Dr.Yamada file.2 【 遺跡ラーメン 】

 21世紀、南海トラフ大地震による巨大な地殻変動で日本国は海底に沈没した。

 わずかに、海面に残った国土である北海道はR国が支配し、沖縄はC国が領土主張をして取り上げられた。本州では富士山山頂だけが海面に沈まず、そこに『大和民国』と称して、わずかに生き残った日本人たちが住みついていたが……やがて、凶悪な隣国Kの手ですっかり駆逐されてしまい。

 ――ついに日本国は世界地図からも歴史からも消滅してしまった。


 25世紀、再び地球に大規模な地殻変動が起こった。

 それによって海底に没していた日本の領土が再び隆起したのだ。400年振りに海面に姿を現した、“幻の国Japon”に世界中から学者たちが調査のために次々と上陸した。

 この時代、世界情勢は変化して国家は大きく分けて5大陸国がある、アジア、アメリカ、アフリカ、ヨーロッパ、ユーラシアに分かれていた。コンピューターによる情報や流通が進歩したため分割して国を統治する必要性がなくなり、国家を有する利権性も共有されることになった。

 そういう意味で25世紀は世界国家として平和な時代であった。


“幻の国Japon”調査委員会の隊長であるDr.ヤマダは日本人の血を継承する人物である。

 25世紀、民族間の混血化が進み様々な人種の特徴を優した人種がいるが、Dr.ヤマダ一族は純血日本人との婚姻を繰り返して、誇りある大和民族のDNAを後世に残した。

 Dr.ヤマダにとって幻の祖国、日本領土の遺跡調査は実に感慨深いものであった。

 祖国と領土を失った日本人は放浪の民となり、長い間、世界中を彷徨ってきた。いろんな国で迫害されたり、差別を受けたりして、辛い辛い試練の時代を過ごしてきたのだ。

 最終的にはモンゴル地区に小さな自治区を作って、生き残った日本人たちはそこで身を寄せ合っていたが、実に惨めな暮らしであった。日本の領土に戻ることは日本人にとって悲願であり、渇望だったのである。

 先祖である日本人の遺跡を調査することに、Dr.ヤマダはただならぬ情熱を燃やしていた。

 しかし遺跡といっても長く海水に浸かっている間に浸食されてしまい。建物の跡地ぐらいしか残ってはいない。だが、レーダーを使い地表を細かく調べていくと地下に都市があることが分かった。

 南海トラフ大地震で地下へ行く入口が塞がってしまい、そのまま生き埋め状態となり海底に没した。シェルター装備の地下都市は海水の浸入もなく、完全密封状態のままで残っていたのだ。――それは“幻の国Japon”の文化をる上で素晴らしい発見だった。


 さて、説明が長くなった――が、いよいよ謎に包まれた『地下都市遺跡』へと調査隊は入って行った。

 メンバーは隊長のDr.ヤマダとその助手が3名、アクロポリス・アメリカやヨーロッパから考古学者2名と地質学者1名、言語学者1名と医師も同行。他に民間団体やマスコミ関係者など数十人と掘削用ロボット3機、アンドロイド2体が参加した。

「みなさん! いよいよ“幻の国Japon”の神秘のベールが剥がされます」

 隊長のDr.ヤマダが興奮した面持ちで隊員たちにスピーチした。

 掘削用ロボットが入口と見られる付近に穴を開けていく。もう少しで地下都市はその全貌を現す。

 ついに入口へ続く穴が開いた、まずアンドロイドが有毒ガスや落盤の危険がないか調べるために内部に入っていった。約3時間後に無事に戻ってきた2体のカメラを解析して中の様子を覗いて見た。

 地下都市は海水に浸からなかったお陰で非常に良い状態で保存されており、ここはショッピングモールと呼ばれる商業地区であったようだ。


 そして隊員たちは『地下都市遺跡』へと降りて行った。

 地下は漆黒の闇だがアンドロイドがサーチライトのように灯りを放って地下都市を照らしてくれた。内部は広いが大地震の衝撃で激しく壊れていた、建物が倒壊して、瓦礫に埋まり、マネキン人形が散乱し行く手を阻む。これを調査するには膨大な時間が掛かるだろうDr.ヤマダは思っていた。

 更に奥へと調査隊は進む、そこで赤い扉の建物を発見した。

 看板と呼ばれる板に文字が書いてある。言語学者の解読によると『ラーメン天国』と読むらしい。

《らーめんてんごく?》ここは教会だったのか!? 

 キリスト教ではお祈りの言葉に、『らーめん』と言ったと聞いたことあったが……ほとんど、この時代の人々は無宗教なのだ――。

 建物の中では、どんぶりを持った人骨が数十体発見された。

「Dr.ヤマダ、彼らは死の直前まで何をしていたのでしょう?」

 助手のサトウが質問した。

「ふむ、何か重要なことが行なわれていた様子だが……」

 室内を見回すと、テーブルや椅子が散乱している、そこに人々が座っていたようである。

「テーブルがあるということは集会をやっていた?」

「宗教的儀式を行なっていたみたい?」

「どんぶりを頭に被って祈っていたのかな?」

 三人の助手たちが口ぐちに喋る。

「どうやら、そのどんぶりの中には食べ物が入っていたようだ」

 奥の厨房では大きなズンドウに圧し潰された人骨があった。その手には何かが握られている、それはフロッピーディスクだった。Dr.ヤマダは誰にも見つからないようにポケットにそのFDをそっと隠した。

 そこには未来に伝えたいメッセージが込められているような気がしたのだ。日本人の子孫である自分にこそ、それは託されるべきであろう。――そう直感したDr.ヤマダである。


『地下都市遺跡』調査から帰ったDr.ヤマダはそのFDの解析を始めた。

 それはシェフが自慢のラーメンのレシピを記録したものであった。その謎の食べ物を再現するためにDr.ヤマダは何度々も試行錯誤を繰り返し調理をおこなった。ついに完成したラーメンを考古学会で発表したDr.ヤマダは、その美味しさに世界中から大絶賛を浴びた。


 400年の時を経て、日本人の心の味『ラーメン』が25世紀に復活したのだ!



                ― End ―

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