おねだりのキス

「ねぇ、キスして良い?」

「―はい?」

 その日、オレはアイツと勉強会をしていた。

 学校でも指折りの頭の良さを持つコイツの部屋で、二人っきりで勉強をしていた。

 …はず、だった。

 なのにいきなりの言葉に、頭の中が真っ白になってしまう。

 ああ…せっかく覚えた数式が消えていってしまう…。

「じゃなくてっ! 何いきなり言い出してんだよ?」

「だって、キスしたいもん」

「…高校3年生の男が、もんとか言うな。気色悪い」

「あっ、ヒドイ」

 黙っていればインテリ系の美青年に見えるコイツが、同性であり、また目立たないオレとキスしたがる理由が分からない。

「発情しているなら、女の子を相手にしろ。その方が良いだろう?」

「良くないよ。俺、お前とキスしたいし」

 …勉強のし過ぎで、頭のネジが飛んだのだろうか?

「お前はイヤ? 俺とキスするの?」

「いっイヤとかの問題じゃなくてなぁ。お前なら可愛い子や美人とすぐにキスとかできるだろう?」

 コイツは頭の良さもそうだが、女の子にモテることでも指折りだった。

「女の子に興味ないもん、俺」

 サラッと爆弾発言していないか? コイツ。

「おっお前ってその…」

「ん? ああ、真性ってワケじゃないよ。男とキスしたいと思ったのって、お前が始めてだし」

 そう言ってニヤッと笑われても…。

「ねぇ、ダメ?」

 メガネごしに上目遣いするなー!

 それにねだるように近寄っても来てほしくない!

「いや、あの、な」

 しどろもどろになり、後ろに下がろうとした。

 けれど一早く、両腕を掴まれ…キスされてしまった。

「んんっ」

 薄い唇が、オレの唇に触れている。

 そう思っただけで、心臓が耳障りなぐらい高鳴ってくる。

「んっ…。どう? イヤ?」

「イヤじゃ…ないけど」

 むしろ口の中が甘い―。

「そっか、良かった」

 嬉しそうに笑うと、もう一度キスしてくる。

「ちょっ…待てって…!」

「やぁだ。言っただろう? 好きだって」

「そりゃオレだってお前のこと、好きだけど…」

「それって、友達としての好き?」

「へっ…?」

「それとも特別としての好き?」

 間近で見るアイツの眼は、真剣そのものだった。

 いつもは柔らかな笑みしか浮かべないのに…。

「俺は特別としての好き、だよ。周囲の人間は俺の頭の良さとか見てくれだけで、接してくる。だけどお前は違った。特別だって、思ったんだ」

「だっだって逆にそんなこと考えながら接するの、面倒だろう?」

「…うん。そういう考えをするお前だからこそ、俺は好きになったんだと思う」

 スゴク嬉しそうな顔をして、今度はぎゅっと抱き締めてくる。

 コイツ…オレが逃げられないように、優しく縛ってきやがって…。

「だからお前にも、特別に好きになってほしいよ。でもキスがイヤじゃないんだったら、望みアリかな?」

「お前…確信犯だろう?」

「どうだろう?」

 頭の良いコイツのことだ。

 絶対、分かっていての行動だろう。

 オレがコイツを拒まず、キスを受け入れることを知っていて…やっているんだ。

「…根性悪」

「期待を持たせるようなことをする、お前の方が悪い」

「言いがかりだ!」

 オレは何も、コイツに期待を持たせようとか思って一緒にいたワケじゃない。

 ただ…男達からは遠巻きにされ、女の子達に囲まれても作り笑いしか浮かべないコイツを見て、ほっとけなかったんだ。

 一緒にいて、気付いたこともある。

 一見は好青年に見えるけれど、本当は甘えるタイプだったこと。

 頼ると言うよりも、甘えられることの方が多い。

 人のいる所では止めるように言っているからしてこないけど、今のような二人っきりの場合は、過剰なスキンシップをしてくる。

 後ろから抱っこされたり、頭や髪の毛に触れてきたり…。

 手を握ってきたり、頬を撫でてきたりと、まるで恋人に触れるかのような優しさで、オレに触ってきた。

 不思議とオレもイヤとは思わなかったんで、好きにさせていた。

 だってオレに触れている時のコイツの顔が、あまりにも幸せそうだから…。

「ねぇ。これからもいっぱいキスして、触りたいって言ったらイヤ?」

 オレの眼を覗き込むようにして、甘い声で聞いてくる。

 ―ああ、そうだ。

 一緒にいて、思ったことはもう一つ、あったんだ。

 それはオレもコイツのことが…。

「いっイヤじゃない…。だって…オレにとっても、お前は特別、だから…」

 消え入りそうな声で、それでも一生懸命に言葉に出した。

 すると今まで見たことのないぐらい、甘く優しく微笑んだ。

「あっ…」

「嬉しいよ。じゃあこれからは遠慮なく、キスしたり、触ったりするね」

「…キスはともかく、触るのはいつものことだろう?」

「ふふっ。今までみたいな触れ方だと思わない方が良いかもよ?」

「えっ…」

「覚悟してね?」

 悪魔の微笑みを浮かべ、再びキスをしてくる。

 何かもう…このキスの甘さで、良いかな?と思ってしまった。

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