Dr.Yamada file.12【 タイムレンジ 】

「ついにタイムマシンが完成したぞ!」


 H・G・ウェルズの古典的SF小説の時代から、言い続けられたそのベタな台詞を、今、口にする科学者がいる。

 彼は大和工科大学、工学部物理学研究室の室長、Dr.山田その人である。

 天才的頭脳をもつ科学者だといわれるが、いったいどんな研究をしているのか、その詳細は明らかではない――。

 Dr.山田研究室、このラボには博士と助手の佐藤しかいない。二人は大学に内緒でなにやらこそこそと怪し気な研究をやっているらしい。


「佐藤君、完成したよ。これがタイムマシンだ」

「どこに?」

「ほらっ、目の前にあるだろう」

 テーブルの上でパッと見、電子レンジにしか見えない器械のことらしい。

「本当にこれがタイムマシンなんですか? ただの電子レンジにしか見えないんですけど……」

 助手の佐藤が疑わしい気に、Dr.山田に訊ねた。

「正真正銘のタイムマシンだ! 疑うんだったら、実験してみせよう」

 そういうと、Dr.山田は手にアボカドをひとつ持っている。

「佐藤君、このアボカドを触ってみたまえ」

 Dr.山田に渡されたアボカドを手に持って触ってみる。

「どうだい触った感じは?」

「硬くてまだ食べ頃じゃない」

 アボカドをタイムレンジに入れて、旧式のレバーを捻る。するとオレンジ色の光がチカチカ点滅して、小さな稲妻が走った。その後、器械の中のアボカドが消えてしまった。

「あ、あれ? アボカドどこにいったんですか」

「よし、もうそろそろ戻ってくる頃だ」

 Dr.山田の声と同時にタイムレンジがチンと鳴った。中には先ほどのアボカドが入っている。それを取り出して、再び佐藤に渡す。

「もう一度調べてくれたまえ」

 アボカドを触った瞬間、佐藤は叫んだ。「博士、熟して食べ頃になってる」それは指で皮が剥けるほどだった。

「そのアボカドは五日後の世界にいって還ってきたんだ」

「まさか! それが本当だとしたら凄い」

「もっと他の物で実験してみようか」

 そういうとDr.山田は佐藤のデスクの上に飾っている、サボテンの鉢を手に取った。

「あっ! 何をする気ですか? それは僕の大事なだ」

「ステラ? 君はサボテンに名前を付けてるのかい」

「別にいいでしょう。僕のサボテンなんだから……」

「よく見ると小さな蕾がついてるね。これをタイムレンジに入れてみよう」

「ああ、僕のステラをダメだ!」

「大丈夫だから」

「やめてください!」

 佐藤の制止を振り切って、サボテンをタイムレンジの中に入れてDr.山田はレバーを捻った。

「今度は七日後の世界へ転送した」

 戻ってきたサボテンは一瞬にして蕾が開花していた。

「どうだい。きれいな花が咲いただろう」

「本当だ。ビックリしました博士、まさにミニ・タイムマシンですね」

「タイムレンジさえあれば、メロンも食べ頃だし、ぬか漬けだって即食べられる。まさに夢のマシンだよ」

「……けど、それしか使い道がないんですか?」

「実用化に向けてこのタイムレンジを量産したい。テレビでCM流したりして、キャッチコピーは『チンするだけでが叶います!』佐藤君どうかね、素敵なコピーだと思わないか」

 と、上機嫌のDr.山田だった。

「……で、これ開発するのにいくらかかったんですか? 実用化したら価格とかどうすんの?」

「これ作るのに二十年かかったし、かなり研究費を注ぎこんだ。お値段は一台五千万円くらいでどうだろう」

 その金額を聞いて、助手の佐藤がズッコケた。

「あのね! 食べ頃アボカドのために、どこに世界に一台五千万円も払う人がいるんですかっ!」

「待たずに食べれるんだから、こんな贅沢ないじゃないか」

「アンタはズレてる!」


 テーブルの上の電子レンジを挟んで、Dr.山田と助手が対峙たいじしていた。

「役に立たない物しか発明できない。ぽんこつ博士!」

「佐藤君、いくらなんでも、それは言い過ぎだろう」

「違うんですか?」

「一部、当ってるかも……」(胸に手を当てて考える)

「そんなことだから、Dr.山田研究室はみんなからゴミとか屑とか穀潰ごくつぶしとか言われるんですよ。助手の僕まで博士のせいで白い目で見られています。自分がダメ科学者だとちゃんと自覚してますか?」

 完膚かんぷなきまでのDr.山田への口撃こうげきだった。

「佐藤君、私の作ったタイムマシンがそれだけだと思ってるのかい?」

「はぁ? どういう意味ですか」

 ぶはっはっはっと、Dr.山田がまるでゲームのラスボスのように豪快に笑う。

「実はこの研究室全体がタイムマシンになっているんだ」

「ええぇ―――っ!?」


「佐藤君、君はなのだ」

 研究室のドアが開いて、が現れた。そして机の抽斗ひきだしからが飛び出した。

「な、な、なんですか!?」

 三人の佐藤が顔を合わせて慌てふためいている。

「実は研究室全体がタイムマシンなのだ。それが昨日完成して、佐藤君で実験していたのだ」

「なんですってぇ~」

 いつの間にか、佐藤たちは被験者にされていたのだ。

「これでわたしが天才科学者だと分かっただろう」

「僕たちを勝手に実験台に使っていたのか」

「モルモット三匹」

 その言葉に佐藤たちがブチ切れた。

「ぽんこつ博士めぇ、絶対に許さんっっっ!」

 その後、三人の佐藤から蹴りを入れられて、目から火花を飛ばし、Dr.山田は病院のベッドへタイムスリップしたという。



                 ― End ―

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