クリスマスのキス

「なぁなぁ、お前、クリスマス予定あるか?」

「いや、無いが」

「んじゃさ、寂しい男二人で遊びに行こうぜ」

「…だな」

 あんまりにも楽しそうに誘うので、オレは素直に頷いた。

 彼と出会ったのは高校を入学してすぐ。

 同じクラスで、席が前後だった。

 そこから3年間、ずっと同じ教室で過ごしていた。

 けど…そろそろそれも限界かもしれない。

「けど良いのか? センター試験まで残り少ない時期に出掛けて」

「うおおっ! 言うなっ! …お前は良いよな。推薦入試でもうすでに行く大学が決まってんだから」

「オレはこの3年間、真面目に過ごしていたらな」

「どーせ俺は赤点の常習犯さ。いいさ、別に。試験には受かれば良いんだ、受かれば」

「…受かるのか?」

「聞くなーっ!」

 …どうやら受験ストレスがかなりたまっているらしい。

 ここで息抜きさせた方が、受験には良いのかもしれない。

「分かった。もう聞かない。それで、クリスマスはどこに行く?」

「そうだな~。まずはカラオケは絶対だろう? せっかくだから、クリスマス限定のメニューを出している店をめぐるのも良いよな。後は…」

 意気揚々と予定を言いあげる彼を見て、ふと思い出す。

「…アレ? 彼女はどうした?」

 彼には彼女がいたはず。

 ならオレを誘うのはおかしい。

 …ああでもイヴにオレと出かけて、クリスマス当日に出掛けるのだろうか?

 しかし彼は気まずそうに、頭をかく。

「あ~。実は別れたんだ」

「えっ! またか?」

「そう言うなよぉ」

 彼は口を尖らせ、ジト眼でオレを睨んだ。

「あっああ…悪い。けど何で? あんなに仲良さそうだったのに」

「ん~やっぱこの時期だからな。進もうとしている大学も別だし、踏ん切りの良いとこで終わらせたんだ」

「彼女、お前とは別の大学なのか?」

「おうよ。何せ短大だからな」

 なるほど。

「お互い大学に受かっても、学校の距離が遠すぎるし。だから別れ話を言い出しても、案外すんなり受け入れてくれた」

「…そっか」

 ならオレと出掛けると言い出したのも、理解できる。

 明るく振舞っているけれど、彼は彼なりに傷ついているんだろう。

「まっ、アイツのことは置いといてさ。お前はどこ行きたい?」

「…そうだな。あっ、高いビルの中から、街を見下ろしたい」

 それは今まで考えていたことだけど、実行していなかったことだった。

「この時期、街はイルミネーションで綺麗だろう? 高い所から見てみたいんだ」

「それは良いが…。また何でビルの中からなんだ? 実際に行って見た方が良いんじゃないか?」

「それでも良いけど、…カップル、多いぞ?」

「うがっ!?」

 彼は心の傷が傷んだようで、胸元を強く掴んだ。

「まあビルじゃなくても、デパートとかでもいいけどな。街中にある建物だったら、どこからでも綺麗に見えるだろうし」

「だっだな…。んじゃ、当日は昼頃に待ち合わせして、イルミネーションが点灯するまで街で遊ぶか」

「ああ、そうしよう」

 よく世間では、クリスマスに男同士で遊ぶと言うと、寂しいとか悲しいと言う。

 けれどオレは…そう思わない。

 何故なら彼と一緒だから。

 口下手で中々友達が作れないオレだけど、明るくて活発で社交的な彼のおかげで、普通に友達を作って、3年間、楽しく過ごせた。

 そのことに感謝しながら……オレは彼のことを好きになっていた。

 決して打ち明けてはならない、『好き』の種類だ。

 …でも彼は彼女を作る。

 この3年間で、十人以上とは付き合ったんじゃないだろうか?

 彼はモテるし、彼女を作るのに何の問題もない。

 けれど、長続きは決してしない。

 長くても一季節。つまり3~4ヶ月程度。

 短ければ一週間かそこらで別れてしまう。

 別れはいつも彼の方から。

 原因を聞いても、『何となく合わなかった』としか言わない。

 そんなこんなで彼女をとっかえひっかえの日々を過ごしているものの、彼には悪い噂が立たない。

 別れた彼女達も、今では普通に友達として接しているのが凄いと思う。

 オレだって何度か女の子から告白されたことはある。

 でもその度に、彼のことを思い浮かべてしまい、結局高校生のうちでは彼女は作らなかった。

 彼に彼女がいる時は、寂しく辛い思いをする。

 けれどすぐにオレの元へ戻って来てくれるのなら、オレは一人で待とうと思った。

 …何か浮気ばかりされている妻の心境に、似ているのかもしれない。

 でもそんな辛くも楽しい日々は、高校を卒業したら終わるだろう。

 彼も大学を受験する。

 けれどどこを選んだのかは教えてくれない。

 落ちたら恥ずかしいから、と言っていたが、オレと通う所が違うから、言い出せないのかもしれない。

 どちらにせよ、学校が変われば交友関係も変わる。

 だからオレの抱える思いも……自然消滅するのも時間の問題だ。




「おーいっ! お待たせ!」

「いや、今来たとこ」

 クリスマス当日、駅で待ち合わせをした。

「にしても、やぁっぱカップル多いな。とっとと移動しようぜ」

「ああ」

「まずは喫茶店に行こう。クリスマス限定メニューを出しているとこ、行ってみたい」

「分かった」

 そして彼と喫茶店で昼食を食べ、カラオケへ行き、アーケード内でいろんな店を回ったけど…。

「あ~っ、逆ナンがうっとおしいな!」

 アーケードに入った辺りから、女性達に声をかけられることが多かった。

「クリスマスに乗り遅れた女達が、現地調達とはな。まあ俺とお前の二人連れだから、声をかけられるってのもあるだろうけどさ」

「ははっ…」

 オレは多少なりと疲れていた。

 女性達の勢いが凄くて驚いていると、彼がオレの前に出て代わりに断ってくれていた。

「ん~。まだ時間は早いけど、そろそろ暗くなってきたな」

 彼がケータイ電話と空を見比べながら、呟く。

 確かに雲行きが怪しいせいか、辺りは暗くなってきた。

「じゃあ行こうか? ここからだと、あのデパートが近いし、階もあるな」

 オレの目の前には、昨年建ったばかりのデパートがある。

「そうだな。流石にデパートの中じゃ、逆ナンもないだろうし」

 彼も賛成してくれたので、オレ達はデパートの中に入った。

 イルミネーション点灯まではまだ時間があったので、デパートの中をいろいろと見て回る。

「しっかしクリスマス一色だよな」

「でも次の日には全部片付いているんだから、凄いよな」

「まあな」

 そんなたわいのない話をしながら、携帯電話のショップに入る。

 壁一面にケータイストラップがあって、彼といろいろ見て回る。

「あっ、コレ良いな」

 その中でオレは一つのケータイストラップに眼がいった。

 黒い紐の先に銀のプレートがあって、そこに四つ葉のクローバーが彫られている。

「おっ、それ気に入ったのか?」

「ああ。値段も手頃だし、自分へのクリスマスプレゼントに買おうかな?」

「おいおい。いくら何でもそりゃ寂しすぎるって」

「良いだろう? 別に。自分へのプレゼントなんて、今時珍しくもないことだ」

「んじゃさ、コレは俺が買って、お前にプレゼントするよ」

 そう言って彼はオレの手からケータイストラップを取って、とっととレジで会計を済ませてしまった。

「ホラ」

「あっありがとう。…ちゃんとラッピングもしてもらったんだ」

「今日はクリスマスだからな。気分が出て、良いだろう?」

「ああ。―大事にする」

 笑みを浮かべながら言うと、彼も優しく笑う。

「それじゃ、そろそろ窓際に移動しようぜ。どうせなら点灯する瞬間を見ときたいし」

「ああ」

 オレ達はデパートの中を歩き、人がいない窓際を探した。

 最上階ではないが、街を見下ろせる階にした。

 そこの階段の踊り場には縦・横2メートルほどのガラス戸があって、オレ達が並んで見るにはちょうど良かった。

「良い場所見つけられて、良かったな」

「ああ。お前の日頃の行いが良いせいかな?」

 おどけたように笑って言う彼の姿を、見るのも後少しのことだ。

 そう思うと、僅かに胸が痛む。

「おっ、着き始めたぞ!」

 彼が声を上げ、窓の外を指さす。

 顔を上げて見ると、暗かった街に次々と色とりどりのイルミネーションが点灯していく。

「わぁ…! 綺麗だな」

「ああ。こういうのをホラ、『宝石箱を引っくり返したみたい』って言うんだろう?」

 それは高級高層ホテルで女性が言うセリフだけど…。

「うん、そうだな」

 でも確かにそう見える。

 闇の世界に浮かぶ多彩の光は、確かに宝石の輝きと似ていたから。

 やがて見下ろす街がイルミネーションの輝きで満ちる。

 その様子を、オレ達は言葉もなく黙って見つめていた。

 見入っていたオレだけど、ふとガラスに映る彼がオレを見ていることに気付く。

「んっ? どうかした?」

 不思議に思って顔を向けると、彼は真剣な顔をしている。

「いっいや、あの…さ」

「うん?」

「キス…したいなって思って」

「…うん?」

 何か今、理解できない言葉を言われたような…。

「ごっゴメンっ!」

「えっ…んんっ!」

 いきなり腕を掴まれたかと思ったら、彼に…キスされた。

 本当に……唇にキスされている。

 触れてくるときはいきなりだったけど、離れる時は静かにゆっくりだった。

「…その、本当にゴメン」

 彼は心底申し訳なさそうに、俯く。

「でも、何でオレに?」

 彼にはキスをしようと思えば、する相手ぐらいはいる。

 いくら近くにオレがいたからって…オレは男なのに。

 …でも喜んでしまっているオレもオレだな。

「…何かさ。お前って俺が女の子と付き合っている時、寂しそうな顔するだろう?」

「そっそうか?」

「ああ。まるで捨てられた子犬みたいな顔、しているんだぜ?」

 苦笑しながら言われた言葉に、ショックを受ける。

 まさか心に思っていた寂しさが、表情にまで出ていたなんて…。

「お前がそんな顔するから、何か女の子と付き合っても楽しくなくてさ。だから早く別れちまうんだよな」

「それって…オレのせいなのか?」

「ああ、そうだ。お前があんな寂しそうな様子をするから、ほっとけなくなるんだ」

 切なげに言いながら、オレを抱き締めてくる。

「もうあんな顔、するなよ。俺も決めたから」

「決めたって、何を?」

「お前と同じ大学へ行く」

「ええっ!」

 ハッキリ言って、オレと彼の偏差値はかなりの差があるのに。

「それと、ちゃんとお前の気持ちに向き合うよ。…今まで怖くて逃げ回っていた分、真面目になるから、さ」

「あっ…」

 気付かれて…いたのか。

 まあ考えてみれば、それも当然か。

 今までオレの側にいてくれたんだから。

 …そう、いてくれたんだ。

 オレの気持ちに気付いていながらも、ちゃんとオレの所に来てくれていたんだ。

「俺の本気度を分かってもらうためにも、受験、頑張るから」

「…じゃあ、コレはムダにならずに済むな」

 オレはコートのポケットから、小さな紙袋を取り出し、彼に渡す。

 彼はその場で中身を取り出し、破顔した。

 オレが彼に渡したプレゼントは、受験合格祈願のお守りだった。

「勉強、良かったら教えようか?」

「それは遠慮する! …とカッコ良く言いたいが、頼む。やっぱ不安でさ」

「ああ」

 カッコ悪く苦笑する彼に、オレは微笑みかける。

「ちゃんと合格するよう、残り一ヶ月ビシバシやるからな」

「…お手柔らかにお願いします、先生」

 オレはクスクス笑いながら、彼を抱き締めた。

 ちゃんと合格してもらい、大学でも一緒に過ごせることを考えるだけで、気分が良くなる。

「けどそれも明日から、な?」

「しょうがない生徒だな」

「へへっ。…今日はクリスマスだしさ」

「ああ」

 間近で笑い合いながら、オレ達はキスをした。

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