Dr.Yamada file.6【 ビューティーコロン 】

「チクショウ! これで何度目の失恋だろう」

 今しがた男に別れようと言われた。理由は他に好きな子ができたから……また、それかよっ! そんな言い訳で今まで何度ふられたことか、悔しいけど本当の理由は分かっている、私がブスだからでしょう。

 私の容姿といったらチビで短足、貧乳だし、顔は色黒、細い目、あぐら鼻、しゃくれた顎、おまけにド近眼。この顔を整形したくとも、どこから手をつければいいのやら……究極のブスとは、この私のことだ(ヤケクソ!)

 ブスだって恋はしたい! 彼氏も欲しい!! 

  猛烈にアタックしたらデートしてくれる男もいたが、一、二度で決まって「ホテルに誘う気にもならない」と逃げられる。

 女性としての魅力ゼロ、フェロモン皆無、男の下半身が萎えさえてしまう、こんなブスに生んだ親が恨めしい! ギリギリ……(歯ぎしりの音)

 失恋の痛手に泣きながら街を彷徨さまっていたら、見知らぬ路地に入ってきてしまった。


 なんだろう? 奥の方でチカチカ点滅している。

 古い平屋を改装した家に大きなネオンサインが付いていた。右から左にこんな文字が流れていく。『ブス矯正』『貴女も今日から美人に生まれ変わる』『全ての男性が振り向く魔法の香り』なによ、これ? 誰が見たって嘘臭い。誇大広告だってことは一目瞭然だが……失恋したての私の心にピンポイントで響いた!

『只今、無料モニター募集中!』マジで? その文字に目が止まる。

 私が看板の前で佇んでいたら、中から白衣を着た眼鏡の中年男が出てきた。

「おや、お嬢さんはモニター希望ですね」

「えっ?」

 まだ何も言ってないのに、白衣の男が決めつけるようにそう言った。しかも私を上から下までじろじろ見て、満足そうに「貴女のような方を探していました」と呟いた。

「いえ、アタシはちょっと興味があっただけで……」

 ブスのモニター希望だと決めつけられて、私は憤慨するが、

「さあ、さあ、中へ」

 背中を押されて、無理やり建物の中に連れていかれた。


「ようこそ。ヤマダ・ビューティーラボへ」

 ラボっていうから研究室かと思ったら、安っぽいソファーと机とパソコンがあるだけの殺風景な部屋だった。オタク風の若い男が背中を向けてキーボードを無心に打っていた。

 白衣の男が自分は山田という発明家だと名乗ったが、なんかやたら胡散臭いおっさんである。

「美人に生まれ変わるって本当ですか?」

 いきなり核心をつく質問した、デマだったらすぐ帰るつもりなのだ。

「ハイ! 本当です」

 自信満々に白衣の男が答えた。

「本当にそんなことができるの?」

「では説明しましょう。これが私の発明したビューティコロン!」

 赤い小瓶を誇らしげに見せた。

「香水?」

「このコロンの中にはフェロモンやいろんな化学物質が入っていて、これを身体にスプレーすれば、半径10メートル以内の男性には貴女あなたが絶世の美女に見えるのです」

「……なんか嘘っぽい!」

 即、帰ろうとドアに向って歩きだしたら、「お待ちなさい」と白衣の男が腕を掴んだ。

「信じられないなら、実験しましょう」

 いきなりスプレーを私に噴射した。く、臭い! まるで猫のおしっこの匂い。

「佐藤君、彼女を見たまえ!」

 興味なさ気に若い男が振り向いた、その瞬間、彼の目が爛々と輝いた。

「すっごい美人だ。完璧なプロポーション! 僕の理想の女性です」

 私の足元に縋りついてきた。

「一生貴女の下僕しもべになります。僕の嫁になってください!」

 しかもプロポーズまでされた。

 なんなのこの人は、実際の私はブスなんだけど……。

「助手の佐藤君は二次元の女の子にしか興味がないのだ。その彼がひと目で貴女に恋した。この実験は大成功だ!」

 えっ? ええぇーっ!? 本当に私が美人に見えてるの? にわかに信じがたい。錯覚? 幻覚? マジですか!?


 翌日、発明家から預かったビューティコロンを持って、私は街に出た。

 どうも昨日の実験はヤラセかもしれないので、本当に効果があるのか、人々が行き交う大通りでコロンを自分自身に噴射した。

 すると、どうだろう!? 

 歩いていた男たちが一斉に足を止めて私を見ている。『すごい美人だ』『まるで女神さま』『天使が舞い降りた』などと口ぐちに囁きながら、大勢の男たちが私に近づいてきた。目は爛々と輝き、私に向けて賛美の言葉を発しているのだ。

 私は美女!? ブスの私が男たちには絶世の美女に見えるんだわ。

 ビューティコロン本物だわ! ブスの私とサヨナラできる!

 大通りをハーメルンの笛吹きのように、私の後ろを男たちがぞろぞろ群れになって付いてきた。

 おーほっほっほっ。私こそ美の女王よ! 

 その光景を見ていた、小さな男の子が私を指差し、こう叫んだ『ブスのパレードだ!』なにっ? あの男の子には私の真実の姿が見えているかしら? 

「ちょっと、坊や! お姉さんはどう見える?」

「すっげぇーブス!」

「マ、マジで?」

 男の子の前でもう一度ビューティコロンをスプレーした。

「この匂いを嗅ぐと美人に見えるのよ」

「だって俺、風邪引いてるもん」

 この子はマスクをしている、もしかして鼻炎で匂いが分からないとか。だからコロンが効いてないの? 

 ……だとしたら、ビューティコロンはじゃん!


 その頃、ヤマダ・ビューティーラボでは、モニターからの報告を首を長くして待っていた。

「街での公開実験の結果が気になるね」

 断わられたがカメラ持って、あの子に付いていけばよかったと山田は後悔していた。

「世の中にはあんな美女がいるなんて、まるで夢のようだ……」

 助手の佐藤は昨日から、で仕事が手につかない状態である。

「ああ、モニターの女の子のことを思うと胸が苦しい。彼女の面影が頭から離れない」

「ほお、佐藤君にはどんな風に見えたかね?」

 うっとりと夢見るような表情で佐藤が答える。

「水色の髪がツインテール、可愛い声で歌っちゃうんだ」

 ビューティコロンを嗅ぐと幻覚をみる。お気に入りのボカロキャラがコスプレしたように佐藤の脳内で投影されていたようだ。だが、しかし、あくまでそれは幻影であって真実の姿ではないのだ。

 ビューティコロンは、初心うぶな若者には罪な発明かもしれないと山田は思った。

「ねえ、今度は男性用のビューティコロン作りましょう。超イケメンになってモテモテになりたい」

「なにを言ってるんだい! 佐藤君には私がいるじゃないか」 

「えっ! なにそれ……気持ち悪い……」

「君は唯一の助手なんだから、浮気なんて許さない」

「ああ、もういいや、やっぱり二次元に戻りまーす。ぼく、」

 渋い表情で佐藤はパソコンのキーを叩き始めた。その姿を山田はにやにやしながら見ていた。

 このオッサン、ヘンタイじゃん!




                ― End ―

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