年上とのキス・1

 小学生も高学年になっていくにつれ、体がどんどん変化していく。

 まだ一年や二年の頃は男か女か分からなかったクラスメート達は、五年にもなるとだんだん男女の区別がついていく。

 そうなると保健の授業も別々になり、オレ達は担任の女の先生からではなく、他のクラスの男の先生から教えてもらうことになる。

 クラスメート達は男と女の体の違いに、ざわざわするけれど…オレは冷めていた。

 今でも時々父さんや母さんと風呂に入るし、別に女の体に今更興奮するってこともなかった。

 けれど友達はそうじゃない。

 どんどん恋愛感情も育っていって、今では友達と遊ぶよりも恋人と遊ぶヤツもいるぐらいだ。

 そして取り残されたオレはと言うと…。

「従兄と遊んでいるなんて…寂しいよな」

「それ、本人を前にして言うことじゃないと思うよ?」

 と従兄は言うけれど、顔では苦笑している。

 従兄は大学三年生で、教師を目指しているらしい。

 父さんの妹の一人息子で、家が近所にある。

 そのせいかオレが赤ん坊の時から、よく面倒を見てくれていた。

 今もオレの部屋で、一緒にテレビゲームをしてくれる。

 なのでふと、聞いてみたくなった。

「なあ、他の友達と遊んだり、恋人とか作ったりしないのか?」

 オレに尋ねられた従兄は、これまた複雑そうな表情を浮かべる。

「う~ん…。俺って結構、人見知りなんだよね。だからキミといた方が楽なんだ」

 …そうだろうか?

 従兄はとても外面が良いことを、オレは知っている。

 何度も一緒に外に遊びに行ったりしたけれど、しょっちゅう女に声をかけられたり、男友達にも声をかけられていた。

 まあ多少…腹黒そうだけど、話しやすいタイプだ。

「キミこそどうなの? 好きなコとかできた?」

「うんにゃ。めんどい。今は遊んでいた方が楽」

 けれど友達は恋人と何かしら記念日とかあると、喜んで準備をする。

 …将来もああなんだろうと思うと、今はまだ恋人はいらないと思う。

「誰かと付き合うことで、生活ペース乱したくないんだよね。気を使うのもイヤだし」

「あっ、俺も俺も。やっぱり血の繋がった従兄弟だね。考え方が似ている」

 でもオレは無愛想だし、人付き合いも細かくする方じゃない。

 別に友達がいないわけじゃないけれど、この従兄に比べれば、な。

 けれどこの従兄、かなり顔立ちが良い。

 それこそ芸能界やモデル事務所に何度もスカウトされたり、逆ナンされるぐらいに。

 でもいっつも断っては、ずっとオレの側にいる。

「…なあ、女と付き合ったことあるの?」

 だからつい、そんな質問をしてしまった。

 従兄は一瞬きょとんとした後、意味ありげに笑う。

「気になる?」

 …この言い方だと、少なくとも大人の付き合いの経験はあるんだな。

 オレは何となく面白く無くて、つい従兄から背を向けてしまう。

「別に。いい歳して、何の経験もないと言ったら笑ってやろうかと思ってた」

「ん~。まあ確かにちゃんとした恋人はいないけどさ、好きなコはいるよ」

 …これまた初耳だ。

「へえ…。ならそのコに告白したのか?」

「言って嫌がられたらダメージ大きいから、言わない」

 肩越しに見た従兄の表情は、笑いながらもどこか苦しそう。

 人を愛するって辛いって言うけれど…従兄もそうなんだな。

 オレにはまだ分からない感情だ。

「でもお前に言われたら、大抵の女ならOKじゃね?」

「んんっ~。でもどうだろうね?」

 …そんなに難しい相手なのか?

 ハッ! もしかして、相手にはすでに恋人がいるとか?

 それならかなり難しいな…。

「あっ相手に恋人がいたりとか?」

「いや、そういうのはいないみたい」

 なら簡単だと思うけどなあ。

「オレにはよく分からないけどさ、『愛する』ってどんな感情なんだ? 友情をもっと強くしたようなもん?」

「うっう~ん。…コレばっかりは難し過ぎて、答えられないかも」

 今度は本当に困ってしまった。

「よくマンガとかで見るとさ、その…キスしたくなったら好きだとか言うよな?」

「ああ、それはあるかも。ボクも好きなコを前にすると、キスしたくなるし」

「ふぅん…」

 やっぱりオレにはよく分からない。

 普通に触るぐらいならば、別に男女気にせずだけど。

 誰かにずっと触りたいとか、キスしたいとか、あんまり思わないしなぁ。

「んっ…?」

 そんなことをぼ~っと考えていると、不意に従兄の顔が近付いていたことに気付く。

「…何?」

「キス、したい」

「へっ?」

 眼を丸くした瞬間、従兄の唇がオレの唇に触れていた。

 たった一瞬のことだけど、唇にはキスの感触がしっかり残った。

「なっ何するんだよ!」

 思わず枕を掴み、従兄に向かって投げつける。

「ごっゴメン…。何かやっぱり、近くにいるとガマンできなくなるみたい」

「キスは好きなヤツとするもんだろう!」

「うん、だからしたくなった」

 体に当たった枕を両手で掴みながら、従兄が照れて言った言葉が理解できず、オレは首を傾げる。

「…はっ?」

「うん、だから俺はキミが好きなんだ。生まれてからずっと見てきたせいか、何かキミ以外の人間に興味が持てなくて」

 いやっ、その言葉は怖いっ!

 鳥肌が体中に起こったぞ!

「だけどホラ、男同士だし俺は十も年上だし、言ったら気持ち悪がられるのもイヤだから…」

 …何やらブツブツ言っているが、それは顔を赤くしながら語ることなんだろうか?

「お前…小学生の男が好きなのか?」

「ちっ違うよ! 確かに教師を目指しているけれど、キミ以外は本当に子供としか思えないから」

 その言葉も怖いっ!

「…それでどうかな?」

「なっ何がだよ?」

「キス…してイヤだった? 俺のこと、嫌いになった?」

 …ああ、そんなことを言ってたな。

「突然のことで驚いて…何が何だか分からない」

 だからオレは正直に答える。

「じっじゃあもう一回して良い?」

 ぐっ…!

 表情を輝かせるなよ。

 オレが影る。

 でもまあ…イヤとかではなかったな。

「…別に良いけど」

 そう言ってオレは従兄に近付き、膝の上に乗る。

 そしてどちらかともなく、キスをした。

「…うん、やっぱりイヤではないな」

「もっとしたいと思う?」

 それは小学生に聞くことじゃないだろう。

 何だかオレの方が妙に冷静になっているな。

「…つうか、オレはめんどくさいのイヤだからな」

「恋人付き合いのこと? 別に今のままでも充分俺は幸せだよ」

「それならまあ、良いけど」

 今のままゆっくりまったり過ごすことが、オレと従兄の恋人としてのあり方ならば、悪くはない。

「ふふっ、嬉しいな。これからはキスしたいと思ったら、できるんだもの」

「いっいやっ! せめて二人っきりの時でな!」

「そうだね。人に見せるなんて、勿体無いしね」

 満面の笑顔で再びオレにキスしてくる従兄。

 …やっぱり恋人付き合いって、難しい。

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