第5話 初の狩り。
鼻歌しながら、私はアリスと唱える。
出しては、消え去るリボルバー。
「魔力消費しちゃうから、もうやめなよ」
ディールがケタケタ笑う。
「それは早く言ってほしかった」
私は召喚をやめた。
「武器召喚に使う魔力は少量です。心配しなくても疲弊しません」
クロさんも教えてくれるものだら、安心しておく。
キャンピングカーに乗れば、私のスペースを開けてくれたクローゼットの中に買った服をハンガーにかけた。
「ここがバスルームとトイレです。それから、ベッドは交替でアリスに譲ります」
「あ、ありがとう。でもソファーでも大丈夫だよ」
「そんなわけにはいけねぇよ。男がベッドを譲らずに、女の子をソファーに寝かせられないさ」
クロさんの案内のあとに、ノウスさんがニッカリと笑いかけてくる。
ありがとう、ともう一度言う。
「さぁ座ってアリス!」
ディールに肩を掴まれて、ソファーに座るように促された。
「まさか、字の読み書きまで忘れてるなんてな。教えてやるよ」
そう言って、ヨールが隣に腰を下ろす。
クロさんが用意してくれたペンと紙にヨールは、字を書き込んだ。
これから読み書きを教えてくれるらしい。
ディールは反対側に座った。
運転はクロさんがして、助手席にノウスさんがいる。
「変な字を覚えさせるなよ」
なんてノウスさんが釘をさすものだから「そんなことしねーって」とヨールが返す。
「そうそう、真面目に教えるから! 安心して!」
ディールはまたもや胸を張って見せた。
キャンピングカーが動き出す。次の街に移動するみたいだ。
私はヨールとディールに、字の読み方を一つ一つを教わって、真似て書いてみた。
「うんうん、字上手いね」とディールが褒めて伸ばしてくれる。
三十分ほど経つと、キャンピングカーが止まった。
「うん、よし、覚えた!」
「ええ!? もう!?」
「え? 覚えたよ?」
ディールにギョッとされるものだから、私はキョトンとする。
「言葉を覚えるのってさー、もっとさー、時間かからない!?」
「え、でも、文字を覚えるくらい、真剣にやればいけた」
「アリス、すごいね!!」
「皆の名前も書けるよ!」
「アリス、すげぇ!!」
グッと親指を立ててみせれば、ディールも親指を立てた。
少し多い模様の意味を覚えたことのだけ。簡単に思える。
「じゃあ、私の本を読んでみますか?」
「ありがとう! クロさん」
クロさんは、二段べッドの上から一冊の本を取り出して渡してくれる。
ちょっとした解読作業って感じで楽しいかも。
「あ。読書の前に、仕事しようよ」
「そうだな、狩りしようぜ」
おお? 早速実践か。
私は開いた本を閉じた。
キャンピングカーから降りると、別の街の景色がある。
白い壁にオレンジ色の屋根の建物が並ぶ街。前方には坂があって、聳えていた。道路は灰色の煉瓦が敷き詰められていて、美しい街並みだと思う。
「素敵な街……名前はなんて言うの?」
「ビアンカコニリア、だっけか」
ヨールが答えてくれた。
「観光、するか?」
「ううん! 先ずは狩りをしよう」
「張り切ってんなー」
私は両手で拳を作る。だって買ってもらったリボルバー、早く使ってみたいのだもの。ヨール達には笑われてしまう。私の目は、爛々と輝いているに違いない。
「じゃあ依頼を受けよう」
「依頼?」
「そ!」
「普通はギルドの受付で依頼を受けてから、魔獣狩りをします」
ディールとクロさんが歩き出す。
キャンピングカーを止めた駐車場から歩いて三分のところで、ギルドとデカデカと看板が書かれた店に到着した。
ほーっと息を漏らしながら、周りを見る。店の中には、強面大柄な男性が数人立っていた。まさに狩人って感じだ。私もそれになるのかと思うと緊張と高揚感で、胸が一杯になる。
クロさんが代表して、受け付け窓口の女性に話し掛けた。
「初心者向けの依頼はありますか?」
「それなら街の南部に蔓延る魔獣退治をお勧めします。魔獣の形状はこれです」
差し出された紙を覗いてみれば、スケッチされた魔獣の姿がある。
大型の犬のような体型だけれど、もふもふしていそうにない。全身黒に塗り潰されていて、マンモスのような牙が描かれている。これまた獰猛そう。
「ではそれで」とクロさんは引き受けた。
「狩った証拠に牙を持ち帰ってください」と女性は伝える。
これで依頼を受けたことになったらしい。
「さぁ、行きますよ」
「準備はいいか? アリス」
クロさんが踵を返して店の出口に向かえば、それに続くヨールが腕を組みながらニヤリと尋ねてきた。
私は一度自分の胸に尋ねてみる。
「先ずは弾が欲しいかな」
「それなら魔法で作れるよー。教えてあげる」
「なら準備は大丈夫! 行こう!」
ディールに教わって、魔法の弾丸の作り方を教わった。リボルバーだから、弾は六発だということをしっかり頭に入れておかなくちゃ。
武器召喚と同じく、弾の作り方も至極簡単なものだった。
魔力を込めるというか、手の上に集中をしてみる。
弾丸のイメージをするのだという。ただそれだけで、七色の光を集めて弾丸が現れた。
「簡単だけれど、これ戦闘中にするのはなかなか難しいよね……。ディール……すごいね」
「え!? オレ褒められてる! やったー!」
ディールは手放しで喜んだ。
「コツは“リロード”ってヨル達に教えて、ちょっと身を引くんだ」
「リロードしているうちはオレ達が引き付けるんだよ」
「なるほど。連携プレーだね」
それはそれですごい。私も足を引っ張らないように頑張ろう。
南に向かおうと煉瓦が敷きつめられる道を歩いていく。
そこですれ違った男性に、目が留める。何かがフラッシュバックするのに、その何かがまるでわからない。胸の中には、嫌な感じがある。
私は足を止めて、その男性の後ろ姿を見た。黒の革ジャケットを羽織っていて、純黒の髪を持つ男性。覚えがあるような。
「ん? どうした? アリス」
後ろを歩いていたノウスさんが、不思議がって覗き込む。
「今の人……見覚えがある気がして」
「あ? じゃあ知り合いかもしれないな」
「おい、アンタ」
「やめて!」
ヨールが引き返して呼び止めようとしたから、私は焦って腕を掴んだ。
「な、なんだよ……?」
「いいのっ。あの人私に反応してなかったから、気のせいだよ……」
あの人は私を知らないはずだ。知っていたら声をかけていたに違いない。
何故か、あの人には関わりたくないと思った。
ヨール達に関わってほしくない。
胸の中が、嫌な気持ちで一杯になった。
「わあったよ、話し掛けないから、落ち着けよアリス」
「う、うん……」
幸い、ヨールの声はあの男性には届かなくて、その姿は街の中に消えていく。
「なんか知らんが……行くか」
そうノウスさんが、促した。
私は掴んでしまったヨールの腕を放す。
「よーし、張り切って行こう!」
その場から早く逃げたくて、空元気を出して、両腕を空に突き出した。
ディールも「行こう!」と私を真似る。
街を抜けて、南へと歩いて行く。街の外は、荒地が広がっていた。
相変わらず、圧倒されてしまう景色だ。
ほげーと口をあんぐり開けながら、眺めた。
「アリス。聞いていますか? ディールと一緒にいてください。私は、後ろにつきます。ヨールとノウスは、接近戦で引きつけます」
「あ、うん」
作戦を理解して、コックンッと大きく頷く。
後ろにはクロさんがついてくれるから、目の前の敵に集中出来る。
「よろしくね、皆さん!」
「おう」
「頑張ろう!」
「任せとけ」
頼もしいヨール達に、笑みを寄越す。
「もうそろそろですよ」
私はアリスと心の中で唱えて、リボルバーを出した。
銀色に艶めくリボルバーのシリンダーに、弾を一つ一つ出して込める。
よし、準備は万端。
「見えた」
前を進むヨールとノウスさんが身を屈めた。
魔獣を目視。大型犬サイズにマンモスのような牙を持つ黒い魔獣だ。
私はリボルバーを握り締めた。
私を振り返るヨールとノウスさん。隣のディールも私を見た。振り返れば、クロさん。私は大丈夫と込めて、頷いて見せる。
「よし!」とヨールとノウスさんが飛び出した。
戦闘開始だ。
「フッ」と緊張と共に息を吐き出して、私もディールに続き飛び出す。
私はリボルバーを構えた。ヨール達が三体の魔獣を引きつける。
先ずは真ん中の魔獣の額を撃ち抜いた。
それから、ヨールが引きつけている魔獣を二発で仕留める。
次はノウスさんが引きつけている魔獣だ。でもノウスさんに弾が当たりそうで、定まらない。それを察知してくれたのか、ノウスさんは魔獣を押し退けた。
ドンッと撃ち抜く。
「ナイス! アリス!」
「上出来ですね」
「……」
戦闘は終わり。私は力を抜いて呆然と立ち尽くす。
ヨールが私に駆け寄ってハイタッチを求めてきたので、片手を重ねた。
クロさんは私の肩を撫でる。
「どうだ? 何か思い出せそうか?」
ノウスさんに問われて、ハッと我に返った。
「あ! 集中しすぎて記憶のこと全然気にしてなかった!」
「はは、うっかりだな。アリス」
「全然思い出せてない……」
「まぁ、回数こなしていけば、思い出してくるんじゃない?」
ガクリと肩を落とすけれど、気にしなくていいとディール達が笑いかけてくる。
魔獣の数だけ牙をへし折って、回収した。
「アリス、知ってたー? 魔獣の死骸から魔獣が生まれるんだよ」
「え? そうなのっ?」
「魔力のある獣。それが魔獣の由来です。魔獣をこうして狩っても、暫くすれば死んだ場所に誕生するのです」
「そうなんだ……」
「一説には、魔力を影に染み込ませて、そこから誕生すると言われています」
なんかアンデットみたいな生き物だ。
生命力がすごいな。魔獣。
「“純黒の闇”が生み出した怪物だっていう説もあるんだぜ」
「……怖い話だね」
「そうか?」
ヨールに私は思ったことを返す。
「だって、もしも“純黒の闇”が解放されたら、魔獣だらけになるってことでしょう。世界の終わりって感じだ」
「ならねーよ。大丈夫だって」
ヨールはそう笑って見せた。
けれども、私は不安を覚えてしまう。
何故だろうか。あの男性がチラつく。
「ビアンカコニリアの街に戻りましょう」
「換金しに行こう!」
「うん。……これで入院費は返せる?」
「半分ですね」
「半分かぁー。頑張る!」
「お。その粋だ」
和気あいあいと、私達は街に戻る。
そして陽が暮れるまで、観光に付き合ってもらった。
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