第18話 花の護衛。
何故、こうなった。
私は今、ハナと向かい合うように座っている。
号泣してしまった翌日の十時頃。午前のお茶会と言ったところだろうか。
滞在させてもらっている家主の娘に呼ばれてしまったら、断るわけにもいかず、断る予定も生憎なかった。だから紅いワンピースを着て来たのだ。
フレアスカートとどっちかを迷ったけれど、昨日履いたからワンピースしか選択肢が残っていなかった。
「えっと……なんで私を呼んだのですか? ハナさん」
私は思い切って問う。
心臓がバクバクと鳴ってしまっていた。
紅茶を啜ったハナさんは、清潔な白いドレスを着ている。ヨールに相応しい婚約者だ。お姫様みたい。しなやかな波打つ長い髪は、陽射しで星色に輝いている。眩しい。
「ハナでいいです。私も、アリスと呼んでもいいでしょうか?」
「はい。どうぞどうぞ。ではハナと呼ばせていただきますね」
「はい、アリス。友だちになってください」
「はい。私で良ければ……え?」
つい反射的に頷いてしまったけれども、友だちになれるかどうかは。
「わ、私は、そのっ……素性もわからない者ですよ?」
「ヨールの仲間のアリスでしょう?」
「……あー、はい」
ヨールの仲間のアリスと友だちになりたい。
そう思うのも、無理ないか。
私は紅茶を一啜りした。ローズティーだ。
「私でいいのなら……」
コクン、と頷く。
「でも旅のことを聞くなら、ヨールやディールがいいと思いますよ」
一応言っておく。
「アリスから聞きたいです」
女の私から、聞きたいということなのだろうか。
んー困った。極力関わりたくない。私のメンタルもある。
何より仲良くする自信がない。
ヨールといるところを見ているだけで、胸が裂かれてしまいそうなのに。
けれども、一方で彼女を守りたい気持ちもある。
それはヨールが悲しみに打ちのめされないためもあるけれど、彼女はいい子だ。救いたい。美しいし、優しいし、強さもある。
そんなハナの友だちもとい護衛を務めるのはどうだろう。
ここに滞在する間、彼女を守ることに専念すれば、そばにいても気も紛れる。ヨールの死亡フラグも避けられる。一石二鳥だ。
「なんでも聞いて!」
「ふふ。アリスから見て、旅はどうですか?」
「順調だと思うよ。この前なんて、一対一で戦ってもらったのだけれど、強いんだ。皆」
「そうなのですか」
フレッガッドの洞窟の封印地をあとにしてから、頼んで一対一の稽古をした。訓練とも言う。
ダークと戦えるように、備えたのだ。
ナイフを左手に、拳銃を右手に、接近戦で挑ませてもらった。
ディールも接近戦は鍛えているだけあって、強かったのは意外。
ヨールとクロさんとの戦いは楽しかった。
ノウスさんはパワフルすぎて、彼のスピードを上回らなくてはいけない。真っ向勝負は、敵うはずはないのだ。
その話を延々としていたら、「ふふっ」と上品な笑いが溢れた。
「お強いのですね、アリスは」
「そうでもないよ。まだまだ」
私は首を横に振って見せる。
ハナだって強いものだ。守護者と呼ばれるだけあって、自分を守る術を持っている。ただ、ダークには及ばないけれど……ね。
「どうしたのですか? 顔が曇りました。心配事でもあるのですか?」
「あ、いや、別になんでもないよ。そうだ。ジェメリの街を案内してもらってもいいかな? 皆と一緒に海で写真撮りたいな」
ハナに案内してもらうイベントがある。
それを早速やってもらおうと口に出した。
「いいですね。ヨール達を誘って、行きましょう」
ハナが片付けを始めるものだから、私もそれを手伝う。
使用人にはやらせず、自分でやるなんて。流石、違う。
片付けを終えたあとは、クロさん達の部屋を訪ねた。
「あ。トランプやってる。ハナが街を案内してくれるって、行こう? 皆」
ヨールも揃っていて、トランプで遊んでいる。
そんな皆を誘えば、もちろんいいという返事がきた。
お屋敷を出て、海のある街ジェメリを案内してもらう。
私はハナの右側をキープして、歩く。空は快晴。いいことだ。ゲームではハナが殺された日は、雨だったから。雨の日は注意。
綺麗な街並みを写真に収める。燦々と輝く空も、反射して煌めく海も撮った。海辺は白い砂浜であって、海の向こうにヨットが見える。
ディールはブーツを脱ぎ捨てると、砂浜を駆けて水辺ではしゃいだ。私もそうしたかったけれど、ハナから離れがたくて、そばでディールの写真を撮る。するとヨールもブーツを脱いで、ディールに水をかけにいった。
そんな姿を撮ってみる。無邪気でいいな。好きだな。
しょうもない私。
「アリスは行かないのですか?」
クロさんに笑いかけてきたけれど、私は行かないと即答する。
ハナの手前、ヨールと遊んで気持ちに気付かれたくない。
「ハナは?」
「私も見ているだけでいいです」
のほほん、とハナはヨール達を眺めた。そんなハナを、横から一枚撮る。
星色に輝く波打つ髪。海と同じ明るい青い瞳。綺麗な女性だ。
「私も撮らせてもらってもいいですか? アリス」
綺麗な手が差し出されたので、私はメタルレッドのカメラを渡す。
「お。なんだ? オレも撮ってくれよ」
ヨールが、急に私の目の前に現れた。
はい? ハナに私とヨールのツーショットを撮らせる?
何考えているの?
「それなら、ハナとヨルのツーショットが撮りたいなぁ」
私は手を伸ばして、カメラを奪還しようと目論んだ。
でも、先にカシャリと撮られる。
心臓はバクバク。顔に出ないように心掛けた。
「ではお願いします」
そう言って、カメラを差し出される。
ヨールにハナの隣に移動させるために、指差した。
ヨールは照れているのか、首を摩る仕草をしつつも、ハナの隣に立つ。
じん、と胸が痛んだ。それはゲームではあまり見られない光景だったから。仲睦まじい姿が見れて嬉しい。一方で切なさもある。
思わず、連写してしまった。
「今何回も撮っただろ」
「うん、押しすぎた」
ケロッと笑う。
「現像したもの、あとで見ようね。ハナ」
「はい」
白い砂浜をあとにしたら、次はハナの勧めた店で昼食をとり、また街を散策。海も街並みも、ヨール達もたくさん撮れた。
現像してもらった写真は、ハナと二人きりの三時のお茶会で見る。
我ながら、いい写真がと撮れたものだ。
「アリス」
「なに? ハナ」
「ヨールが好きなのですか?」
私の右手を握って、ハナが問う。
私は手を引っ込めた。
隠し切れなかったみたいだ。
「……ごめん、なさい」
ハナは微笑む。花のように可憐に美しく。
「好きになってしまったのは、仕方ありません。ヨールは魅力ある素敵な人ですからね」
天使のように優しい。
「……ハナも、魅力ある素敵な人。お似合いだよ」
「ありがとうございます。アリス」
本当に、二人はお似合いだと思っている。苦しいほど。
責めたりしない。奪われる心配もしていない。
それでも、何故か罪悪感がある。後ろめたいのは、泣き叫ぶほど気持ちを吐き出したくなってしまった昨日のことがあるからだろうか。
クロさんのように「好きになってはいけない」なんて言ってくれたらよかったのに。なんて、私は楽な方に流されたいだけなのだろう。
“好き”をやめてしまえば、痛みがなくなると期待してしまうから。
誰かに言われれば、やめられるなんて。
そんな簡単じゃないのに。わかっている。
痛みと共に抱えていかなくてはいけない。
この想いも。
「……想うくらい、許してください」
前にも言ったセリフが、とても重かった。
「私の許しは必要ありません。誰の許しも必要ないのです。誰かを想うことは」
「……」
「ただ、言動には責任が伴います」
「うん……そうだね」
責任が生じる言動はしない。
「こんな私でも、友だちになりたい?」
「はい。もう友だちです」
「……敵わないなぁ」
無垢な笑顔を見て、何もかも敵わないと思い知った。
「どうしてわかっちゃったの?」
「写真を何枚か見て……ヨールが素敵に撮れていたからです。昨夜ヨールから見せてもらった写真も、あなたの想いを感じられました」
「あちゃー……」
知らぬは本当に当の本人のみか。
私は自ら証拠を渡してしまった。
バカな自分を笑ってしまう。
「本当に素敵な写真ばかりです。元は写真家ではないのですか?」
「あはは、そんなわけないよ。趣味だよ、ただの」
写真家ってほど上手く撮れているわけではない。
褒めすぎだ。くすぐったい。
写真を眺めるハナを、頬杖をついて眺める。
いつか、私の素性を話す時が来るだろうか。
そんな時、信じてもらえるかな。
翌日も、ほとんどハナと過ごした。
街に散策しに行ってみると、木の上に登って下りれなくなってしまった子どもを見付ける。ハナはすぐに「どうしました?」と声をかけて、優しく笑いかけると自ら登って助けに行った。私は下から、子どもを受け取り下ろしてあげる。それから、ハナも受け止めた。
これ、ヨールにやらせればよかったな。
ヨールなら花のように軽いなんて言うのかな。いや言わないか。
でも華奢で花のようだ。
「そう言えば、ヨールと過ごさないの? 小さい頃に会ったきりなんでしょう? 時間を埋めたらどうかな」
「大丈夫です」
「……私なら、会いたかった想い人に会えたら、時間が許す限りいたいけれどな」
そうするべきだと思う。
立たせたハナは、手を放そうとしなかった。
「何かに怯えているように見えます……」
鋭いな。
「ダークはあなたの命も狙うはず。平穏な日々を壊しにくる。その前に穏やかな時間を過ごしてほしいな」
「優しいのですね。でもアリス達が守ってくれると信じています」
守るよ。守るけれども。
ゲームでは、守り切れなかった。
「次、行きましょう」
私と手を繋いで、不安なことなんて何もないみたいに笑うハナ。
仕方ない、と私はついていく。
ジェメリの街の子ども達と遊んだ。鬼ごっこ。
ハナから、目を放さなかった。周囲にも気を配って、ダークが来ないか見張る。そんな風に遊んだ。
「アリス!」
怒った風の声で呼ばれたのは、ハナとお屋敷に戻ってきて部屋に入ろうとした時だった。ヨールだ。
腕を組んで立って、怒っているような様子。
「どこ行ってたんだよ」
「どこって……ハナと街で子ども達と遊んでた」
「なんでオレ達に一言もないんだよ!」
「……ごめん?」
一言、伝えるべきだったのか。
私は首を傾げれば、ヨールは「疑問形だし」と呆れられた。
「あのな……オレ達だって、アリスがいないと心細く感じるんだよ。おまえだけじゃない。仲間なんだから、出掛ける時くらい言ってくれ」
「ごめんなさい……」
ちょっと意識が足りなかったようだ。
私は保護されているようなもの。
出掛けるなら一言伝えるべきだった。
「皆にも謝るよ」
「待て、アリス」
クロさん達の部屋に行こうとしたら、腕を掴まれる。
あの日の夜と同じだ。
金色の縁をした藍色の瞳が、私を覗く。
「オレのこと、避けてないか?」
「えっ。どうしてそう思うの?」
意外すぎる質問に、瞠目してしまった。
「あの夜だって、オレが来た途端……」
「考えすぎだよ、ヨール」
「本当か?」
ああ、問い詰めないでほしい。
君に嘘をつきたくない。
「どうしたのですか?」
そこでクロさんが歩み寄った。
「黙って出掛けてごめん。謝りに行こうと思って」
「いいのですよ。次はちゃんと教えてくださいね」
微笑んだクロさんの手が、私の腕を掴むヨールの手を剥がす。
「私達の部屋でウノでもしませんか?」
「うん。行こう、ヨル」
「……ああ」
いつものように笑いかけて、背中を押した。
ヨールは元に戻ってくれたようで、床に座り込んでウノをやる。
「絶対に上がらせない!」と私は巻き添えにした。
「アリスが本当に上がらせてくれない!」とツボに入ったみたいで、ディールはケタケタ笑う。
ヨールも「いい加減にしろよアリス!」とお腹を抱えて笑っていた。
一足先に上がったノウスさんもクロさんも、見ていておかしそうに笑う。そんな光景を写真に収めておきたかったけれども、忘れてしまった。
落ちる。落ちる。落ちる。
紅い月の空から、落ちた。
そんな夢を見る。雨が降った。しとしとと針ように降る雨の中、ダークが長剣を持って立つ。そして、その長剣でハナの身体を貫いた。
「ーーっ!」
飛び起きる。天蓋付きのベッドの上。広い部屋の中に一人。
茫然としたあと、雨音が鳴り止まないことに気が付き、窓を勢いよく振り返った。灰色の空。窓に張り付いて外を見れば、美しい庭園は濡れていた。
雨だ。雨が降っている。
今日が、その日かもしれない。
ダークの襲撃の日。
私はバスルームで歯を磨き、顔を洗った。寝癖も直して髪型はバッチリ。それから、ベッドの上で着替える。黒いハイネックを着て、短パンと、黒いニーハイを履く。そしてブーツに足を突っ込んで、気合いを入れてドアを開いた。
「おはよう。ハナ。皆」
朝の挨拶を交わして、朝食をとる。
噛んで飲み込む。味わう余裕はなかった。
カシャン。という音が響いた。
ハナが蹲っている。ヨールが立ち上がり、すぐに駆け寄った。
「どうした!? ハナ!」
「っ……」
きた。
「誰かが封印を、傷付けようとしていますっ」
ダークが来た。
私達は針のような雨が降る中を飛び出して、封印のある丘に駆け付けた。
封印の黒い石の周りには、三体の巨人と一体の鎧がいる。そして金色の薄い壁を壊そうと、金棒と大剣を叩き付けていた。
壊れないが、ハナはダメージを受けている。
早くどうにかしなくては。
「行くぞ!」
ヨール達が、各々武器を出す。そして、戦いに急いで身を投じた。
私はハナのそばを離れないまま、援護射撃をする。
足を狙って、崩そうとした。
すると、ダークが現れる。
銀の長剣を片手に、ハナに歩み寄った。不敵な笑みを浮かべて。
ハナは白銀のトライデントを出す。叩き付けられる長剣を、トライデントで受け止めたが、封印を攻撃し続けられているハナは堪えきれなかった。トライデントは弾かれて、ハナが崩れ落ちる。
グサリ。長剣が貫き、紅い血が滴った。
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