魔王とのキス

 ―ウチの担任は、ハッキリ言ってドSだ。

 何故かと言うと、笑顔でスッパリがモットーだからだ。

 にこにこ笑顔で、スッパリ人の心を切り裂く。

 …げに恐ろしい。魔王だ。

 しかも厄介なことに、魔王は外面ともに顔も良い。

 …おかげで俺達生徒は誰に訴えかけても、信じてもらえない。

 けれど魔王はアメもお使いになる。

 うま~くアメとムチを使い分けるので、まあ人気も高い。

 30近くでも、全然高校生とまともに向き合っているしな。

 行動的だし、勉強も分かりやすい。相談や悩みもまあ…スッパリ効果のせいか、評判が良いし。

 俺の方はといえば―まあまずどこにでもいるような無気力な男子高校生。

 飛び出るものがなければ、足りないところもない、フツーの一般生徒。

 だから魔王とは、ホントに担任と生徒という間柄しかなかった―ハズなのに。

 …何故いま現在、魔王と教育指導室にいるんだ?

 それはまあ帰ろうとしたところを呼び止められ、ここへ連れて来られたんだけど…何故だ?

 特に問題を起こしたワケでもないのに…。

 思い当たるフシが無さ過ぎて、頭が痛い。

「まあリラックスしてください。何も叱りに呼んだわけではありませんから」

 生徒にも敬語を使う魔王は、朗らかに言った。

 しかし…オーラが黒い。

「はあ…。では何で呼んだんですか? 呼ばれる理由が全然思い付かないんですけど」

 俺はハッキリ言った。

「呼んだ理由はですね。…フム」

 向かいにいる魔王は、少し考え込んだ。

「キミには付き合っている人はいますか?」

「…はい? いませんけど」

「それなら良かった」

 …何がだ?

「じゃあハッキリ言いますね」

「はい」

「わたしと付き合ってほしいんですよ」

「……………はい?」

 あっ、どこに、だろうか?

「言っておきますけど、場所じゃないですからね」

 …チッ、現実逃避したかったのに。

「頭でも打ったんですか?」

「いえ、至って真面目ですが?」

 疑問を疑問で返しやがった。

 しかし…やっぱりどこかを打ったのだろうか?

 一回り年下で、しかも教え子、そして男の俺に何を言い出すんだろう。

 あくまで冷静でいる俺も俺か。

「…ちなみに断ると、俺はどうなります?」

「別にどうもなりませんよ。ああ、でもキミに好意を抱く人はどうなるかは分かりませんよ?」

 一気に体温が下がった。

 …顔が笑っているのに、目が笑っていない。マジだ。

「……それって、脅迫では?」

「いいえ、警告ですよ」

 ぜってー脅迫だ。

「って言うか、何で俺なんですか? 特別な生徒ってワケでもないでしょう?」

「特別じゃないから良いんです。変わっている生徒なんて飽きましたから」

 これはもしかして…いや、もしかしなくても人生最大の大ピンチ?

 断りを入れれば、誰かが(あるいは自分が)被害を受ける。

 受け入れれば…取り合えずは俺だけに済む?

 …こんな消去法的な告白の受け入れ方あるだろうか?

「それで、どうします?」

 余裕でにこにこしながら返事を待っている。

「おっOKします…」

 とっとりあえずは受け入れよう。

 後のことは、後から考えれば良いんだ。

「嬉しいですね。大丈夫ですよ。後から後悔することなんてさせませんから」

 …もう今現在、後悔の真っ只中なんだけど。

 するといきなり立ち上がった。

 思わずビックリして身構えると、笑われた。

「ふふっ。そんなに怯えなくても、キミがイヤがることはしません」

 だからイヤなんだってば…。

 がっくり項垂れていると、手が伸ばされた。

「今日はとりあえず、告白だけですから。立てますか?」

「あっ、どうも」

 差し出された手を取り、立ち上がる。

 勢い余って、つい前のめりになってしまった。

「すっすいません」

 抱き着く形になってしまい、慌てて離れようとしたけれど…。

「…やっぱりムリそうです」

 低い声が上から振ってきた。

「えっ」

 顔を上げると、間近に顔があった。

 そのまま―キスされる。

「…っ!?」

 離れようとしても、強い力で抱き締められる。

 唇が離れても、そのまま捕らえられたまま。

「…いきなり前言撤回って、教師らしくないですよ」

「すみません、でもガマン出来なかったんです」

 まったく…。しょうがない大人だ。

「これからもガマンが出来ない時もあるかもしれません。それでも…良いんですか?」

 断ればとんでもないことをするクセに。

 …そのくらい、俺に夢中のクセに。

「俺だけに、ならいいですよ。他はダメですけど、俺なら良いです」

「フフッ…。なら、キミだけにします」

 俺の頬を両手で包んで、先生は微笑んだ。

「キミだけに夢中になります。他の事なんか元々何とも思っていませんし」

 怖い人だ。前から知っていたけれど、改めて思う。

「だからキミもわたしだけになってください。わたしのことだけ思って、わたしのことだけ見ていてください」

「…ワガママですね」

「恋愛なんて、そんなものですから」

 目も眩むような笑顔で、もう一度キスをする。

 ああ…これが魔王に愛される気分か。

 不思議と心地良い。

 魔王を夢中にさせている自分は、もうきっと、普通では無くなっただろう。


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