Dr.Yamada file.11 【 王家の墓 】

 大和大学エジプト考古学の山田教授とその助手佐藤は、ルクソールにある王家の谷で迷子になっていた。

「この辺りに未発掘の王家の墓があるはずなのだ」

「その地図に描かれている場所で本当にあってるんですか?」

 助手の佐藤がいささか不安な面持ちで訊ねた。

「ああ、間違いない! このパピルスにヒエログリフ(古代エジプトの象形文字)で書かれているのだ」

 大事そうに手に持ったパピルスを睨んで、山田教授は首を捻っている。

「どれどれ……」

 教授からパピルスを奪うと佐藤は自分で解読を始めた。


『オウケノタニノマンナカアタリ』


 ブッと思わず吹いてしまった。

「教授、こんないい加減な説明じゃあ信用できません。第一、それどこで手に入れたんですか?」

「二十年前、わたしがピラミッド発掘隊に助手として同行した際に、カイロの土産物屋のオヤジから貰ったものだ」

「マジっすか? そんないい加減な手掛かりで、我々はエジプトくんだりまできたんですか」

 呆れ顔の佐藤に山田教授はにこやかに答えた。

「佐藤君が、俺はエジプト考古学専攻なのに一度もエジプトに行ったことないなんて恥かしいっす。て、いつもボヤくから連れてきてやったんじゃないか」

「ま、まあ……。大学から旅費が出てるんだし観光だと思えばいっか~」

「いや、わたしの旅費は研究費でまかなったが、君の分は自分で出して貰ったよ」

「はあ? どういうことすっか?」

「君が寝ている時に、君の財布からカードを抜いてローンで借りた」

「ほわぁっ!!」

「ATMで君がカードを使った時に、後ろで暗証番号を見てて、知ってたから簡単だったよ。とりあえず五十万ほどリボ払いで借りた」

 悪びれる風もなく説明する山田教授の前には、阿修羅あしゅらの形相の佐藤がいる。いきなり胸倉を掴むと、

「この糞オヤジ! よくも俺のカードを勝手に使いやがったなっ! アンタこれが犯罪だという認識があるのかっっっ!?」

「まあまあ落ち着きたまえ。これも研究のためじゃないか」

「ガサネタの地図とカード詐欺、こんな教授にはついていけない。俺は今すぐ日本に帰ります!」

 そういうと佐藤は踵を返して、どんどん歩きだした。

「待ってくれ佐藤君! わたしを置いて行かないで……」

 追いかける山田教授だが、突然、佐藤の姿が目の前から忽然と消えた。


「おーい、佐藤君どこだ?」

 風のように消えてしまった助手を捜して、教授は右往左往していた。

「教授、こ、ここです」

 隠れて見えなかったが、岩と岩の間にぽっかり穴が開いている。そこから佐藤の声がした、どうやらこの穴に落ちたらしい。

「今、助けてやる! ロープを下ろすから這い上がってくるんだ」

 リュックの中からロープを取り出し穴の中におろし、手に持ったロープを体に巻きつけて足を踏ん張り持ち上げようと力む山田教授だった。だが、佐藤がロープを掴んで上がろうとした瞬間、ロープと一緒に山田教授が穴の中へ転がり落ちてきた。

 身長165センチの痩せた男が、180センチ以上のガタイのでかい男を引っ張り上げようなんて、しょせん無理な話である。

「イテテ……教授、何やってるんすか」

 佐藤の上に見事にダイブした。

「日頃からダイエットしないから、大事な時に助けられないじゃないか」

「そんな問題じゃないでしょう。二人とも穴に落ちてどうやって助けてもらうんですか?」

「う~む。困った」

「あっ! スマホで助けを呼ぼう」

 ポケットからスマホを取り出したら、穴に落ちた時に圧し潰されていた。

「ダメだ! バキバキに壊れてる」

「佐藤君は日頃から食べ過ぎなんだ。だから、その体重でスマホまで粉々にしてしまった」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう。この穴から出られなかったら、我々はカラカラに干乾びて……ミイラになってしまうんですよ!」

「いわゆる《ミイラ盗りがミイラになる》という、コトワザ通り」

 嬉しそうに喋る山田教授に、助手の佐藤はキレそうになる。

「じゃあ、教授の携帯で連絡してください」

「わたしの携帯はで今止められているんだよ」

「うわ~っっっ! 信じられない」

 頭を掻きむしり絶叫する佐藤であった。


「出口を探して穴の中を探検しよう」

 リュックの中には探検用グッズが入っている。

 ライト付きのヘルメットを被り穴の中を探索する教授と助手、狭い横穴だが立ったままで歩ける、50メートルほど進んでいくと石の扉があった。そこには古代エジプトの象形文字ヒエログリフが刻まれていた。

「なんて書いてあるんでしょう?」


『ヨウコソ ココガオウケノハカ』


「おおっ! まさしく我々が探していた王家の墓だ」

「教授、やりましたね! エジプト考古学史に山田研究班の名前が永遠に刻まれますよ」

「未発掘だから、墓の中には王家の秘宝ががっぽりあるぞ!」

「黄金のデスマスクのミイラとか……」

「金銀財宝がガッポガッポ!!」(学者というより、墓荒らしの視点)

 二人は手を取り合って喜んだが、この石の扉をどうやって開けるかが問題だ。頑強な石の扉は押しても引いても叩いてもビクともしない。

「ひらけー、ゴマ」

「ひらけー、ポンキッキ」

「マハリクマハリタ……」

 てきとうな呪文を唱えてみたが、そんなもんで開くはずもない。


 こうなったら体当たりしかないと、二人で扉に向って突進しようとした瞬間、

「いらっしゃいませ。遺跡パブ『王家の墓』にようこそ」

 ミイラ男が扉を開けてくれた。

 扉の中はテーブルがずらりと並び思ったよりも広い。天井のミラーボールがきらきら輝き、クレオパトラの衣装をまとった美しい踊り子がスポットライトを浴びて踊っている。盆にお酒を乗せたミイラ男のボーイたちがテーブルの間をぬぐって忙しそうに給仕をして回っている。

 店内は海外からの観光客たちで大繁盛である。

「こ、ここは……!?」

 意外な光景に、ただ茫然とする二人。

「うちは王家の墓を利用して作った遺跡パブでして、ツアーコースにも入っているですよ。まさか、裏口の石の扉からお客さんが入ってくるなんて珍しい」

「えっ? 裏口だったの」

「そこは非常口です。普通はカイロから送迎バスが出ていて、王家の谷を観光した後、うちの店で休憩してからホテルに帰るコースなんですよ」

 予想外の展開に言葉もでない二人だった。

「おや、お客さんの持ってるパピルスは二十年前、ここを開店する時にカイロの土産物屋にいたチラシだ。大事に取っててくれたなんて嬉しいね」

「へ?」

「それ宣伝用のチラシですよ」

「まさか、これがチラシだったなんて……」

 王家の墓の地図だと思っていた二人はがっくりと肩を落とす。

「お客さん、チラシ持参なら特別料金15%OFFにしますよ。さあさあ、お席にどうぞ」

 商売上手の店長に促されるままにテーブルに着く、そこへミイラ男のボーイがオーダーを訊きにくる。

「お飲み物は?」

「カモミールティ」と教授。

「コーラLLカップ」と助手。

 そして大和大学エジプト考古学の山田教授と助手の佐藤は遺跡パブ『王家の墓』の客となった。

 灼熱の太陽の元、迷子だった二人は喉がカラカラで干乾びそうだった。――地獄で仏、いや砂漠でパブとは命拾いをしたものだ。

 王家の秘宝よりもチラシのお陰で得したと、ほくそ笑む山田教授だった。

                



                 ― End ―

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