第10話 地震学博士 北川龍

北川は年が若いだけにさすがにヒペリオン王国が用意したこの大邸宅の贅沢さには素直に感動した。


「昨日までの生活は一体なんだったんだろうか?狭い公園で、寝るスペースをめぐっての口論や、食堂の残飯を犬といっしょに食った事がまるで幻のようだ・・・」


広大な中庭の芝生の上で、ぼんやり空を見ながら考えた。

遠くにはさきほど自分たちが乗ってきた貨物船と港が見える。


「さきほどの国王や大臣ら、彼らの言ってる事ははたして間違っているのだろうか?国家というものはそもそも何なんだろう、人の自由を束縛する権利があるのかないのか?むしろひどいのは日本の方ではないのか・・・」


「なに、難しい顔して考えているんですか?日本の若い人わたし大好き!」


北川に負けずに長身の美人秘書ティテスが、彼の横に座って彼の頬にキスをした。


「日本ってどんな国ですか?大阪ってどうでしたか?詳しく教えてください。わたしのお父さんは占領時の日本の事しか教えてくれません、だから悪口ばっかりで大変。ホンダ、パナソニック、ソニー、ミツビシいろいろ教えて欲しいの・・・」


体をぴったりと添えてくるティテス。


思えば北川には南国のこの美しい娘に語ってやれる日本の長所がひとつも思いつかなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


9名の中で38歳と一番年が若い地震学者 北川龍は神戸の出身である。

身長180cmの長身にミナトっ子らしく洗練された顔つきはとても難しい研究をしている学者とは思えなかった。


彼は地元の超進学校の灘海高校を卒業後、現役で京都大学に合格、地震学科を専攻した。

かつての彼の夢は科学による「不定期に発生する地震の完璧な予知」であった。


実は彼には子供のころから人にはない特技があった。

それはテレビ電波を耳で知覚できるというものであった。


彼は家の中のテレビの電源ががついてるかどうか、別の部屋にいてもわかるのであった。

彼の左の耳に「ピーン」という高周波の音がすればついているし、その音が無い場合はテレビは切れている状態である事が区別できたのである。

北川はこの能力は全ての人間に備わっている能力と信じ込んでいて特に自分だけが特殊とは思っても見なかった。


そしてある日、日本各地でひんぱんに起こった地震の前の日にも、決まって左の耳がピーンと鳴るのに気付いたのだ。

この高周波はテレビのときよりも大きなパワーで彼には聞こえるのであった。


そしてそのことを家族を含め他の人に聞いても「そんな音は聞こえない」と言われて初めて自分のみが有する能力であることを自覚したのであった。


このことにより彼は地震の前には地中の岩盤の摩擦によって起こるなんらかの電磁波が発生するのではないか。

しかもその周波数は「テレビの周波数に極めて近いものではないか」の推論に達したのである。

その推論を実証するために、京都大学で地震学を勉強し、20代後半で地震研究所所長まで昇りつめたのであった。


彼のその能力と熱意によって学会に提出された論文により北川は京大始まって以来の秀才とうたわれた。


その前途有望な彼が大阪・西成に身を投じたのは大きな理由があった。


1995年1月17日5時46分に発生した阪神大震災がきっかけであった。


当然のことのように前日の夜9時ごろ北川の左耳がいつもより大きくピーンと鳴った。

生まれて初めて頭痛がするほどの大きな耳鳴りであった。


彼は大地震の発生を自覚して、すぐに地震研究所に行って地面からの電磁波を調べるよう部下に指示した結果、確かに関西圏からある周波数で強力な電磁波がでているのを確認した。

その後急いで関西の各テレビ局に通報したところ、「いくら地震研究所の所長さんの言っている事でもあまりにも信憑性に欠けています。へたに注意報など出せばかえって、パニックを引き起こす元になります」と、どの局にも判で押したようにあざ笑いされながら断られたのであった。


その後気象庁に通達しても反応は同じであった。


逆に気象庁の職員からは「北川先生、気の使いすぎですよ。しっかり休養をおとりになったらどうですか?」とまで言われる始末だ。


「しかしたしかに来るぞ!まちがいなく大きいのが!」北川は広報すべき手段が絶たれて途方にくれた。


そして次の日の朝5時46分、それは起こった。

淡路島の北端を震源とするマグニチュード8の地震が神戸と周辺都市を襲ったのである。直下型地震であった。


北川は自宅が神戸市東灘区であったために朝一番強烈な揺れで叩き起こされたのだ。いや「揺れた」などという生易しい表現では足らない、まさに神戸市が上下に3メートルシェイクされた感覚であった。


「やはりきたか、しかしまさかこの神戸に来るとはなあ!」


激震であった。地震観測史上、最高の数字であった。


消防署や警察もダメージを受けたために救急活動もなにも無い中、死んでいった人の死体が母校の灘海高校のグランドに何十体も並んでいるのを見て彼は泣きながら思った。

「オレ以上に、今回の地震の予知に関してマスコミ、政府に対して意見できた人間は他にいなかったはずだ、そのオレの意見を連中が無視しなかったらこの人達の何割かは死なずに済んだはずだ!本当に申し訳ない、もっと強引に言うべきだった・・・6500人はオレが殺したようなものだ・・・」


この日以来、彼の姿は京大地震研究所から忽然と消えたのであった。


 

「なにもかもわからん、夢なら醒めるなという心境だよ」


すべてを忘れようと北川はティテスを思い切り抱いた。


南国のあたたかい風が2人を男と女にした。

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