第2話 拉致・監禁

1996年9月、大阪市西成区



大阪市西成区三角公園


西成区は大阪市内屈指の繁華街「ミナミ」の南西約5キロほど離れた所にある場所で、有名なのは通天閣と呼ばれる昔の大阪博覧会の時代のタワーを中心とした地域の南側に位置する。


このあたりにはお世辞にも治安がいい場所とはいえず、あちこちにベッドホテルといって一泊1000円で泊まれる簡易宿が多数集まっている。


しかし冬になるとその宿すら泊まれない人たちが公園の中で焚火をし、その周りに集まって暖をとり夜を明したりしているが、毎年凍死者が何名か出ているような環境である。


地区の住民のほとんどが1970年の万国博覧会の建設作業員として日本全国から集まった人たちであるが、博覧会終了後も大阪の街に馴染んだのが理由で田舎に帰らなかった者が多く、そのまま居着いて住民となったケースが多い。


観光客は勿論、大阪在住の人間もあまり足を向けない地域である。


秋晴れのいい天気の中、三角公園では2人の作業着を着た中年男が将棋を指している。


「おーい、タニヤン、今日はポカポカしてええ天気やなあ・・・気持ちがえーな。はい、王手な」


「ホンマやなー、平和でえーなー。ほな同金と・・・それはそうと森のオヤジ、今日はやたら土方手配の車がようさんきとると思わへんか?ほれ、あの白いワンボックスや。あそこにもこっちにも来とるやろ?」


「ホンマやなあ、普段見たことない車やし全然知らん手配師もぎょうさんいとるで。ほい、角成で飛車取りやな」


「なんぞ、どこぞに大きな建設現場でも出来たんとちゃうか?見てみい、この辺りのコジキもゾロゾロ総出やな。はい、3七香で逆王手と」


「あれ、トンさんも行って並びよるで。見てみい?」


「オーイ!トンさんもあの車に行きよるんか?いったいどんな現場やねん?」


「なんや森のオヤジか、また将棋指してまんのか?なんか知らんけど港湾の荷役仕事らしいで」


「港湾の仕事?最近では港関係の仕事は減っとるはずやけどなあ。なんかうさんくさいなあ」


「しゃーけど、あいつら無茶苦茶ええ給料だしとるでえ、日給なんと5万やて!しかも飯付き、金も前払いらしいで」


「ホンマかえ、それ。なんかようわからんけど、今日も別にたいした用事もあらへんことやし、ワシも行っとこかあ。あ、残念、その銀で詰みでんねん」


「あかん、また負けたー!森のオヤジには敵わんわ」


「あはは、そらそうや。森のオヤジはプロの将棋指しに成れないからという理由で東京大学に行ったおっさんやからな!」


「まあ、そういうこっちやな。どれ、わしも金が無くなったとこやさかいその港湾仕事にでも行こかな?タニヤんも一緒に行くやろ?」


「せやな、あんたの負け金も払わないとあかんからな。よっこいしょと」

2人は将棋盤を片付けて立ち上がった。


「ほな、トンさん行きましょかー」


3人はあまりに高額な仕事に半信半疑のまま三角公園の向かい側の道に15.6台並んでいるワンボックスカーに順番に乗りこんでいった。


「おい、運転手のにいチャン見たこと無い顔やなー。港湾仕事ゆうて現場はどこやねん?」

森のオヤジがサングラスをかけた若いドライバーに尋ねる。


「行けばわかる」無愛想に答えるドライバー。


「なんや、にいチャン大阪の人間とちゃうな、なめとったらあかんで、現場どこやねん?教えんかい!」タニヤんがしつこく聞いた。


「とにかく行けばわかる」ニベもない返事であった。


「チェッ、アホくさ!勝手にしくされ!」


彼らを乗せた満員のワンボックスカーは大阪のメインストリートの中央大通りをまっすぐに西に向かった


「なんやここは大阪南港やないか、ホンマに港湾仕事なんやな。しかしここで何するねん」


「到着だ、全員降りろ」


「降りろいうてもどこで働くんや?」

トンさんが尋ねるとドライバーは岸壁に接岸している大きな貨物船を指差した。


「あの貨物船の中が作業場だ、正面のタラップを上がって甲板に行って指示を受けろ」


「しかし、無愛想なガキやでホンマ」


全員を降ろした後は全てのワンボックスカーはいずこへと去っていった。降りた作業員は総勢200名程を数える人数だった。


大阪南港を吹き抜ける潮の香りがした。


「なんや、けったいな仕事やなあ、オイ、亮さんあれなんて書いとるんや?あの船の名前や。おまはん海外が長かったからやから読めるんちゃうか?」


「あの文字はたしかタガログ語や。フィリピンか東南アジアのどっかの国の船やな。まあ、はよ入ってはよ働こうやないか!」


「しかし東南アジアの国の人夫役を俺たち日本人がやるとはなあ、いつのまにか立場が逆になっちまったな」


見たところ一万トンクラスの貨物船のタラップを指示どおり上がると東南アジア諸国系の外国人船員が出迎えに来て、全員甲板に整列させられた。


「よし、全員乗船したか、みんなの作業はごくごく簡単だ。この下の船倉の貨物を全部リフトで右舷の積み出し用出口まで移してくれ、時間はいくらかかってもいい」


と彼は流暢な日本語で仕事内容を指示した。


「けったいな仕事やなあ、見たところかなり人数が乗っとんのにこんな簡単な仕事くらい自分等でできへんのか?ヨッコラショ、アア、アホみたいや、アホみたいや。」リフトを運転しながら一団の中では年の若い北川はつぶやいた。


約200名の人夫が、作業を始めて2時間ほどたった。


「オイ、ドクターなんかおかしないか。気のせいか、さっきから船が動いとるような感じがせえへんか?」


「ホンマや動いとるわ。こらあかんわ。」

船が多少左右に揺れ出している。


「アカン、どこつれていく気や、おろさんかいどあほ!」


「オイ!出さんかえ!」


「こら!早よう出さんかえ!殺すど!」


「アカン、船倉に外からカギがかかっとるわ、完全にワシら閉じこめられてるわ!」


ガチャガチャ船倉のドアを開けようとするが頑丈なドアはビクともしなかった。

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