第13話 アリスの涙。(ヨール視点)




 何か悲しい夢を見た気がする。

 見たくもないのか、無理矢理夢から覚めた。

 夜中に目が覚めるのは、珍しい。朝まで中々起きれないのに。

 寝返りを打とうとして、気が付く。

 ノウスのベッドに寝ているはずのアリスの姿がなかった。

 気になって、オレはベッドを降りる。

 キャンピングカーを降りてみれば、アリスらしき影を壊された封印の石の前に見付けた。紅い月光りで、紅く艶めく髪。間違いなくアリスだと思い、近付いた。

 アリスは座り込んでいる。

 近付くていくと、肩が震えていることがわかった。


「アリス?」


 呼びかければ、ビクッとその小さな肩が震え上がる。

 振り返ったアリスは、泣いていた。両手で口を覆って、大きな目から涙を零す。


「おい……どうした?」


 オレは膝をついて、涙の理由を問う。

 だが、アリスは首を振るだけで何も答えなかった。


「アリス……どうしたんだよ?」


 この薄暗さでも、涙が次から次へと落ちていくのが見える。

 涙が止まらないみたいだ。

 オレはそっと左手で震える肩に手を置く。

 それでもアリスは泣き止まない。


「……ーーっから……」


 震えるアリスの声が、聞こえた。

 アリスの右手が、オレの服を握り締める。


「……守るからっ」


 確かに、そう聞こえた。

 悲しみに満ちたその声で、アリスは言う。

 至極辛そうに、胸を押さえて、声を絞り出す。


「ーー今度は守り抜くからっ」


 ボロボロと涙を落としていくアリス。

 封印の石のことか。

 何故アリスがそこまで泣いてしまうのか、オレにはわからなかった。

 アリスが背負っている使命でも、なんでもないのに。

 オレにはわからなかった。

 泣き続けるアリスに、何をしてやればいいのか。

 ただ悲痛な姿を見ていることしか出来なかった。

 震える肩に触れていても、何もしてやれない。

 なんて声をかければいいのかもわからない。

 こうして、そばにいることしか出来なかった。

 しばらくして、鼻を啜るアリスは立ち上がる。


「ごめんね。もう寝よう」


 それだけを言って、アリスはキャンピングカーに戻った。


 翌朝。すっかりオレを起こす係りになったアリスに呼ばれて、眠りの淵から意識を浮上させる。

 目を開けば、アリスの笑顔があったから驚く。

 昨日泣いていたのは夢だったのか。


「……おはよう、アリス」

「おはよう、ヨル。朝ご飯だよ」


 なんて、明るく言ったのだった。

 オレは夢だったんじゃないかと思いつつも、朝食のあと封印の石の前に立つ。地面は僅かに湿っていて、昨日の涙は夢ではないとわかった。

 アリスは泣いていたのだ。

 悲痛な姿は、夢じゃない。

 オレは悩んだ。アリスは何事もなかったように振舞っているが、何かしてやりたい。仲間なのだから、そう思って当然だろう。


「なぁ、クロ。相談があるんだけどさ」

「なんですか?」


 クオレジーナの街に戻って駐車場に停まってから、オレはキャンピングカーに残るクロに相談することにした。アリス達は一足先にキャンピングカーを降りて、背伸びしている。


「アリスが、封印の石が壊されたこと、オレ達の誰よりも気にしてるみたいなんだ。昨夜なんて一人で……」


 泣いていた。そう言いかけたがやめる。

 何事もなかったように振舞っているのは、知られたくないからだ。

 言い触らすのはやめておこう。


「とにかく、気にしてるみたいだから励ませそうと思うんだが、何したらいいと思う?」

「……アリスを励ます、ですか……」


 洗濯カゴを持ちながら、外のアリスを見つめるクロはやがて笑顔を見せた。

 なんか企んでるような笑顔に見えるのは、オレの気のせいか。


「それなら愛の街クオレジーナを観光してみてはどうでしょう? 写真もたくさん撮ってくるといいでしょうね。いい気晴らしにもなるはずです」

「観光か。それなら皆で……」

「いえ、アリスと二人きりで行きなさい」


 命令口調で言われた。


「ヨールがアリスを励ましたいのでしょう? それなら自力で励ましてきてください」

「お、おう……」


 それもそうかと首を縦に振っておく。

「では誘ってください」と背中を押された。


「おい、アリス。ちょっといいか」

「ん? 何? ヨル」


 傾げたアリスは笑みを作る。昨日の今日で見ると違和感を覚えてしまう。

 無理に笑っていないだろうか。

 観光中に自然に笑わすことが課題だな。

 いつもみたいに、無邪気そうに笑うアリスの顔が見たい。


「オレと二人で観光しないか?」

「……へ?」


 そう誘うと、アリスは固まった。


 

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