菓子を喋っているだけのもの。
動画撮影にまだ慣れていなくて、編集もあまりしていない。そんな素朴な感じが好きで、今でも時々見返してしまう。
懐かしい気持ちになるから、この動画に限らず、昔の動画を見てしまう。
きっと有名な動画サイトの人たちは、過去のものは消しちゃったり、編集し直しちゃったりするんだろうけど、彼は、それをしないでいてくれる。
最近の動画で、少しだけそれに触れたことがあった。
「過去の動画の感想をTwitterで送ってくれる人がいて、励みになっています。今もまだまだだと思うけど、昔の方が動画の技術力も話もまだまだで、我ながら初々しい。
それでも、その時のものはその時のままで残したい。最近アップしている動画を見て興味をもってもらう。過去の動画をみてもらった時に、ずいぶん違うなぁなんて笑ってもらえたら、それはそれで、僕の動画の目的を果たしています」
今日の動画が発信される前に、と、もう何度もみた動画の再生ボタンを押した。
「こんにちは、今日は僕の好きなコンビニのお菓子を紹介します。といいながら、僕が食べたいだけなんですけど。
まずは、これ。」
と、実物をどんどん出してカメラに見せていく動画だった。一つ一つ、好きなところや思い出なんかを喋っている、日常を切り取ったような素朴な動画だ。起承転結もなくて、でも、ニコニコと話すのを聞いているだけで、癒される気がした。
そして、衝動的に、この動画を観た後に、夜もいい時間だったにも関わらず、コンビニへ行ったことを思い出していた。
走り書きのメモと財布と、部屋の鍵とスマホだけを持って、部屋着のTシャツとスエット生地のズボンで、サンダルをひっかけて出かけた。
夜、11時が過ぎたばかりということもあって、コンビニまで誰ともすれ違わなかった。
住宅街を抜けて、公園近くのコンビニに行くと、コンビニだけが煌々と電気をつけ、眩しいと感じるくらいだ。
自動ドアのボタンを押して中に入ると、人が来たことを知らせる音が鳴った。まだそれほど暑くない外からくると、クーラーが効きすぎているくらい効いていた。
入口近くのカゴを腕にかけて棚の間を歩くと、すぐにお菓子コーナーに辿りつく。
脇に挟むようにして持っていた財布から、入れていたメモ書きを取り出すと確かめながら、選んでいくフリをした。
さっきみたばかりの動画で、お菓子の数もそれほど多くなかったので、メモを見なくても選ぶことはできる。ただなんとなく、夜も遅い時間に、お菓子だけを買っていくのが、恥ずかしくもあった。一人では食べないんですけど、頼まれたので来ました、という設定を装うことにした。
いそいそと、お菓子を選んだ後、自分ん家の冷蔵庫を思い出して、飲み物も買っていこうかな、とガラス張り冷蔵庫になっているドリンクコーナーへ向かった。
一度カゴの中のお菓子を見て、ガラスの向こうに綺麗並んだ飲み物を見た。
ジュース?炭酸?紅茶?お酒?
飲み物を一通り眺め、一つの銀色の扉の取っ手を引いて開き、カゴに緑茶を入れた。
パタンとガラスの扉が閉まり、さっきのお菓子コーナーの通路から見通せるレジに向かう。
私以外の客が店内にいなかった。レジには女子大学生くらいの女の子と、おじさんがいた。レジ後ろのバックヤードにおじさんが消えて、レジには女の子が立っていた。なんだか、女の子が待っている気がして、少し急ぎ気味でレジに向かった。
特に他に買うものがないが、なんとなくコンビニというところは、無駄にウロチョロしたくなる。夜中のアイスは魅惑的だし、夜中の雑誌コーナーはなんだか昼間とは違う雰囲気がある。
今日の目的は達成されただろ、と自分に言い聞かせてレジにカゴを置いた。
「いらっしゃいませー」と言われ、ピッと音を立てながら商品がカゴから出されていく。終わると、合計金額を言われ、私がお金を準備している間に手際よくビニール袋にお菓子が入れられていった。
脇に挟んでいた財布からお札と小銭を置いた。レジを操作した女の子から、お釣りとレシートを受け取って、袋に詰められたお菓子たちを持つと、思ったより袋が大きかった。
緑茶が一番重いが、軽くても箱もの、一番は空気の入ったポテチが面積を占めている。
白いビニール袋に財布を入れて店の自動ドアのボタンを押した。「ありがとうございましたー」と後ろで女の子の声を聞いたと同時に、入った時と同じように音が鳴った。
来た道をそのまま辿っていく。ぽつぽつと街頭が照らした道を歩いていくが、行き同様に人には、すれ違わなかった。
マンションのエントランス、そして自分の部屋に着くと、ズボンに入れていた鍵で開け、サンダルを脱いであがった。
部屋の電気を付けながら、廊下を進んでリビングに行くと、テレビの前に置いた、ローテーブルの上のパソコンの電源を付けた。ズボンのポケットにしまっていたスマホを、パソコンの横に置く。
「よいっしょ」と、声に出してローテーブルのパソコン前に座った。
白いビニールに詰められたお菓子をパソコンの横、テーブルの上に並べてみた。
「なかなかの数」と、会計した時の金額を思い出して、苦笑いした。
普段ならお菓子を買っても一、二個。こんなに一気に買うことは滅多にない。財布を近くの鞄に入れて、お茶のペットボトルは机の下に置いた。
起動したパソコンのインターネットのアイコンを押して、動画サイトを開く。それから、すぐにTwitterのアイコンを押した。
動画サイトとTwitterを二窓にしたところで、パソコン横に置いたスマホのカメラを起動して、机の上に広げたお菓子を撮った。
スマホのTwitterを開いて、新規の投稿画面を開いた。写真選択、文章を打ってツイートボタンを押せば、すぐにアップされる。
「コンビニお菓子を買ってきた」という一文。そして、今撮ったばかりの画像に、特にハッシュタグは付けていない。
スマホを一度テーブルに置くと、マウスで動画サイトのお菓子を紹介する動画を選んだ。Twitterのホームで更新すれば、今ツイートした画像付きのものが最新になった。
動画サイトの彼もTwitterをやっていて、コンビニに向かう道でフォローしていた。
時計を見ると日付が変わったばっかりだ。
「明日、ってか、今日なんだけど、休みで良かった」と呟きながら、動画の再生ボタンを押した。
パソコンにつないだままのイヤホンを耳につけると、彼の声が聞こえてくる。
テーブルに広げたお菓子の中から、一つの箱を手に取って、開けた。トッポと書かれたパッケージから一袋の銀色の袋を出し、開けた。
パソコンの画面から一瞬目を離し、袋を覗けば、二重丸がたくさんの断面が見えた。一本取り出して口に食わえて、パッキンと音を立てて折った。
「あ、久々だけど、うま」と 呟いて、流れていく動画を見る。
カタカタとパソコンのキーボードを打って、トッポって懐かしいなぁ、とツイートした。
子供の頃は、トッポの周りだけを食べて中のチョコだけを残す、なんて、遊びをしたけど、今じゃ、食べ物で遊んじゃいけません、と叱る側の大人になってしまった。
そういやアポロも上のチョコと下のイチゴの部分をきれいに分割する遊びをしていて、子供って遊びを見つける天才だよなぁと思う。
写真用にテーブルに並べたお菓子をもとのビニール袋に入れていく。
さすがに、この時間に全ては食べられない、と苦笑いした。
ポテチみたいに空気の入ったピザポテトを袋に入れた。これは、動画を観ながらには、ふさわしくないので真っ先にしまう。動画の彼の話がポテトの音に混ざるのも申し訳ない気がする。
でも、彼と同じように、私もピザポテトが小さい頃から好きだった。ポテチとは違う、ちょっと特別な感じ、子供心にはピザ=オシャレだった。
次に袋に入れたのは、少し大きめの箱のパイの実。パイの実は、小さい頃にはあまり買ってもらった記憶がなくて、自分で買うようになってからは、袋のファミリーパックを買っていた。パイの実が二つ入っている小分けのものが袋いっぱいになっているのをみると、たくさんだ!幸せだ!と、思わせてくれる。
そういえば、ファミリーサイズになってるものだと、アルフォートもそうだなぁと、コンビニで見かけた青色のパッケージを思い出した。チョコとクッキーを一緒にするなんて、今でも画期的だと思う。
ファミリーパックの定番といったら、カントリーマアムとチョコパイだけど、私はエンゼルパイが好きだ。夏は部屋に置いておくとチョコが溶けてしまうので、買ってきたエンゼルパイを冷蔵庫にしまっていて、ひんやりしたのを、食べていた。あのマシュマロの魅力は凄い。
カントリーマアムは、冬に電子レンジで温めて食べるのがブームになったことがある。ただし、やりすぎると、火傷するし、焦げたりもするのが、なかなか難しいところだ。
今日は、コンビニサイズのチョコパイを買ってきているが、動画の紹介はまだ先なはずだ。
麦チョコとチョコフレークにハマっていた時期があって、ひたすらにお菓子はチョコを選んでいた。
動画の彼が次に紹介したのが、ピュレグミだった。
ピュレグミのハートの形は可愛いけど、その中のレアである星型をみつけたときのやった!という喜びを話していて、同じだ!と嬉しくなった。
ピュレグミの中で、ずっと好きだったのはレモン味だったけど、今回コンビニで買ってきたのは、グレープ味。
ピュレグミはグミだから噛んで食べる人が多いだろうけど、私はなぜか小さい頃からグミも飴のように舐めるのが好きだった。一つを長く味わえるからかもしれない。貧乏ちっくだなと思うが、あのハートの周りの酸っぱいのを味わって、ツルツルになったグミをじっくり味わうと、二度美味しい気がする。
ポキポキと音を立てて、トッポを食べていく。
レアなものを見つけるというとマーブルチョコもそうだった。四つ葉のクローバーを見つけるために、ひとつひとつじっくりみては、口に入れていた。
次に紹介していたのは、コアラのマーチだった。ビニール袋に他の箱とは違った六角柱の箱を入れた。
コアラのマーチの眉毛コアラがレアらしいが、動画では言ってなかった。コアラのマーチのあのチョコが少しだけで、食べるとパリッとなる感じが好きだと動画で語っている。
小さい頃、チョコが少ないことが悲しくて、あまり食べなかったので、そうか、あのパリッて感じがいいのか、と今更ながらに気づかされる。
トッポの一袋が終わって、もう一袋を開けた。
動画で紹介された、消えちゃうキャンディーは、遠足でのお伴だった。なめていると色が変わっていって、その変わった色で占いができる。
これは、誰かに、「ねぇ、何色?」って聞くのが楽しい。
子供の時には食べなかったのは、ダースだ。こういう小さい箱に数が明確なやつは、勝手に大人の女の人が食べるやつ、なんて思っていた。
たぶん小さい時って数が重要で、パンダクッキーも好きだったけど、ちょっと贅沢な気がいた。
そして、一番のお気に入りは、ぷくぷくたい焼きだった。駄菓子屋で並んでいる中だとちょっとお高めなので、食べる時はもう心してゆっくり食べた記憶がある。
あのチョコのつぶつぶ、周りの最中のサクサク。少し後にエアロというチョコが出たときは、ぷくぷくたい焼きの中のチョコみたい!と思った。
コンビニでは、ぷくぷくたい焼きを見なかったので、ちょっと寂しく思った。見なくなった、というかコンビニでは置いてなかったのかもしれない。
コンビニで見なかったヤンヤンつけボーも一時ブームで、そればっかり選んでいたことを懐かしく思う。
あのチョコをいかに最後まで食べきるか、というか舐めきるかが勝負ポイントだった。
いつの間にかトッポが食べ終わっていて、次のお菓子を、まだ袋に入れていないテーブル上のお菓子たちを眺めた。
少し考えてから、残りのテーブル上のお菓子たちをすべてビニール袋に入れた。テーブルの脚の近くに寄せると、テーブル下に置いた、買ってきたペットボトルの緑茶の蓋を開けた。
久々の、そして夜中のトッポは意外と満腹感があった。
緑茶のペットボトルを飲み、ぷはっ、と口を離した。緑茶が美味い。
動画を観ながら緑茶の二口目を飲むと、スマホの通知が鳴った。
開いて確かめてみると、Twitterの、いいね、がついたらしい。
パソコンの二画面の片方では動画が流れたままで、相変わらず、耳からは彼の声が聞こえる。もう一つのTwitterにも通知のところに、マークがついていた。
「いいね」をしたくれたアカウント名は、さっきフォローしたばかりの彼だった。
「えっ」と「―さんがあなたのリツイートをいいねしました」という文字を眺めた。
「いいね」の記事は、お菓子の写真を添付した、それだった。
動画と同じお菓子が並んでいることに気づいたのか、それとも、単純にお菓子好きとしての「いいね」なんだろうか。
恥ずかしいような、嬉しいような。
動画が、その横の画面で流れていく。この動画の彼が、今、私のツイートをみていたんだ。そして、「いいね」を押してくれた。
Twitterの新規ツイートを入力しようとして、消した。もう何を呟けばいいのかが分からなかった。
とりあえず、落ち着こうと、お茶を飲んだ。
電車に揺られながら、最初に彼に「いいね」をもらった時を懐かしく思い出していた。
結局、新規ツイートをせずに、最後まで動画を観て、寝た。
朝起きた時、あの「いいね」は、夢だったのでは、とローテーブルに置きっぱなしのスマホでTwitterを確かめた。
ぼんやりした頭が冴えてくると、ローテーブルに開きっぱなしのパソコンと、その下の大量にビニール袋に入ったお菓子があり、空っぽのお茶のペットボトルが転がっていた。
夢ではなく「いいね」も取り消されていなかった。
動画から顔を上げると、最寄り駅の一つ手前だった。動画からTwitterに切り替えてみる。
あ、とTwitterに動画をアップしたことと、その動画のURLを載せたツイートに気づく。
動画をすぐに再生しようにも、最寄り駅を知らせるアナウンスが流れた。
帰ったら、すぐに動画を観ようと、スマホの画面を消して座席から立ち上がった。開いた扉に向かって歩いていく。
動画がアップされない日も、Twitterを眺める毎日だ。
おわり
『古今和歌集』巻第十一 恋一 四八七
よみ人知らず
ちはやぶる
賀茂神社の神官は神事に木綿襷をかけるが、
私も一日だってあなたに思いをかけない日はない。
恋歌物語 ゆずりは @yuzuriha-0102
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。恋歌物語の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます