ワンコとのキス

「あっあのさっ」

「うん?」

「オレ達って、恋人だよな?」

「………はあ?」

 何を言い出すんだ、コイツは。

「男同士で恋人ってあるか。ただの幼馴染だろ?」

 小学生の頃、同じクラスになって十年目。

 高校2年になっても、同じクラス。

 自然と一緒にいることが、当たり前であるように感じてきた今日この頃。

 いつものようにコイツの部屋で雑誌を読んでいたら、突然言われた。

「だっだって、キスしてるじゃん!」

「大声出すな!」

 雑誌でアイツの頭を叩いた。


バシッ!


「イタッ!」

「お前の大声の方がイタイ」

「かっ家族はみんな出掛けているから、大丈夫だって」

「…そういう問題じゃねーよ」

 再び雑誌を広げて、見る。

 アイツはしょぼくれて、落ち込む。

 …叱られた犬が、耳や尻尾を垂れさせている姿とかぶる。

「じゃあ…何でキスさせてくれるんだよ?」

「…お前がしたいって言い出したから」

 中学に入ってすぐ、こんな風に二人きりの時に、コイツから言い出した。

 俺とキスしたい―って。

 別にイヤじゃなかったら…キスした。

 そして今までも。

「他のヤツに言われても、キスさせる?」

「それは…」

 させない…と思う。

 想像もつかないから。

「なら! おっオレのこと、好きってことじゃないのか?」

「…幼馴染としては」

「えっ!?」

 明るくて、表情がクルクルと良く動くのを見るのは好きだ。

 大型のワンコに似ているから…。

 俺、犬好きだし。

 今読んでいる雑誌も、犬の特集だし。

 ああ、今見ているこのページの犬、コイツにそっくりだ。

「~~~っ! じゃあキスは良いんだよな!」

「だから大声出すなって!」

 今度は頭にゲンコツを落とした。


ゴンッ!


「あだっ!」

「ったく…」

 相変わらずバカだ。

 でもまあバカなところも、キライじゃない。

 う~ん…。

 俺はコイツを人間としてよりも、ワンコとして見ているか考えているのかもしれない。

 だから一緒にいて、キライじゃないのかも…。

「くぅ…。だってオレは好きだもん。恋人になりたいんだ」

「…何を言い出すんだ、お前は」

 バカだとは思っていたが…ここまでとは。

「でもっ、今はいい…。キスもさせてくれなくなったら、オレ死んじゃう…」

 いっそのこと、死ねば?って言いたかったが…。

 目の前に迫るアイツの真剣な表情に、何も言えなくなってた。

 後頭部にかかるアイツの熱い手、そして唇。

 ただ触れるだけの、幼いキスはずっと変わらない。

 唇を離した後の、真っ赤なアイツの顔も…。

「…やっぱり好きだよぉ」

 情けない声を出し、俺に抱きついてくる。

「別にキライとは言ってないだろう?」

「そうだけどぉ」

 見えない耳と尻尾がパタパタと動いているようだ。

 ああ…やっぱり、ワンコだなコイツは。

「まっ、もうしばらく待てば?」

「待ったら…恋人になれる?」

「可能性は…無いとは言えないかも、な」

「…なら待つよ」

 涙目で、真っ直ぐに俺のことを見てくる。

「オレ、待つのは得意だから。だって出会ってすぐ、好きになっちゃったんだもの。キスできるまでも時間かかったし」

 …そんな前から俺のことを…。

 『待て』が得意なワンコだな。

「だから、ずっと待つよ。好きだって、恋人になりたいって言ってくれるまで」

「延長戦だな」

「構わないよ! ずっと一緒にいられるんなら」

 …やれやれ。

 俺の方は、いつまで『待て』ができることやら。

 案外できなくなるのも、早いかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る