第3話 内務大臣フェーペ   

 



貨物船のブリッジにて


ブリッジの窓からは赤い安治川大橋や大阪南港の建物がどんどん離れてゆく。

港を出るとエンジンのごうごうという音が増してくる。

船はスピードを上げたようである。


「よーし無事、大阪南港出港を完了した。微速前進、速度5ノット、とりかーじ」副航海士が航海士に告げる。


「船長、無事出港いたしました。船内各機関異常ありません」航海士がそれを受けて船長に報告する。


「よし、ここまでは予定通りだな。このまま紀伊水道を南下して紀淡海峡を抜けてから太平洋に出る。あとは航海士、君に任せる」


「わかりました船長。しかし集めた下の連中、きっと今ごろじゃ全員泡食ってますよ」


「そうだなあ、上から見ると小汚い連中だったがざっと何人ぐらい集まった?」


「は、報告ですとおよそ200名というところですか。」


「よし、これが例のリストだ。すぐ下の貨物室担当の兵士に手配してこの9人だけを全員ブリッジに連れてくるように伝えろ。これ以外の連中ははザコと思え。それと、もし彼らが抵抗しても絶対に傷つけるようなことをしないようにと厳命しろ」


船長は顔写真入りの下記のリストを航海士に手渡した。


重要日本人リスト



1 桐生 亮  45才 東京大卒 元原子力開発委員長


身長175センチ、体重75キロ  通称「リョウサン」


2 前島 茂  43才 慶応医学部卒 日本で三指にはいる脳外科医 


身長170センチ、体重80キロ  通称「ドクター」


3 相原 秀樹 39才 ハーバード大卒 世界建築大賞 5回受賞


身長175センチ、体重82キロ  通称「ヒデ」


4 本間 照彦 40才 防衛大卒 元傭兵 湾岸戦争で活躍 


身長185センチ、体重90キロ  通称「ホンチャン、テリー」


5 東野 進  40才 九州大卒 コンピューター工学の第一人者


身長165センチ、体重70キロ  通称「トンサン」


6 谷  省吾 50才 東京大卒  元大蔵事務次官


身長168センチ、体重85キロ  通称「タニヤン」


7 森  四郎 52才 東工大卒 元三葉重工 兵器部長 


身長165センチ、体重75キロ  通称「オヤジ」


8 北川 龍  38才 京大卒 もと地震研究所所長 地学博士


身長180センチ、体重70キロ  通称「坊主」


9 富士 静也 41才 スタンフォード大卒 物理学博士 相対性理論を理解


身長170センチ、体重70キロ  通称「ミスター」


   

リストを上から順に確認した航海士が驚いたように船長に伝えた。


「船長、本当にこんなすごいプロフィールの人間たちがこの下にいるんですか?全員泥だらけの汚いかっこうですよ!あれじゃあ、どっちが文明人かわかりませんよ!」


タバコに火をつけながら船長が答える。


「ああ、私にも日本人のエリートというのはまったく理解できんよ。この履歴だけで彼らは十分に食っていけるのにわざわざ家族と別れてその日暮らしのコジキをやるんだからなあ・・・」


「まったくそうですな・・・理解に苦しみますな」航海士もタバコに火をつけながらリストをかたわらの副航海士に手渡した。


「くれぐれも丁重にブリッジにお迎えしろ!」


「わかりました!」副航海士は敬礼をしてリストを持って下の貨物室に向かった。


15分後


「船長に報告!リストの9名全員ブリッジにつれてきました。しかし1人だけ大変狂暴なのがいますが注意して下さい」


「ご苦労、下がってよし。」


「はっ!」カチンと靴を鳴らして敬礼した兵士と入れ替わって9名がブリッジに入ってきた。


全員がほかの200名と同じ汚い作業服姿である。入った瞬間に安いアルコールのにおいが部屋に充満した。


「みなさん、むさくるしい所に押し込んでたいへん失礼いたしました。始めまして、この船の船長です」


「なんやお前たちは!急に船を出港させて!」


「お静かに、私はヒペリオン国、内務大臣フェーペと申します。あなたがたのヒペリオン国へのお越しを心から歓迎いたします」船長の後ろに立っていた背の高い正装をした男が前に出てきて慇懃にお辞儀をして言った。


 「オイ、お前らいったいなにしょんねん。これやったら人さらいといっしょやぞ!国際問題になるぞ!」


 「これはこれは、あなたは確か日本一といわれた物理学博士の富士さんですね。あなたの高名はかねがねうかがっております。なんでも相対性理論を全部理解されているのはあなたを含め日本にわずか3人だけだとか、あなたの書物はわが国でもベストセラーになっておりますよ」


リストを見ながら内務大臣のフェーペは言った。


 「人口の少ないヒペリオン国でベストセラーといってもたかがしれとるやんけ、そんな事よりおまえ等いったい何考えとるんや、これはどうゆうことやねん。完全な誘拐やないか、むずかしい相対性理論は知らんでもそのくらいのことは常識で分かるやろが!」


ブリッジの窓の外には紀淡海峡の灯台の明かりが点滅している。後方には夕日を浴びた六甲山の山系が離れていく。


「誘拐など、とんでもありません!あなた方はわが国、ヒペリオンに選ばれた方々なのです。今からこの9名の超豪華メンバーで天然資源だけで産基幹業のないわれわれの国を再建してほしいのです。ご存知のようにわが国の現状は石油の産出とそれによって得た外貨の資金運用だけなんです。」


 「しかし、お前の言うように『選ばれた』にしては、あんまりの歓迎ぶりやないか?」大柄な兵士2人に両腕をかかえられた大男が言った。


 「あなたはたしか・・・元傭兵の本間さんですね。『テリー本間』の湾岸戦争のご活躍はわがヒペリオン軍の兵士は全員尊敬しております。戦争終了後、アメリカのブッシュ大統領は『日本は今回の湾岸戦争で何の貢献もしなかった』と言っていましたが、おそらく『一人・一個中隊』と呼ばれたあなたの存在と活躍は全く存じなかったのでしょうね」リストを繰りながらフェーペは言った。


「それはええけど、おまえ等ワシらの扱い方まちごうたら、この船がそれこそ第二の湾岸戦争になるで。かまへんのか?だいたい、優秀な人間を集めるんやったらなんでこんな無粋な方法をとるんや。国際問題になりかねへんぞ!」


「ミスター本間、いい質問です、あなたたちは全員これほどのすばらしい実績がありながら、なぜか毎日大阪の西成区というところでコジキ同然の生活をしてらっしゃる。これは一体どういう心境なのか、われわれとしては大変理解に苦しむところです。しかしその苦しい生活とも今日限りでおさらばできますよ」


「おおきなお世話やで、ワシらは好き好んでこの生活やっとるんや。この気持ちはアンタらには話しても絶対わからへんのや、ほっとかんかえ。さあて話もすんだし、帰らしてもらうわ、ワシは誰にも気を使わんでええあの生活が気楽で気に入ってるねん」着ている服はボロボロであるがインテリ顔の東野が吼える。


「東野さん、あなたの開発したコンピューター理論は世界でも屈指です。もちろんあなたとミクロ・ソフト社との間の悲しい事件はよく知っております、これは大変気の毒に思います。今回はぜひミクロ・ソフト社との雪辱戦とお考えになってわが国のためにその理論と技術を提供して下さい。もちろんお渡しする報酬はあなたの思いのままですよ」


「しかしわからんおっさんやな!ここにいるワシら全員、金とか名誉はもうええんや!なにもかも全部がいやになったからこの生活しとんのにまたあのアホみたいな生活に逆戻りさすんかいやな?」


「いえ、それは全然違います。私が察するにあなたたちは今まで日本の企業や政府に、ただ単にていよく利用されていたんですよ。違いますか?」


「百歩譲ろう、しかしあんたの国に行っても、それはただ単に利用される国が替わるだけと、ちゃうんか、ええ!」東野はフェーペに詰め寄る。


「全く違います!今回はあなたがたが逆に国家という力を利用するんです。ひぺリオンの国家予算もあなたがたが決めてもらっていいんですよ。つまり今までの逆の利用する立場に回れるんです。これはチャンスと捕らえてください」


「あの・・・よろしいですか?私は以前、大蔵省にいましたのでその辺の事はよくわかるのだが、わずかこの小人数で一国家を動かすなんて不可能ですよ。まるでマンガか小説の中の話だ!」


「谷さん・・・でしたね。あなたが関与した日本の『住専問題』の事はわが国でも有名です。諸外国が日本政府がその処理をどうするか見守っているのも事実です。その処理いかんによっては日本は本当に三等国になるかどうかの瀬戸際だと思います。そしてそれに対してのあなたの行った勇敢な立ち回りの事は、よく知っております。もしまわりの官僚たちがあなたの話に同調していたらもっとスムーズに問題解決に至った事でしょう。もしもあなたが過去のようにそんなしがらみを気にせず自分の才覚だけで独立国家を運営できるとすれば、魅力じゃあないですか?」


「バカヤロウ!政治はそんな甘ッチョロイものと違うぞ!」谷が怒りをあらわにした。


「その甘っチョロイものと違うからわざわざあなたをおよびしたわけです」


「ちょっと待ってくれ、決してわしらは呼ばれたわけやないで、ていよく騙されて攫われたんやろが?」


「それはちょっと違いますよ森さん。いわばあなたがたはわが国の最恵国待遇者ですよ。誤解のないようにお願いします」


「それがほんまやったら、その隣の部屋でわれわれを狙っているウージーの銃口を下げさせてもらえまへんか?この部屋に入った時から気になってしゃあないわ」森がカーテンの間を指差す。


「さすがに元三葉重工の専務兼兵器部長だけの事はおありだ、よく狙っている銃口を見ただけでウージーとわかりましたねえ。たいしたものです」


「そんなもん誉められても嬉しゅうないで、鉄砲や兵器を見るんが、ワシの昔の商売やろが。もう死の商人は、なんぼええ話持って来たって絶対せえへんねん!考えただけでヘドがでるわ」履き捨てるように森が言った。


「いえいえ、死の商人だなんてとんでもない、あなた方はわが国にとってすばらしい天使なんですよ」


「天使やと?おい、さっきから聞いとったら勝手な理屈ばっかりこねとんなあ。どっかのTV番組のドッキリカメラとちゃうんか?もしそうやったらホンマに怒るでえ」一番年が若い長身の北川が怒鳴った。


「これはこれは北川さん、日本のドッキリカメラはわたしもよく知っております。しかしこんなおいしい話のドッキリカメラはおそらくどのテレビ局にもないでしょう。あなたがテレビや新聞などのマスコミ批判をする理由はよく存じております、たいへん悲しいお話です。おそらくあのときのマスコミの対応さえ間違っていなければ6500名の人たちは死なずに済んだかも知れません。しかし人間どこかで区切りをつけて古き衣を脱ぎ捨てて新しい物事にチャレンジするのも悪くないとは思いませんか。特にあなたはまだ若いんですから」


「しかし、おまえらの真意がいまひとつわからへんなあ?ようは我々を使って国家の再建というのはうわべだけでホンマは世界の軍事的乗っ取りかなんかをたくらんどるんとちゃうんか?」


「相原さんそれは愚問です、あなたはわれわれの国の事をどのくらい御存じかは知りませんが、本当に資源輸出国というだけでなんの取り柄もないんです、いわゆる『宝の持ちぐされ』っていう奴です、そこであなたがたに先程のお願いをしてるわけです。あなたがたはその名誉な人達に選ばれたのですよ。サッカー選手や野球選手のようにプロのスポーツ選手の引抜き契約みたいなものですよ」


「契約?おまえは契約と脅迫の違いを知っとるんか?こっちは選ばれんでもええねんとさっきからなんべんゆうとんや?おまえのその耳は飾りもんか?」


「桐生さんわかりました、みなさん初顔あわせはこのくらいにしておきましょう、みなさん大変お疲れのようですので、下の特別船室でどうぞごゆっくりして下さい。わが軍の兵士がお部屋までご案内いたします」


「おい、待て!こら!」

「話はまだおわってないぞ!」


納得のいかない9人は銃を持った20名ほどの兵士に囲まれてブリッジを出ていかされた。

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