Dr.Yamada file.4【 カタストロフィ 】

「発見したぞ―――!!」


 ここはモロッコ領、サハラの砂漠のど真ん中。

 Dr.ヤマダが率いる大和大学考古学発掘隊は、ついに幻の恐竜、地上で最も早く、強く、水陸両用だといわれるスピノサウルスの化石を発見した。

 今まで完全な形で発掘されたことがなかったが、今回の発掘でほぼ全貌が判るのだ。――まさに世紀の大発見である!

 スピノサウルスの体重は20トン、全長は15メートルを超える、頭はワニのようで鋭い歯が多数あり、魚食性だったと思われる。背中ののような突起はラジエーターとして体温調節に役立ていたようだ。世界最大のティラノサウルスの標本より2.7メートル長い、体の長さだけなら肉食竜最大である。

 今回の発掘調査で、さらに恐竜絶滅の謎に迫れるのではないかと大和大学考古学発掘隊の隊員たちは高揚していた。

「Dr.ヤマダ! こんな歴史的な発掘に参加できて光栄です」

 アシスタントのサトウが興奮した面持ちで言った。

「スピノサウルスの化石はいずれ見事な骨格標本となって蘇えるだろう」

 砂漠から掘り起こされた骨は砂など掃ってきれいにして、丁寧に梱包してから、大学に持ち帰り、じっくり研究した後に、恐竜博物館に収められる手配だ。

「この大発見は考古学書の1ページを記載するに相応しいものですね」

 その言葉がDr.ヤマダの学者としての自負心を満たす。

「それにしても博士は、こんな広大な砂漠のど真ん中で、ここにスピノサウルスが埋まっていることが、どうして分かったんですか?」

 サトウの質問に、しばし考えてからDr.ヤマダはゆっくりと口を開いた。

「……何というべきか、私はスピノサウルスに呼ばれたような気がするんだよ。ここに眠っているから掘り出してくれ、というメッセージを心に感じたんだ」

「本当ですか? だったらDr.ヤマダは千里眼だ!」

 ひょろりと痩せた肢体からは学者然としたオーラを放っている。 

「恐竜への探求心がそう感じさせたのかもしれない」

 なにゆえ、地上の王者である恐竜が絶滅したのか、6500万年前へタイムスリップして事実を見てみたいと、古代生物学者のDr.ヤマダはいつも夢見ていたから――。

 

                 *


 俺は毎日、水辺で魚を獲っていた。

 陸上で狩りをするよりも、水に入って魚を捕まえる方がずっと効率いいからだ。

 遠い昔、俺が卵から孵化して、初めてこの眼で外の世界を見た時、森は青々と樹が茂り豊かな大地だった。俺の兄弟もたくさんいたが、小さい時に翼を持ったケツァルコアトルスにさらわれてしまった。母親が狩り方法を教えてくれたが、いつの間にその母親もいなくなっていて……この辺りには俺しか残っていない。

 どうしたものか、俺が若い頃はこんなに空気が重たく感じなかった。もっともっと身軽に動けたんだ。それが段々と身体が重くなってきて動きが緩慢になり、狩りで失敗することが多くなった。

 ――地球の重力が変化したようだ。


 三本の大きな角を持ったトリケラトプスが、水辺の俺の元にやってきて勝手に喋っていく。図体はでかいが草しか食わない大人しい奴だ。

 今日も俺が水辺で狩りをしていると、

「樹の葉っぱに毒を仕込んだのがある。俺の仲間が知らずに食べて死んじまった!」

 血相変えてやってきて、いきなりそんな話をする。

「お前らがすごい勢いで葉っぱを食い荒らすから、樹も防衛し始めたのだ」

「死んだ仲間の肉をティラノサウルスとかいう、でかい頭の奴が喰ってやがる」

「アイツか。奴はスカベンジャー《腐肉食動物》だ」

 ティラノサウルスは大きな頭のせいでバランスが悪く敏速に走れない。だから待ち伏せて狩りをするか、死肉をあさるしかない能のない憐れな奴だ。

 どうしたことか、草食竜が食べる植物の中に刺や毒を持つものが多くなってきた。

 ――大食漢の恐竜たちに植物が報復を始めたのか?

 

「最近、流れ星が多いんで気になっている」

 トリケラトプスが夜空を見上げて言う。

「ああ、星でも降ってきそうだな」

 今も視界を星がひとつ流れていった。

「嫌な予感がするんだ」

 奴はそう言い残し、しょんぼりと森へ帰って行った。

 俺は水辺に横たわり眠ろうとするが、なぜか嫌な胸騒ぎがする。

 

 一瞬、夜空が真っ赤に燃えた!

 激しい衝撃波と熱風で木っ端のように身体が吹き飛んだ。空中を舞った俺の身体は大地に叩きつけられた。その衝撃で骨が何本も折れたようだ。

 森では火の手が上がっている。いったい何が起こったんだ!?


《その時、メキシコのユカタン半島で小惑星が地球に衝突した。》


 俺は不格好なまま、地面に貼り付くように倒れていた。

 意識はあるが身体が動かない、想像以上のダメージを受けたようだ。他の奴らも吹っ飛ばされたり、火に巻かれたりして生死を彷徨っていることだろう。

「あいつ、無事に逃げ延びたかなあ……」

 話好きの草食竜トリケラトプスのことがふと脳裏をかすめた。

 あっちこっちに大型恐竜たちの屍が散らばっている。ガタイが大きい分だけ衝撃波をもろに受けたのだ。

「みんな死んでしまうのか」

 さっきの衝撃波は何か大きなものが衝突せいか? しかし俺たちが終焉に近づきつつある気配はすでにあった。大量の食糧を消費する図体の大きい恐竜たちは、地球にとって負担だったのかもしれない。

 ――だから序々に排除されようとしていた!?


 身動きも出来ないが、まだ意識だけは残っている。巨大なこの肢体を大地に横たえ、滔々とした時の流れに身を任せてしまおうか、この生命いのちがフェードアウトするまで――。

 だが最後に一つだけ願いがある。

「ここに俺がいることを、いつか誰かに見つけて欲しい」

 どうか、俺たち恐竜が存在していたことを忘れないでください。

 真っ黒な煤煙が降ってきて、空が隠れて太陽が見えない。光合成ができず草木が枯れてしまい、草食竜が死んでいく、やがて肉食竜たちも死に逝く運命なのだ。

 ――ついに地球上から恐竜たちが絶滅してしまった。


                 *


「山田教授! 起きてください」

 ここは大和大学古代生物研究室である。

 山田研究班の責任者が椅子でうつらうつら舟を漕いでいたら、助手の佐藤が突然入ってきた。

「大変です! また山田研究班の予算が削られました」

「なにぃ!? これ以上予算を削られたら古代生物も飼育できんじゃないか」

 古代生物とは名ばかりの『生きた化石』こと、カブトエビを飼育しているだけの山田研究班である。

「古代生物っていっても、田んぼにいるようなエビの飼育なんか嫌になります」

 助手の佐藤が不満を口にする。

「カブトエビだって立派な古代生物だよ。ジュラ紀から進化してないんだから」

「だったら、せめてカブトガニくらい飼育したい」

「いかんせん、あれは天然記念物だから手に入らないんだよ」

 教授の言葉に、フンと佐藤は鼻を鳴らした。

「僕がこの研究室に入った頃、教授が言いましたよね? 佐藤君、いつか君を恐竜の発掘調査に連れてってやるよ。って!」

「ああ、そんなことを言ったかもしれん」

「恐竜の発掘とかやりたいです!」

「私も恐竜の発掘をやりたい。だが、予算もスポンサーもいないので到底無理だ」

「第一、カブトエビなんか飼育して、いったい何になるんですか?」

「カブトエビから、いつか恐竜に行き着くかもしれん。希望を捨てずに頑張ろうなぁー。佐藤君」

「ああ~あぁ!」

 頭を掻きむしり、大きな声で佐藤は溜息を吐いた。

「恐竜の発掘調査に連れて行ってくれるって聞いたから、古代生物研究室に入ったのに……山田教授に騙された……こんなの詐欺だよ!!」

「いやぁー、詐欺だなんて……そりゃあ人聞きの悪い」

 えへへと山田教授は曖昧に笑った。

「なあ、佐藤君、恐竜たちは絶滅することを予感したと思うかね」

「はあ? 恐竜には知性はなかったでしょう」

「もしも絶滅していなかったら、地球人はトカゲ人間になっていたと思うかい?」

「教授! 何をふざけたこと言ってるんですか?」

「恐竜になる夢をみたんだよ」

 佐藤は唖然とした顔になった。

「ああ~もぉー、こんな研究室やめたい!」

「君しか助手はいないんだから、辞められたら困るよ」

「いぃやっ! 絶対にやめてやる。こんなシケタ研究室なんか、お断りだ!」

 部屋から出て行こうとする佐藤の背中に向って、

「カブトエビの水槽の水を交換して置いてくれ」

 その言葉に佐藤は肩をいからせ、チッと舌打ちして乱暴にドアを閉めた。

「……今日びの若いもんは辛抱が足りない」

 そう呟いて、まったく動じる風もない。

 さっきみていた発掘調査の夢の続きをみようと、山田教授は再び眼を瞑った。

 眼孔の奥で黒い線がグルグルと渦を描いている。――カタストロフィ、巨大な終焉に恐竜たちは何を思ったのか? 夢の中でもう一度訊いてみたい。




                 ― End ―

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