第6話 予想。





 紅い月が浮かぶ夜空の下。

 駐車場に停められたキャンピングカーの中。


「ねーぇーさー。アリスの正体がどっかの国のお姫様だったらどうする?」



 声を潜めて言うのは、銀髪と眼鏡のディール。

 視線の先には、右の壁際にある二段ベッドの中に眠るアリスと呼ぶ女性だった。赤みかかった髪は、短いボブヘア。中性的な顔立ちは、眠っていると可愛らしい少女にも見える。


「なーにおとぎ話みたいなこと言ってるんだ、ディール」


 左側にある二段ベッドの一段目を整えているノウスが返した。

 大柄な彼には、少々小さいように見えるベッド。


「だってさー。さっきの反応ってなんかおかしくない? まるで知り合いに会いたくないみたいな、さー。もしかして、身を隠さなくちゃいけない身分で必死に逃げてる最中だとか。例えば政略結婚が嫌で逃げてきたとか!」

「そんなわけないですよ。妄想もほどほどにしてください」


 ソファーで本を読んでいたクロが諭す。


「アリスが起きるだろうが。静かにしろよ、ディール」


 同じくソファーに座っているヨールが注意した。

 特に意味もなくアリスが練習として書いた文字を眺める彼の髪は藍色。そして星が散りばめられたような金色の粒が艶めく髪の持ち主。


「でも気になるよねっ? アリスの素性っ」


 ディールはテーブルに身を乗り出して、ヨールに詰め寄った。

 銀色の縁の眼鏡の向こう側にある瞳は、好奇心に満ちている。


「そりゃ仲間になったんだし、気になるけど。騒ぐなって。アリス、初の狩りに疲れて寝てんだから」

「絶対ただ者じゃないと思うんだよねー。ゲームで言うキーパーソンだよねー」

「聞けって。ゲームと同じに考えるなよ」

「案外、普通の街の普通の新人狩人かもしれないですよ」

「クロ、夢ないこと言わない」

「夢も何もないだろうが」


 聞きかねたノウスが、ディールに拳骨を落とす。


「当の本人にはつらい体験なんじゃないか? 何も思い出せないなんて、怖いに決まっている。あんま面白がるなよ」

「ごめん……」


 ディールは頭を押さえつつ、ノウスと共にアリスの寝顔を見た。


「……」

「……」

「……健やかな寝顔なんだけど」

「いい夢でも見てるんじゃないか?」


  怖さを感じていそうにない寝顔。

 クロに借りた本の横で眠るアリスは、規則正しい寝息を立てている。


「可愛いなぁ」

「離れろ」

「やましい事は考えてないよっ!?」


 にへら笑ったディールは、ノウスの大きな手で鷲掴みにされて離された。

 また声を上げるディールを「うるせーってディール」ヨールが注意する。


「ところで、明日の予定ですが……ヨール」

「ああ」


 クロが本を閉じて、話題を変える。

 ヨールは何かわかっていて、持っていた紙を置いた。


「明日はこの近くの封印地に行きます。そこにアリスを連れて行ってもいいのですね?」

「何度も確認するなよ。アリスも連れて行く」


 ヨールの決意は固い。


「クロは、何が反対なの?」

「封印地までの道のりが、危険だから心配なのですよ」

「今日の戦いっぷりからして、問題はないと思うがな」


 ディールはわからないと首を振り、ノウスはベッドに腰を落とした。


「大丈夫だって。明日、狩しつつ封印地に行こうぜ」


 ヨールがそう言って会話を終わらせて、ソファーで寝るクロを追い払う。


「はぁ……何もないといいですが」

「あんま心配性になってると、ハゲるぞ」

「ハゲません」


 冗談を言うノウスにキッパリと返して、クロは二段ベッドに眠るアリスに視線を寄越す。健やかな寝顔を見つめるその目は、ひらすら彼女の身を案じていた。


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