第4話 本間の抵抗 1

抵抗     




「あのオッサン、フェーぺとかいうたな・・・なにぬかしとんや。ホンマに腹たつなあ。」


「まあ、こんだけの人数さろたんやから直ぐに噂が広まって、日本の外務省も黙ってへんやろ・・・」


「しかし西成で行方不明者が出ただけで真剣に調べるかやな」


いろいろな不平不満と憶測の中、9人それぞれが、ウージーを持った兵に案内されながらブリッジの一階下にある特別船室へと案内された。ただひとり本間だけが抵抗したが彼を囲む五人の兵が持つウージーによって黙らされた。


全員が個々にあてがわれた部屋はさすがは特別船室というだけあって室内は真っ赤な絨毯が敷きつめられゆったりとしたソファーが置いてあった。壁には世界中の高価な酒がおいてあり贅をつくした貴賓室の趣があった。

重厚なテーブルには一流コックが作ったのであろう豪華な食事が置いてあり船の外観からはとても想像もつかないような豪華さであった。


重いドアが閉じられ「ガチャン」と全員の部屋に鍵がかけられた。


「あーあ・・・いとしの通天閣が遠くはなれていきよるわ・・・」


丸窓から見える外の風景に、本間は戸棚から出したバーボンウイスキーをラッパ飲みしながらつぶやいた。


「ドッドッドッ」と規則的なエンジンの音だけが室内に響く。


「ところで。他の連中はなにしてるるんやろか、ちょと聞いてみたろかあ」


「リョウサン、リョウサン、モールスワカルカ、ワカッタラヘンジコチラホンマ」


本間は隣に入っていった桐生の部屋に向けて丸窓の横の鉄板をバーボンのボトルで規則的にたたいた。


「コン、ココン、コン、コン」もう一度試した。


 隣からの返事はなかった。直ぐ隣の部屋なので聞こえてはいるだろうがおそらくはモールス信号がわからないらしい。


「あーあ、これやからエリートさんは困るなー。こういう有事にはさっぱり使えないんや」と言ってグイッとバーボンのボトルを一気にをあけた。


しかし約10秒ほどして、「テリー、オレ、ジュウベエ」というかすかなモールスが船板を伝って返ってきた。


「コン、コ、コン、コン」と規則的な音が何回も聞こえる。間違いない。


「おお、ラッキーや下の貨物室に十兵衛がのっとる!ということは、あとの6人組もおるな!」


本間が言う「十兵衛」とは本名、鈴木十兵衛。かつて本間の傭兵時代の相棒で、コンゴ、アフガン、イラクという激戦地で一緒にチームを組んでいた歴史がある。


十兵衛の部下の6人も彼に劣らずそうとうな猛者の集まりである。

この7人は十兵衛を兄貴のように慕っており、常に西成でも寝食ともに行動していた。


かつて西成地区で喧嘩や騒動などのもめごとがあった時はたいていが彼らが瞬時に解決していた。

自他共に認める「西成治安維持部隊」の面々が下の船倉に揃っている可能性がある。


「これは大逆点のチャンス到来やな。確認してみるか」

またも2本目の空になったバーボングラスで鉄板を叩く本間。


「コン、ココン、コン、コ、コン」


「ジュウベエ、ミンナイルカ」


「7ニンミンナ、サッキノサギョウバ」


「よっしゃ、これで勝ったも同然や!あの7人さえいればこの船の守備兵くらいなんともないわ。しかし無用心やな、あの連中も乗せるとは・・・さっきのフェーペとかいうオッサンもよくよくついてへんなあ」


3本目のバーボンの封を切りながら小躍りした本間は、ちょっと考えた後、またモールスを打った。


「ガンホー、ガンホーセントウカイシ、フォーム17」


「ガンホー」とは傭兵間の決まった合い言葉で「任務遂行頑張れ」の意味である。

フォーム17とはかつての本間チームの戦術パターンのうちのひとつで、「狭い範囲での敵味方が入り組んでいる場合でなおかつ暗闇の中での戦闘」を意味する。つまりこのメッセージには作戦実行は消灯後ということが込められているのである。  

この短いやりとりの中に、長年戦ってきたお互いしかわからない意味が多くこめられている。

開始時間、戦闘体型、戦術、武器の確保等である。


傭兵のプロフェッショナルの本間の体験から彼はいつも、広い見晴らしのいい平原での戦闘は「囲碁」に似ており、狭い地域の戦闘は「将棋」に似ていると考えている。


つまり広大な場所では囲碁のように陣地取り合戦になり、兵士の数の理論が先行するが、狭い限られた地域では、陣地を取るのではなく相手の将軍の首を取るのが主任務になる。つまり兵が少数でもいかに有力な駒を持ったほうが勝つかという理論である。


将棋好きの本間の好きな駒は大駒ではなくて桂馬であった。

桂馬は将棋の駒の中で唯一「あいごま」が効かないからである。

傭兵になって以来本間は、自分はいつもあいごまの効かない「桂馬」のようになろうと意識して各地の戦線を駆け回っていた。


一方下の貨物室内で鉄板に耳をつけて集中して聞いていた十兵衛は本間からのモールス信号で「フォーム17」を聞いただけて、自分の仕事は消灯までの安全な場所の確保と、非戦闘員の退避、それとなにか武器になるものの調達だと瞬時に判断し部下の6人にその作業を徹底していた。

部下の6人も「フォーム17」の意味を理解しているのでその作業は速かった。フォークリフトを運転して大きな木枠に入った積荷を移動させてバリケードを作った。

そして自分たちを除く190名の作業員たちに「戦闘が始まったらここに隠れていろ」と指示を出している。


それを見ている十兵衛も満足そうである。


「ジュウベエソノタ、リョウカイアイズマツ」


「よっしゃ!さすが十兵衛やな。なんも言わんでもようわかっとるわ」


一番下の船倉からブリッジまで来るあいだに本間がざっと見たヒペリオン兵の数は、約100人程。

できるだけ船倉にいる200人の仲間の犠牲を出さずに瞬時に船全体を占領したい。

しかも俺を含めてたった8人で隠密行動しながらであった。


本間はテーブルの上にあったキューバ産の高級葉巻に火をつけながら考えた。


以前傭兵として十兵衛と参戦した南アフリカの人質奪回作戦を想定した。あの時もたしか相手の政府正規軍多数に対して味方は10名ほどの少数であった。


「とにかく、まず銃と武器の確保やな。相手の兵が多いという事は逆に考えて銃もその人数分だけあるという事や。その銃を下の200人に手渡して暴れよう。しかし下のオッサンら、銃の使い方分かるかなあ。それだけが問題や」


夜の10時、船内は消灯時間にはいった、各階のスピーカーからなにかタガログ語で船内放送があったがもちろん日本人には意味は分からなかった。


一斉に明かりが落とされたのを確認してから本間が特別室のドアをおもいきり拳でたたいた。


「おい衛兵!苦しい、すぐにここを開けてくれ!」英語で本間が怒鳴った。


「どうした?」ドア越しに聞いてきた、雰囲気で兵は複数いるらしい


「苦しい!ニトロが切れた!オレの常備薬だ、早く船医を連れてきてくれ!」擬態で苦しそうに本間が叫んだ。


しばらく兵士同士でなにごとか話し声がしたあと、「わかった、すぐに医者を連れてくる!」と返事があった。


3分ほどのちに廊下に足音が近づいてきた。


「おい、大丈夫か?船医が来た、ドアを開けるぞ」というとドアが開いた。


大柄な3人の兵と船医が入ってきたが誰もいない


「なんだ、誰もいないぞ?」


船医を囲むようにして3人の兵士が銃を構えたままあたりをキョロキョロしてる。


「ここや!!」と天井から、さっと降りてきた本間は落ちる勢いで肘で一人の兵士の脳天を砕き、着地するやいなや廻し蹴りで、2番目の男の後頭部を直撃した。それを見てとっさに銃を構えて振り向いた3人目の腹には、脳天を砕かれた兵士の腰から瞬時に奪ったゾリンゲンナイフがすでに突き刺さっていた。

倒れた3人の兵士の真ん中で船医がキョロキョロいている。


あまりにも一瞬の出来事だったので船医はなにが起こったかまだ把握できてなく、カバンをかかえてオロオロしていた。


「船医のオッサンは罪があらへんから勘弁しとったるわ、ただ動けんようにはしとくで。悪いなあ・・・」と手刀を船医の首にふり下ろした。


「グワッ」と意味のない言葉を発しながら船医は兵士の横に横たわった。


「おやすみ、堪忍なあ。」


バスルームから持ってきたタオルで目隠しとさるぐつわをして、船医の手足を縛り一番奥のベッドルームの衣装ルームに入れるのに一分はかからなかった。さすがに手際がいい。


「昔の現役時代やったら、5人まで一瞬やったけど、あかんなあもうロートルやなあ。3人が限界や。まあしかしちょうどええウオーミングアップになったわ、えーと、ウージーが3丁、ベレッタが2丁、パイナップルが6個とゾリンゲンが3本、弾倉6本に船医のオッサンのメスと注射針が20本てとこか、おっ手術糸があるやんか、よう持ってきてくれましたなあ、これは重宝しまんねん。まいどおおきに!」


酒が回ってきたのか、鼻歌を歌いつつ兵士の服をはぎとり着替えながら、合計重量20キロほどの武器を全て装着していった。


「バンバン」と本間は腰を叩いた。


185センチの巨大な体躯には少し窮屈なサイズであったが、久しぶりに深緑色の戦闘服を着て本間はやっと気合いが入った。

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