鬼畜なキス・1
ウチの高校は男子校なのに、妙な生徒が一人いる。
オレと同級生だけど、同じクラスになったことも、授業も委員会も係も一緒になったことはない。
けれどただ一度だけ、話をしたことがあった。
それは放課後の図書館の中でのこと。
ウチの高校は敷地内に大きな図書館があることで有名だ。
そこで図書委員をしていたオレに、ヤツが声をかけてきた。
「ああ、キミ。図書委員だよな? この本を探しているんだが…」
そう言って、本の名前が書かれてあるメモを見せられる。
「ん~っと…。この本はあるけど、コレは置いてないぜ」
本のタイトルを指さしながら説明すると、何故かキョトンとされた。
「…どうかしたか?」
「…いや、久々に俺に敬語を使わないヤツと会ったから、驚いていた」
……確かにコイツには全員、敬語で話しかけているな。
妙にカリスマ性があるし、変に色気もあるから…。
「オレ、一応同級生だけど使った方が良いか? 生徒会長」
そう、カリスマの強いコイツは一年の時からウチの生徒会長を務めている。
勉強も運動もできて、更に顔立ちまでできている。
体格は中肉中背だけど、決して小さくは見えないのはコイツの雰囲気のせいだろう。
偉ぶっているわけでもないのに、コイツの言うことにはみんな従ってしまう。
…けれどどことなーく計算的だ。
腹黒というより、計算しているタイプ。
自分がどう言えば、どう行動すれば、周囲がどう動くか分かっているようだ。
「…ふむ、まあキミはそのままで良いよ。面白いから」
…褒められているんだろうか?
まっ、オレはコイツと違って目立つの好きじゃないし。
あまり生意気そうにも見えないんだろう。
基本的に面倒くさがりだしな。
だけど面倒を避ける為の手間なら惜しまない!
…と言うと、友達には変な顔をされるけど。
オレはただ、自分の人生に波風を立てたくないだけ。
目立ったり、派手なことはお断り。
地味で安定している生活を送るのが目標であり、その為ならば努力は惜しまない。
高校生ですでにいくつかの企業を手がけているコイツとは、正反対のタイプだろうな。
「…んで、本はどうする?」
「そうだね。とりあえずある物は借りていくよ。ないものはリクエストを出しておく」
「そうした方が良い。じゃあ、あるヤツは今持ってくる」
「ああ、頼むよ」
…こうして話をしてみると、普通のヤツだよな。
別に気取った感じもしないし、話しやすい。
…いや、だからこそ、カリスマなんだろう。
すんなり馴染みやすいタイプほど、無防備になりやすいってもんだ。
「あんま関わらないようにしよう…」
アイツに関われば、波風どころか嵐か台風に巻き込まれる。
それだけは絶対に避けようと思いつつ、オレは本を探した。
――ところがこの日から、オレの高校生活は一変する。
「やあ、おはよう。昨日はありがとね」
次の日の朝、ヤツが声をかけてきたので驚いた。
しかし本のことだとすぐに思い出して、答える。
「あっああ…。面白かったか?」
だがオレの返答に、周囲にいるヤツらが驚いて眼を開く。
…あっ、敬語で話しかけられるって言ってたっけ。
「うん、面白かったよ。キミのオススメの本って他にない?」
コイツは自分と周囲の温度差に気付いていないんだろうか?
オレには針のように視線が突き刺さっているように感じるのだが…。
しかし話しかけられるのを無視する方が、後でとんでもない目に合うことは分かっていた。
なので渋々ヤツとの会話を続ける。
そしてHPが始まる時間となって解放されたオレだったが、教室に入った途端、今度はクラスメート達から質問攻めに合わせられた…。
何故だかこの日から、ヤツは何かとオレに構ってくるようになったのだが、その理由がサッパリ分からない。
ヤツのカリスマのおかげか、別に陰湿なイジメも陰口もない。
しかしオレを見てはコソコソと話をするヤツらは確実に増えた。
ヤツは別に、普通に友達として接してきているだけだ。
なのに一部の変なヤツらが、オレとアイツが出来ているなんて言い出しやがった。
オレの平穏かつ、退屈な高校生活は遠くへ行ってしまったのだった…。
「と、諦めてたまるかーっ!」
「アハハ、いつもキミは元気だね」
誰もいない昼休みの生徒会室は、オレとコイツの二人だけだ。
オレは普段、昼は学食か購買で済ませる。
それを知って、何故だかコイツはオレの分まで手作り弁当を作ってくるようになった。
最初は断ろうと思ったさ。
けれどその空気を察してか、思いっきり悲しそうな顔をしやがる…。
しかも人の多い廊下で。
…断れるはずもなく、オレは毎日コイツの弁当を食べていた。
いや、美味いんだけどね。
「あのさっ! 思いきって聞くが、何でオレに構うんだよ?」
「気に入ったから」
「はっ!?」
「ホラ、そうやって何の躊躇いもなく、俺と正面から話をするキミのこと、気に入ったんだ」
…こう言うのって、アレか?
気骨を気に入られたんだろうか?
「最近、ヘラヘラされるのも飽きてきたんだよねぇ。キミって出会った時から態度変わらないし、面白いよ」
「…てめぇ、明らかにオレをおもちゃ扱いしているな?」
「おもちゃって飽きるよ?」
「じゃあオレにも飽きろよ」
「キミは俺に飽きた?」
…何でそうくる?
「俺はこれでもキミを楽しませるよう、努力してきたつもりなんだけどな」
……それはアレか?
休日、何の約束もしていないのに突然オレの家にやって来て、遊びに行こうと強引に誘ってくることを言っているのか?
いつの間にオレの家を調べたのか分からないが、オレの両親にまで気に入られやがって…。
おかげで居留守を使うことができねぇ!
携帯電話の番号もメアドも、いつの間にか知っていやがった!
突然、電話やメールが送られてきた時は本当に驚いて、心臓が痛かったほどだ。
「…何かオレ、追い詰められている気がするんだが?」
「正確に言えば、俺色に染めているって感じかな?」
ぞわっ、と全身に鳥肌が立った!
魔王の微笑みは、予想以上に美しくも冷たい。
「なっ何が目的なんだよ?」
ハッ! もしかして…オレを『壊す』ことが目的なのか?
思わず身を引くと、ヤツはいきなり笑い出した。
「アハハっ! キミって考えていることがすぐに顔に出るタイプだねぇ。…まあそういうところも気に入っているけど」
魔王に気に入られてしまった!
今更ながら、とんでもない目に合っていると自覚してしまう…。
「まあでも安心しろよ。別に壊したりしないから」
そう言われて安心できるかっ!
「警戒しているな? …でもそれで良い。すぐに堕ちてしまったら、面白くないからな」
堕ちるって…精神が? それとも体力?
いや、どっちにしても怖いっ!
「あっあのな、オレは平穏に人生を送りたいんだよ。お前とは正反対なんだ」
「知ってる。将来は公務員になって、田舎でのんびり過ごしたいんだろう?」
どこで知ったんだっ!
「なのにその計画を遂行する為の努力や手間は惜しんでいない。地味に生きようとしているのに、プライド高い行動をしているのが面白いんだって」
「だって、平穏って良いことだろう?」
「…キミ自身と、望んでいることの温度差が激しいねぇ」
そんなにオレってプライド高く見えるのか?
確かにカリスマ性の強いコイツに敬語を使ったり、ヘラヘラ機嫌を窺うようなことは嫌だからしないけど…。
「だからそのプライドの高さを、俺に向けてもらいたいと思ったんだ」
「よく意味が分からないんだが…」
「じゃあこうすれば、分かる?」
そう言ってオレに顔を近づけてきたと思ったら…唇が、重なる。
「…へっ?」
「その間抜け面も面白いねぇ。コレはマジナイだ。俺のことが忘れられなくなる、オマジナイ」
いや、絶対に呪いだっ!
満足そうに微笑む魔王は、オレの唇を嬉しそうに指で触れる。
「ぬっ…」
「『ぬっ?』」
「ぬわああああっ!」
オレは情けないことに絶叫を上げながら、生徒会室から飛び出した!
後から魔王の楽しそうな笑い声が響いてきたが、両耳を塞いで聞こえないようにする。
「なっ何でキス、なんか…!」
屋上に移動したオレは、手の甲で唇をこする。
…いや、明らかにからかわれているんだ。
冷静になれば分かる。
アイツはただ、自分に対して物怖じしないオレを珍しがって、構っているだけなんだ。
おもちゃじゃなくて、ペット扱いだな…。
「あんの鬼畜めっ…!」
忌々しく呟いてしまう。
すでにこの高校はヤツの支配下にある。
しかもオレの両親もアイツのことを気に入っているし、オレの味方をしてくれるヤツがいない!
…こういう時、人望の差って出るよな。
携帯の番号もメアドも知られているし…、勝手に変えても、またどこからか知るだろうな…。
「ううっ…! やっぱり追い詰められている!」
とりあえずアイツの出方を見よう!
もしかしたら数日で飽きるかもしれないし…。
…オレからは何にもできないしな。
…と思っていたのだが、驚くほど普通にアイツはオレに接してくる。
相変わらず、親しい友達として。
最初は警戒していたオレだけど、それでもキスしたことなんてなかったかのようにアイツが振る舞えば、気が抜けてくる。
…もしかして、からかいのキスだったんだろうか?
ふざけて同性同士でキスするのって、今ではそんな珍しいことじゃないらしいし…。
と、思っていたのに!
「んっ…んんぅ~!」
がっちり頭を掴まれ、無理やりキスをされた。
再び昼休みの生徒会室で。
わっ忘れかけていたのに…。
「…ぷはっ!」
「キミ、そろそろこのオマジナイを忘れそうになっていただろう?」
…確かにそうだけど、またいきなり過ぎる上に、ちょっと苦しかった。
「俺とキスしたことを忘れるなんて、酷いなぁ」
そう言いながら唇をペロっと舐めるなー!
艶かしい!
「…あのさ、もうそろそろハッキリさせたいんだけど」
「なに?」
「オレのことが…好きってワケじゃないんだよな? だったらもうキスは止めてくれ」
友達付き合いぐらいならば、もう諦めた。
けれど流石にキスは…いろんな意味で心臓に悪い。
「だってキミ、こうでもしなきゃ俺のこと、どうでもよくなるだろう?」
「はい?」
「もしかしたら他のヤツともキスをするようになるかもしれない。その時に、俺を忘れてもらっちゃ困るんだ」
…いや、キスする相手なんていないし、作る予定もないんだが…。
「俺がキミの全てになれば良い」
そう言って、何故か切なそうに笑いながらオレの頬に触れてくる。
「起きている時も寝ている時も、キミが過ごす日常も全て、俺の物になれば良いのに…」
…ん? コレってまさか告白?
いや、違うな、うん。
だってコイツから感じるのは、妙に強い執着心だけ。
甘い恋愛感情なんて一切感じ取れないし、コイツも自覚していないだろう。
「だけどキミの周囲を俺色に染めても、キミ自身はなかなか染まらないからね。…堕ちてもらうよ? 俺のところに」
挑発的な視線を向けられて、オレは何故か笑っていた。
全校生徒の憧れの的であるコイツが、オレに執着していることが、何だか優越感を感じる。
もしかしたら、オレに堕ちているのかもしれない。
その自覚がないのか、認めたくないのか、コイツの行動は飽きない。
平穏を望んでいたオレに、刺激を与えたコイツに付き合うのを、まだ続けても良いかもしれない。
「…良いぜ? オレが堕ちるか、お前が堕ちるか、勝負だな」
「俺は勝つ自信、あるよ」
「オレも同感だな」
そしてオレ達はどちらかともなく、唇を合わせるのだった。
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