第33話 バー「ネプチューン」
バー「ネプチューン」にて
原子力博士桐生とコンピュータ博士東野と物理学者の富士とは西成での無類の飲み友達であった。
3人のアルコール好きは地区内でも有名であった。
この日は3人の仕事が早く終わり、一杯飲む約束をしていた。
場所はウラノス一番の繁華街、フォボス通りにあるバー「ネプチューン」であった。
南国らしく、通りを行き交う人々は、すべて軽装で明るい性格であり言語さえ気にしなければまるでハワイかどこかの観光地に来ているようであった。
先に桐生がカウンターに座って待っていた。
「コンバンハ、桐生サン」
「ああ、マスター。今日は仕事仲間と一緒だ」
「ネプチューン」のマスターは、日本の占領中に幼少時代を過ごしたのでかなり日本語が話せるので重宝したのである。
いつも占領時の今村均陸軍中将のほめ言葉ばかり口にしていた。
今村中将は太平洋戦争中、唯一日本の占領将校の中で現地住民を率先して大事にした有名な人物である。
「ゲネラル今村はよく視察と称して私のいた国民学校に来ては、ケン玉をしてくれたりスモウをしてくれたりしてそれは親切な将軍でしたよ」と例によってマスターのいつもの昔話が始まった。
「そうかい、それはありがとう。今村将軍はあの悪名高き極東裁判でも占領地の優遇政策のために処罰を免れたと聞いている」
「はい。それはそれは穏やかないい将軍でした」
※
この会話から30分ほど遅れて東野と富士が連れだって店に入って来た。
「リヨウさん、すまん。コンピュータのバグ直しにえらい手間どったんや」
東野が手を合わせて「遅れて申し訳ない」と言う表情をした。
「かまへん、かまへんみんなお国のため、がんばっとんや」
桐生が持参した日本の焼酎を片手に笑いながら答えた。
「今日は久しぶりに日本から取り寄せた芋焼酎でいっぱいやろうや」
「お、いいね!毎日、西洋の高級酒ばかりで飽きてたところだ」
桐生がマスターから手渡されたグラスを3つ並べて芋焼酎をなみなみとついだ。
「さあ!飲むぞ、男はロックだ!」
「「乾杯!」」
3つのグラスが音を立てる。
「なあ、ミスター、トンさん。今の生活、どない思う?今日はホンマの話してくれや」
一気にカラになった富士と東野のグラスに焼酎を注ぎながら桐生が率直に尋ねた。
「うーん、さっきもホテルウラノス行って労働者たちと会って来たけど、ほとんどみんな日本へ帰るつもりあらへんで。まあゆうてみたら龍宮城に来た気分やなあ。『謀叛は絶対せんといてくれって言われた』そら無理もないけどな・・・」
富士は前島の健康診断が行われると聞いてホテル・ウラノスに行って健康チェックをしたようだ。
「竜宮城とはうまい例えだな」
桐生は芋焼酎を飲み干して言った。
「彼ら200名みんなの意志を無視して、もう一度反乱を起こす事がはたしていいのか悪いのか、判断に迷うところやなあ。ところでトンさんはどない考えとるんや?」
一気に焼酎を開けた富士が東野に質問する。
「ワシの分野は相手が機械やさかい、難しい事はようわからん。もう一度反乱した場合の我々のメリットとデメリットがまだいまいち見えてこない・・・」
「しかし本ちゃんはやる気満々やで。今は大石蔵之介気取ってるけどな」
「そうだな本ちゃんは間違いなく反乱を起こすつもりでいるな。まぁ軍人さんだから仕方ないか・・・」
「ところで話は変わるが、2人とも仕事のほうはどうだ?うまくやってるか?」
桐生が二杯目の焼酎を飲みながら言った。
「この国にも日本に負けへんだけの頭脳が育つまでにそう時間はかからへんでえ。もっともワシの講義次第やけどもなあ。とにかくここの連中はまるでスポンジが水を吸い込むようによう勉強しよる、感心するわ。明日から国立大学の講義を受け持つ予定や」
東野が答えた。
「私のほうもダイモス博士と言う非常に熱心な博士がいて私と同じようにアインシュタインの相対性理論を理解する水準だ。現在この博士と一緒に俺が未完成で終わっていた永久機関の研究開発を一緒にやっている」
「永久機関か・・・ほんとにそんなものができればこの地球上がひっくり返るな」
「その通りだ、リヨウさん。この国の潤沢な資金を使って私とダイモス博士が真剣に取り組めば2 、3年以内には実用のめどが立ちそうだ」
「ほう!詐欺話が多い永久機関もミスターが言ったらまんざら嘘に聞こえないな」
東のが2杯目の焼酎を空にした。
「ミナサン、お酒強いですね」
マスターが驚くほどのハイピッチである。
日本から持参した焼酎の空ビンが並ぶにつれて3人の会話は弾んだ。
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