第11話 天才プログラマー東野 進
リムジンから降りた東野が彼にもあてがわれた大邸宅に入ろうとした時のことである。
そこに長身の褐色の肌をした美人の秘書が手を差し伸べた。
その顔を見た瞬間に東野は電流が走った
「ジェーン・・・まさか!」
と呟いた。
「初めまして、私は秘書のイプシロンと申します。プログラマーの東野さんですね。今後ともよろしく」と笑いながら両手を差し出した。
彼女の顔を凝視する東野は一瞬体が固まったのであった。
「まさか、あのジェーンがこんなところにいるとは・・・」
ジェーンというかつての知り合いと目の前にいるイプシロンがそれほどまでに酷似していたのであった。
彼女が差し出した手にあえて握手をせずにそのまま邸宅内に歩調を進める東野は彼の専門であるエレクトロニクス知識を総動員して邸宅内を細かく検査した。
屋敷の随所に設置された隠しカメラ、盗聴器、赤外線による体温感知システム、防犯装置そしてなんと廊下には足の振動によって感応する振動感知システムが作動してあるのを彼はすぐに理解した。
「探し物がお好きのようですね」東野の後ろを歩くイプシロンが尋ねる。
「ああ、職業柄な。しかしいろいろな防犯システムが装備されているようだなこのお屋敷は」
「はい、この家だけでなくこのビバリーヒルズ地域の全てのお屋敷には外部の盗難から守るための防犯システムが完備されています」
「そうか、それは頼もしいことだな」
これはおそらく外部からの防犯用ではなく俺たちを常に監視するシステムなんだろうなと東野はすぐに理解した。
「さきほどから私の顔を見て急に難しい顔をしていましたが、ミスター東野。一体どうされたんですか?」
「いやすまない、何でもない。あまりにも君の顔が私の昔の知り合いに似ていたもので・・・」
「そうですか。難しい話はバスに入って疲れを落としてからにしましょう」
「そうだな。そう願いたいものだな。すまんがしばらく一人にしてくれないか?」
「わかりました」
と東野は衣装を脱ぎ始めたイプシロンの誘いを断って一人でジャグジーバスに入っていった。
南国の日差しと突き抜けるような青い空が続くヒペリオン王国の空を見ながら先ほど会ったイプシロンの顔を見て彼は2年前の忌まわしい過去を思い出していた。
1994年 秋
彼の経営するソフトウェア開発会社 「ヤマトシステム株式会社」は来るべきパーソナルコンピューター時代に備えて新しい OS ソフトをすでに開発し終わっていた。
その名前は「まほろば95」と言う従来の DOSシステムを踏襲した斬新でかつ誰でもが簡単に使える OS であった。
東野はその設計開発に自分自身の時間を10年間注ぎ込んだ。
開発設計には立ち上げのときからアメリカ人女性プログラマーのジェーンに全てを委ねていた。
しかもジェーンは1年後に自分と結婚する予定の婚約者でもあった。
彼女はミシガン生まれで父親は海軍の軍人をしていたという。
父親が戦死して彼女は母親一人の手で育てられたと聞いていた。
おそらく父親が亡くなったのは太平洋戦争時に日本海軍と戦った時のことであろう。
忌まわしい事件は1995年に入ったばかりに突然に起こった。
この「まほろば95」の全てのデータは一つのサーバーで管理されており、その鍵は東野とジェーンが二人揃わなければ絶対に開かないようなシステムにしてあった。
しかし突然1月1日にアメリカのライバル会社のサイクロン・ソフト社から「ドアーズ95」という名前のソフトが新 OS ソフトとして世界中に発表されたのであった。
そのニュースを知り驚いた東野はそのシステムのスペックを詳しく調査すると寸分違わず全てが自分の「まほろば95」システムのコピーであった。
偶然に同じようなシステムが同じ時期に構築されることは確率論として皆無であった。
とすれば考えられることは・・・ひとつである。
昨日の大晦日からジェーンの行方がつかめていない。
当時は珍しかった携帯電話を持たせていたジェーンは昨日の夜から通話ができない状況になっていたことに東野は焦燥感を覚えていたところであった。
「まさかジェーンが・・・なぜだ?なぜなんだ?」
東野は頭を抱えて悩んだ
ふと見ると部屋の中のテーブルに置手紙があった。
「日本海軍に殺されたお父さんの復讐をします。ごめんなさい。 ジェーン」
翌日、アメリカのサイクロン・ソフト社からそのパテントが出願されて米国特許局に受理されてしまった。
こうなれば全て万事休すである。
現在サイクロン・ソフト社は「ドアーズ95」というOSソフトの販売で儲けた企業利益は何十兆円とも言われている。
しかしその礎ともいうべきソフトが日本人、東野の開発であった事を知る人は少ない。
つまり東野の会社「ヤマトシステム」が逸した利益は何十兆円にもなる。
一度に巨額の利益と婚約者を失った東野は失意のうちに大阪西成区に来ていた。
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