演技のキス

 俺は彼と向かい合う。


 手を握り、俺は言った。


「―お慕い申し上げます」


「ええ、私も愛していますよ」


 そうして二人は熱い口付けを…。


「交わしてたまるか」


 ぐいっと彼の顔を押した。


「ふぐっ!」


「まっ、客席からはそう見えるようにすれば良いか」


「えっ、でもそれじゃリアリティーに欠けない?」


「欠けて結構。誰もそこまで望んでいない」


「…それは現役演劇部員の言ってはいけないことだよ」


 俺は彼の言うことを無視して、脚本に目を通した。


 今度の文化祭で俺達、演劇部は戦国時代の物語を公演する。


 俺が演じるのは、小国のお姫様。


 彼はお姫様の敵国の息子。


 二人は政略結婚で結ばれるも、二つの国は争いを始めてしまう。


 それでも二人は添い遂げようとして…。


「…このラスト、本当の戦国時代だったら無しだったな」


「そうかな? 表に出ないだけで、案外アリだったかもよ?」


 彼は笑いながら言った。


 …演劇部の中で、1番のイケメンだと言われている彼は、だが演技の方はイマイチだと…一部から言われている。


 まあヒガミとかネタミとか、人にはいろいろあるからな。


 男子校でも、目立つヤツはイロイロある。


 彼は何かと人目を集めやすいので、今みたいに2人きりで部室で練習と言うのも珍しくは無い。


「最後は二人、手に手をとって駆け落ちってラスト、ボクは好きだけどな」


「…そうだな。まっ、観客受けはするだろうな」


「ならさ」


 彼はいきなり俺の腕を掴んだ。


 脚本がバサッと床に落ちる。


「やっぱりキスシーンは必要だと思うけど?」


 間近に迫る爽やかイケメンフェイス。


 …しかし腹は黒い。


「―貴方だけを愛しています」


 そのまま顔が近付いてきて、


 唇が、


 重なった。


「………」


「アレ? 無反応?」


「~~~っ!」





 ドカッ!





「うごふっ!」


「…役者だからな。顔は止めて、腹にしといた」


「そっそれはっ、どうも…」


 彼は腹を抱え、うずくまった。


「…まっ、キスシーンは無しでな」


「はっはい…」


「二人きりの時…以外はな」


「はっ…って、えっ?」


 彼が顔を上げたので、俺は慌てて向こうを見た。


「それって…二人っきりなら、良いってこと?」


 後ろで近付く気配。でも動けない。


「ちゃんとボクの気持ち…分かってる?」


 そして後ろから抱き締められる。


「…ああ」


「じゃあ、あのセリフ。言って…?」


 俺は顔だけ振り返って、彼に言った。


「お慕い…申し上げます」


「ああっ…! 愛している! 貴方だけを!」


 息苦しいほどの抱擁。


 演技か真剣なのか…。


 出来るなら、ずっとこのままが続けば良いと思った。



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