小悪魔とのキス

 オレがアイツをはじめて見たのは、…よりにもよって、男とキスをしているところだった。


 資料室に用事があったオレは、引き戸を開け、そのシーンを見て…。


「ぎっ…ぎゃーーーっ!」


 …学校中に響き渡るような悲鳴を上げ、逃げ出した。


 その話を言ったら、友人達は苦笑した。


 アイツは軽くて有名。


 別名・『小悪魔』と呼ばれている。


 キスなんて軽いって言われた…。


 けれど実際、目の当たりにしたのはオレなので、同情して優しくしてくれた。


 オレは…しばらく立ち直れなかった。


 ウチの学校は男子校。


 そういうのが、いないことはないだろうとは思っていたんだけど…。


 実物を目の当たりにすると、ダメージがでかい…。


 アイツはキレイな顔をしていた。


 だから同級生に限らず、先輩・後輩、果ては教師にまで…というウワサを聞いた。


 …何も学校でしなくても…。


 駅前に行けば、ホテルがあるのに…。


 まあ学生だし? 


 金が無いのは分かるんだけどさ。


 オレが騒いだせいで、アイツは教師から呼び出されたみたいだ。


 だけど…関係を持っている教師がいたせいかおかげか、ほとんど無罪放免。


 ……何か間違っていないか?


 でも友人達は、もう関わらない方が良いと言った。


 オレ達とはある意味、生きている世界が違うのだと…。


 オレもそう思った。


 だからあえて近付こうとは思わなかったのに…。


「やっ」


「ゲッ…」


 帰ろうとして廊下を歩いていたら、何故か目の前にアイツが…。


「ちょっと話があるんだけど、いい?」


 オレは血の気が引く顔で、首を横に振った。


「少しで済むからさ」


 手を合わせ、上目遣いで見てくるも、オレは鳥肌が立つだけだ。


「いっいや、今日はちょっと用事あってさ…」


 ウソをついて逃げようとしたけれど、


「じゃあちょっとで済ます」


 そう言って、オレの腕を掴んで歩き出した。


 ひっ人の話を聞かない!?


 そして連れてかれたのは、よりにもよって例の資料室。


 思わず当時のことが頭の中でよみがえり、ダメージ再発…。


「この間のこと、詫びてなかったなぁと思って」


 資料室に入ると、腕を離してくれた。


「いっいや、オレの方こそ、大声だしてゴメン。怒られたんだって?」


「まあね。でもいつものことだから」


 …何が『いつものこと』? 


 ツッコミたいけど、怖くて出来ない…。


「まあとりあえず、ゴメンね。びっくりさせただろう?」


「そりゃあもう…」


 しばらく忘れられなかったぐらい…。


「うん、だから…」


 いきなりアイツの顔が間近に迫ってきた。


 逃げるヒマも無く…、





 チュッ





 …キスされてしまった。


「えっ…」


「あっ、大声はナシ」


「むぐっ」


 続いて口を塞がれた。


「…そのまま聞いてて。もしかして僕のこと、忘れられなかった?」


 尋ねられても答えられないので、とりあえず…首を縦に振った。


「じゃあ…キスして、イヤだった?」


 イヤ…では無かったので、首を横に振る。


「フフッ。キミって素直だよね」


 そう言って笑うが…どう見ても、「単純だ」と言われている気がしてならない。


 罰が悪くなり、オレはアイツの手を握って、口元から離した。


「…言いたいことはそれだけ? なら金輪際、オレに関わらないでほしい」


 きっぱり言うと、アイツの目が大きく見開いた。


「悪いけど、オレは男を恋愛対象に思わないし、考えられない。だけどお前の行動をどうこう言うつもりも無いよ。人それぞれだし」


 恋愛のことに口をはさむ権利なんて、誰にも無い。


 結局、自分自身が満足していれば、周りからどう言われたって幸福を感じるものだ。


 だから…オレは何も関与しないことを決めた。


「ただ学校で派手な動きをするのはやめたら? みっともないと思う」


 カッとアイツの顔が真っ赤に染まった。





バチンッ!





「いっ…てぇ」


 思いっきり、ビンタされた。


 いや、グーじゃないだけ、まだマシか。


「…図星つかれて怒るぐらいなら、もうちょっとマシな恋愛しなよ?」


「キミに何がっ…!」


「…うん、でも」


 オレは手を伸ばし、アイツの頬に触れた。


「傷付いた顔してる」


 ビクッと体が震えた。


 …こんなにキレイな顔と肌をしているのに、心はズタズタだ。


「自分を幸せにする恋愛、見つけた方が良い。いろいろな人と付き合うってのも勉強だろうけど、もう…いいだろう?」


 頬を撫でて、オレは手を離した。


「あっ…」


「…じゃな」


 オレはそのまま資料室を出た。


「ふぅ…」


 関与しないと言いながらも、思わず説教してしまった…。


「いつっ…」


 口の中が軽く切れていた。


 …やっぱり男だよな。


 キレイだけど…。


 って、いかんいかん!


 男は恋愛対象じゃないって思っていたのに…アイツなら、案外アリかも?ってちょっと思ってしまった。


 キスも…イヤじゃなかったしな。


 でも他のヤツとも、いっぱいしてるだろうしなぁー。


 …あっ、落ち込んできた。


「ちょっと待って!」


 しかしいきなり腕を捕まれ、現実に戻った。


 うをっ! 追いかけて来た…。


 もしかして、追加ビンタ?


「なっ何?」


 アイツは息を切らせながら、オレを見た。


「本気の恋愛…しろって言ったじゃん」


「あっああ」


「なら、キミにする」


「…えっ?」


 今何か、小悪魔の囁きが…。


「だから、キミに恋することにするよ」


「でっでも、オレは男は…」


「でも僕がキスして、イヤじゃなかったんだろう?」


「うぐっ」


 それは…そうだけど。


「キミって本当に素直だよね。そういうところ、気に入ったよ」


 そう言ってまたキスをしてくる。


 オレは何故か抵抗出来ない…。


 キスを甘く感じてしまうんだから、やっぱりオレは…。


「これからよろしくね!」


 抱きついてくる体も、突き放せない。


 ああ…明日から、オレの運命はどうなるんだ?


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