第8話 時計屋の引き出し

いらっしゃいませ。


腕時計の修理ですね。かしこまりました。拝見致します。


あぁ、これは。


いえ、全く問題はございません。電池切れを起こしているだけです。ずっと仕舞ってあったものではありませんか?


やはりそうでしたか。太陽光電池ですから、しばらく光に当てればすぐに動き出しますよ。


よろしければお預かりしましょう。この引き出しに入れておけば、すぐですから。


ふふ。これは時計屋の必需品、光の引き出しです。太陽光電池式が普及してから、お客様と同じような持ち込みが増えましたから。それに、これなら電池切れ以外の不調があった場合にすぐ分かりますので。


ええ、十五分ほど頂きます。よろしければこちらでおかけになって、お茶でもどうぞ。私は修理をしておりますので、なんのお構いもできませんが。


修理している様子を?かまいませんよ。修理と言っても、もう仕上げの磨き作業です、面白いか分かりませんが。ここで作業しますので、どうぞ。


素敵な時計でしょう。この店は先々代からのものなんですが、その頃からお付き合いのあるお家からお預かりしているものです。


ほら、ここ。ねじ穴がありますでしょう。今時はもうすっかり珍しくなりましたが、ねじ巻き時計ですよ。


この時計といい、店といい、だんだん旧いものはなくなっていきますね。新しい人達の時代です。この店も、もう私限りですよ。娘は継がないって宣言して、よそに働きに出てます。


まあ、寂しいといえば寂しいですがね。でも、最近はやりのリノベーションっていうんですか、ああいう若い人達の旧いものの使い方、面白いですよねぇ。はぁ、こんなところが良いと思ったのか、なんて。私たちが見ると懐かしいな、で終わりですからねぇ。


そろそろ良い頃合いですね。この時計も、可愛がってあげてくださいね。


あ、お代は結構ですよ。光を当てただけですから。


はは、気が済まないならまたいつか、この時計のベルトを新調しにいらしてください。この店があるうちは、いつでもお待ちしてますよ。

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