軽いキス

「おっはよ~! 好きだっ!」


「うわっ! んんっ!」


 部室のドアを開けてすぐに襲われ、そのままキスされる。


 けれどすぐに右手に拳を作り、相手のみぞおちに食らわす。


「ぐほっ!」


「~朝から何をするっ!」


「あっ挨拶じゃん」


「日本人らしい挨拶をしろっ!」


 怒鳴ったのはオレ、演劇部の脚本専門の担当長。


 オレが殴ったのは、演劇部の役者専門の主演男優だ。


 演劇部で有名なウチの学校は、一言で演劇部と言ってもいろいろな専門がある。


 オレのような脚本、コイツのような役者、そして衣装や小物、舞台の大道具・小道具に至るまで細分化され、各々担当長の元で学ぶ。


 オレは脚本担当長で、主に脚本に関することで決定権が与えられている。


 重要な役目を負っているオレだが、失敗もある。


 失敗は…目の前にいる、男。


 役者専門で、今現在、ダントツの人気がある。


 しかし………何故だかオレを好きだと豪語してならない。


 それは周囲まで広がり、恐ろしいことに学校内にまでっ…!


 仮にも男女共学校なのに、何故か受け入れが早いところがイヤだ。マジで。


 でもコイツに好かれる理由は何となく分かる。


 オレがまだ担当長になったばかりの頃、コイツはまだ主役をしたことが無かった。


 けれど夏の演劇部の大会で、オレはコイツを主役にと推薦した。


 それまで部員として、同級生として最低限の会話しかしたこと無かったオレ達。


 けれどアイツの演劇をするところを見て、コイツは将来化ける!…と、思ってしまった。


 だから推薦して、何とかムリを通して、抜擢されて…。


 そこからは輝かしく主役人生だ。


 演劇部は大会や校内の行事の他にも、時には街に出て公演もする。


 すべてコイツが主役で、全てが成功を収めている。


 …だからだろうか。


 コイツがこんなんでも、周りは平気で受け入れるのは。


「相変わらず冷たいなぁ。この間の舞台、俺良かっただろ?」


「…それは良かったと認める。だからと言って、キスしていい理由になるか!」


 ぶ~ぶ~言いながら、イスに座った。


「ったく…」


 オレはカバンからノートを取り出し、アイツの顔に投げ付けた。


「ぶっ!」


「ほら、見とけ。いくつか書いてきたから」


 朝、コイツと部室で二人っきりでいるのは、次の公演の演劇を決める為だ。


 いくつか話を書いてきて、それをコイツに見せる。


「8本書いてきたから、最低でも3本選べ」


「わぁお。3本も書くの?」


「役者達が納得するまで書く。それが脚本担当としての役目だ」


 同じ演劇部でも、担当によってはバチバチ火花が散る。


 それでもトップならば、私情を隠して部に尽くす。


「う~ん…」


 ノートを真面目に見つめる時、真面目な表情になる。


 こういう顔や、役者の時の顔は割と好きだ。


 …言ったら調子に乗るが。


「取り合えず…コレとコレとコレ、かな?」


 赤ペンでタイトルに丸が付けられた。


「よし、それじゃあ内容を作ってくる」


 ノートを奪い取り、さっさと部室から出ようとした。


「ちょっ…マジでそれだけ?」


「他に何がある?」


「まっ待って待ってって!」


 いきなり後ろから抱き付かれた。


「なっ…!」


「あ~癒やされるぅ」


 そのまま頬ずりされて、鳥肌が全身に浮かんだ。


「やめろ! 他の部員が来たらどーすんだ!」


「え~? 今更じゃん?」


「何でだっ!」


 確かに演劇をするコイツはキライじゃない!


 でもこういう時のコイツはキライだっ!


「あっあのなぁ、考えてもみろよ。演劇担当のお前と脚本担当長のオレが仲良かったら、周りにイヤなふうに思われるだろ?」


「だから今更だって。それもオレがちゃんと演劇をすれば、間違いじゃなかったって思われる」


 うっ…。一理ある。


「それに…お前にだって、オレを選んで良かったって思ってもらえる」


「そっそれは…」


 もう…思ってる。


 けど何か違うっ!


「もうムリだってぇ。俺、お前がいなきゃもう演劇できないもん」


「なぁっ!」


 なっ何てことを言い出すんだ!


 しかしコイツはニコニコと笑う。


「だって最初に俺の才能に気付いてくれたのは、お前だし。今の俺がここにいるのもお前のおかげだし。もう離れらんないよ」


「離れろよ! つーか自意識過剰過ぎるぞ!」


「役者なんて、自意識過剰じゃなきゃできないって」


 …確かに。


「だから、とっとと俺のものになってよ」


 そう言ってまたキスをしてくる。


「んんっ…」


 …唇を合わせるようになって、大分経つ。


 それでもまだ、恥ずかしさがある。


 流石に常識が多少あるのか、人前では抱き着いたりはするけれど、キスはしてこない。


 二人っきりでいる時だけ―キスをする。


 分かっていながら、何でオレは…!


 …わざわざ二人っきりになることをしているんだ?


「…出来ればずっとずっと一緒にいたい。俺が役者でお前が脚本。それでずっとやっていきたい」


「それって…」


 夢というより、プロポーズだ。


 胸の辺りが熱くなる。


「―好きだよ。演劇とは比べられないケド」


「…そんなの当たり前だ」


 オレだって脚本とは比べられないから。


「でも俺には自信があるよ」


「自信?」


 間近で微笑む顔は、確かに自信に満ちている。


 ああ…この顔だ。


 この顔が見たくて、オレは必死にコイツを主役に推薦したんだ。


「そっ。ずっと俺に夢中でいさせる自信。俺しか見られなくさせる自信。演劇を続けていけば、離れられないだろ?」


「まあ…な」


「だからずっと側にいてよ。俺を輝かせてくれるのはお前しかいないんだから」


 こんなのっ…卑怯だ。


 演劇をしているコイツを見たければ、ずっと側にいろなんて…。


「まあもっとも、絶対に離さないけどね」


 再びぎゅっと抱き締められる。


「絶対に離さない。誰にも渡さない」


 耳元で囁かれる熱い言葉。


 ああ、本当にコイツは演じるのが上手い。


 恋愛に夢中になる役なんて、コイツしか演じれない。


 しかも相手がこのオレ。


 他に役者はいらない。


「…じゃあ、ずっと頑張れよ。オレも頑張るから」


「もちろん」


 柔らかく微笑んだアイツに、オレはキスをした。


 誓いのキスを―。


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