Dr.Yamada file.14【 優先順位 】
「はあ? 誰が上司だってぇ~?」
素っ頓狂な声で助手の佐藤が、Dr.山田に向かって訊き返す。
「……だから、ここは山田ラボだし、責任者はこのわたしだ。君は助手なんだから、いわば部下だろう?」
「で、それが、なぁに……?」
研究室のパソコンでギャルゲーをしながら、佐藤が面倒臭そうにいう。
「上司の言うことをたまにはきいたらどうなんだい」
「仕事ならやってるでしょう? 空いた時間にゲームして何が悪いの」
佐藤はパソコンの魔術師と呼ばれる天才的プログラマーである。
「君が優秀な助手だと認めているさ。けどね、明日は大学の理事長たちがこのラボを視察にくるんだ。この部屋をなんとかしてくれたまえ……」
劇薬保管倉庫の奥にある山田ラボは、博士と助手の二人きりの研究室なのだ。
日頃は誰もここには近寄らないし、大学からも見捨てられている。だが、年に一度だけ研究費を計上するために事務局の視察を受けなければならない。
しかし山田ラボの室内は、おおよそ研究室とは思えない有様だった。
壁一面に貼られたアニメのポスター、棚に並べられた美少女キャラのフィギア、アニメキャラのぬいぐるみやクッションが床を覆い、BGMは声優が歌うアニソンが流れている。
これらはすべてアニヲタ助手佐藤の私物である。
「明日は視察だから、アニメグッズを片付けてくれまいか」
「嫌です!」
即答で拒否する佐藤だった。
「上司の命令が利けないのかい」
「僕はあなたの部下じゃない。まゆりん姫の下僕ですもん」
佐藤は人気声優の志村まゆりファンクラブ『まゆりん皇国』の皇国民を自称している。
皇国民である佐藤の使命は、まゆりん姫が声を当てているアニメすべて鑑賞して、CD、DVD、ブルーレイ、アニメ雑誌など、まゆりんが関係したあらん限りのグッズ買い漁ること、そしてまゆりん姫の偉大さをネットレヴューなどで
もはや佐藤の人格の89%は“まゆりんへの愛で出来ている”といっても過言ではない。
「アニメは趣味として、もっと仕事に真剣になってくれたまえ」
「僕の人生で最優先すべきことはまゆりんのことです」
「いや、他にも大事なものがあるだろう?」
「無いです!」
きっぱりと言い放つ佐藤である。
「じゃあ、わたしは……」
「博士は優先順位38番くらいかな?」
「わたしが38番ですとっ!?」
「まぁ~そんなもんでしょう」
「わたしより優先順位が前の37番はどういう項目かね?」
「う~んと、天気が良ければ布団を干す」
「ううぅ……わたしは布団にも負けているのか」
「ちなみに優先順位36番はたまってる汚れたパンツを洗う。35番はサボテンに水をやる」
「パンツやサボテンより……わたしの方がどうでもいい存在なんて在り得ない!」
机を叩いて抗議するDr.山田に対して、冷ややかな佐藤の視線。
「だいたい、あんたは上司としての威厳が
「失礼なっ! なんたる無礼な発言!」
「今までの人生でパソコンしか友だちがいなかった、この僕に光をくれたのはアニメです。僕のすべてをまゆりん姫に捧げています」
もうこれ以上話し合っても埒が明かない、平行線のまま博士と助手は睨み合っていたが――。
「後生だから……佐藤くん、この部屋なんとかしようよ。足の踏み場もない。明日は視察団がくるんだ」
ついに涙声で訴えるDr.山田である。
「アニメグッズを片付けるなんてお断りです!」
なにを言っても、聞く耳持たない頑固な佐藤には、ほとほと手を焼く――。だが、こうなることはある程度予測されていたので、Dr.山田の方にもちゃんと秘策があった。
「佐藤くん、ほれっ!」
いきなり頭にヘルメットのようなものを被せた。
「スイッチ・オン!」
ボタンを押すと、痙攣しながら佐藤が床に崩れた。
「ふぅ~実験なし、ぶっつけ本番だったが……頑丈な佐藤くんなら平気だろう」
このヘルメットは脳に電気をながし、ショックで一時的に記憶喪失にする装置だった。
「佐藤くんのアニメへの執着をなくせば、きっと掃除に協力してくれるはずだ」
Dr.山田、助手に人体実験をするマッド・サイエンティスト!(怖ろしい子)
そして10分後、佐藤は目覚めた。
「ここはどこですか?」
「佐藤くん、目が覚めた? わたしは君の上司のDr.山田だよ」
「知らない」
すっかり記憶が飛んでしまっているようだ。
「えっ? 知らないって……。まあ、わたしを忘れても掃除はできるだろう。今からこの部屋のガラクタを、全部きれいさっぱり片付けてくれたまえっ!」
「ハイ。分かりました」
人が変わったように素直な態度だ。
「じゃあ、今から事務局に明日の視察の件を話してくるから、佐藤くんは掃除やってて」
「了解しました」
従順な助手の姿に満足し、スキップしながらラボを出て行くDr.山田である。
そして1時間後に戻ったDr.山田が見たものは、パソコンや研究機材がすべて取り除かれて、アニメグッズ一色になった山田ラボの室内だった。
「こ、こ、これはいったい!?」
茫然と立ちつくすDr.山田、アニメグッズ(ガラクタ)を片付けろと指示したはずなのに……まさか、こんな結果になっていようとは!?(想定外!)
「ガラクタ捨てました」
高価な研究機材がゴミとして捨てられている。
「佐藤くん、君の大事なパソコンはどうした?」
「もう必要ありません」
「うわ~っ、大事なスキルまで捨ててしまった!」
「僕にとって、一番大事なモノはアニメグッズです」
アニヲタを甘くみていたことに心底後悔するDr.山田である。
こんな研究室に視察団が来たら、もうお終いだ! ラボの責任者という地位も、たったひとりの部下さえ失ってしまう。
「ああ~明日の視察はどうしたらいいんだ!? このままだと山田ラボが消されてしまう!!」
頭を掻き毟り悶絶するDr.山田の隣には、アニメグッズに囲まれてご満悦な佐藤の姿があった。
アニヲタ魂は永遠に不滅だった!
上司の命令なんかより、アニメ命の部下だった。(チーン)
― End ―
ポンコツ博士とヲタク助手『ラボ・ストーリー』 泡沫恋歌 @utakatarennka
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