演技のキス・2

 ―文化祭当日。


 控え室で、俺は彼と二人きりだった。


 すでに着替えを済ませ、後は本番を待つばかり。


 だけど…。


「カツラって重い…」


 腰まで伸びている長い髪のカツラをかぶせられ、俺はうなっていた。


「とってもキレイだよ。本当に奪っていきたいぐらい」


 女物の着物を着ている俺とは反対に、彼は男物の着物を着ていた。


 彼も長い髪のカツラをかぶっているけど、平気そうだ。


「あぁ…。本当にキレイだ」


 彼は俺をじっと見つめる。


 その熱っぽい視線がちょっと恥ずかしくて、俺は顔を背けた。


「あんまこっち見るな。どうせ舞台でイヤってほど見るだろ?」


「それも今日まで。明日になったら、着てくれないよね?」


「俺にはコスプレ趣味はないからな」


「もったいない」


 背後で彼が立ち上がった。


 そして後ろから抱き着いてくる。


「…じゃあ、二人きりの時なら良い?」


 耳元で熱い吐息を感じて、思わず身を小さくする。


「イヤだ…」


「なら、こっち向いてよ。眼に焼きつけといたい」


 コスプレを要求されるよりは、マシか。


 俺はゆっくりと振り返る。


「ああ…やっぱりキレイ。今日だけなんて、もったいないよ。本当に」


「お前、いい加減しつこいぞ?」


「うん、ゴメン。でも仕方ないよ。だってボクは…」


 頬にそえられるキレイな手。


 少し上を向かせられ、…重なる唇。


「キミの恋人なんだから」


「…どこで選択を間違えたんだろう?」


「ひどっ!?」


「だってそうとしか、思えないだろう?」


 同じ部活で、同じ歳で、しかも同じ性別…。


 いくら男子校だからって、恋人に同性を選ぶなんて…。


「でっでもボクは、今更別れる気なんてないからね!」


「大声出すな」


 声に怒気を含ませ、俺は軽く彼の頬を抓った。


「ひだっ」


「後悔は別にしてない。あの時、決めたのは俺自身だから」


 彼の俺を見る眼に、特別な感情が含まれていることに気付いたのは、この劇の練習をはじめてからだった。


 どこか熱っぽく、甘い感情。


 否定しようのない熱い感情に、俺は嫌悪を感じなかった。


 だから…受け入れた。


 彼の気持ちを。


「…ホラ、そろそろ本番始まるぞ」


「うっうん」


 そして幕は上がった―。


 劇場時間は一時間。


 講堂は立ち見までできるほど、満員。


 後は演技力にかかっている。


 脚本は部長が担当している。


 部長は俺や彼のことを良く理解してくれて、与えられた役もそう難しくは無い。


 だから自然に演じられるのが嬉しい。


 でも…演じている間にも、彼のことを考える。


 彼はいつも俺に、感情をぶつけて、愛情をくれる。


 俺もできる限りは返したいと思っている。


 彼を、愛しているから。


 でも演技はできるのに、本当の俺だとうまく相手に感情が伝わらない。


 それがもどかしい。


 彼だって、不安になっているだろう。


 どうやって伝えたら良いのか考えているうちに、ラストシーンになる。


 二人は国を捨て、親を捨て、全てを捨てて、添い遂げる為に逃げることを決めた。


 俺は彼と向かい合う。


 手を握り、俺は言った。


「―お慕い申し上げます」


「ええ、私も愛していますよ」


 そうして二人は熱い口付けを…するように見せることを、俺が決めた。


 でも…。


 近付く顔が、止まりそうになる。


 俺は目を閉じて、背伸びした。


「えっ…」


 一瞬だけど、確かに重なった唇。


「愛しています、貴方だけを」


 彼の眼を真っ直ぐに見て、伝えた。


「あっああ…! ボクも愛している!」


 彼は泣きそうな顔になって、思いっきり俺を抱き締めてきた。


 そして観客から沸きあがる。


 ああ…後が怖い。


 けれど彼の嬉しそうな顔が見られるなら、たまには…良いかな?



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