第7話 覚醒。
落ちる。落ちる。落ちる。
紅い月の空から、落ちた。
純黒の闇に落ちる。様々な映像が猛スピードで駆け巡り、胸が締め付けられる悲しみに襲われた。
それでも、それにしがみ付こうとして、私はーーーー。
「……ん」
そこで目を開く。視線の先には「くーかー」と大きな口を開けていびきをかいているディールがいた。
そうか。私は今、キャンピングカーに寝ていたんだ。
あれ。さっき。何の夢を見ていたっけ。
悲しみだけが胸にあるけれど、何に悲しんでいるか、わからない。
胸元を摩って起き上がろうとしたら。
「頭に気を付けてくださいね」
黒い髪が視界に入る。クロさんだ。
魅力的な笑みで「おはようございます」と挨拶をくれた。
「おはよう、クロさん」と返して、頭に気を付けながら二段ベッドをハシゴで降りる。
ディールの下には、ノウスさんが寝ていた。ベッドからはみ出してしまっているけれど、ぐっすり眠っているようだ。
テーブルの向こうのソファーに丸くなって眠っているのは、ヨール。
昨夜ベッドを譲ってくれたのは、ヨールなのだ。
大丈夫かな。身体は痛んでいないかな。
心配で覗くけれど、まだ眠っている。
「今朝食を作りますから、顔を洗って歯を磨いてください」
クロさんはお母さんみたいだなぁっと笑いをこっそりと漏らしながらも、バスルームに入った。言われた通り、顔を洗って歯を磨く。ついでに着替えてしまおうと、クローゼットから服を取りに行けばディールが天井に頭をぶつけているのを目撃した。
「いてっ。またやっちゃったー。あ、おはよう。アリス」
「おはよう、ディール」
ディールが起きてしまったので、私は急いでバスルームに戻って着替える。
紅いワンピースに、黒の革ズボンを合わせて、ブーツを慌てながら履いた。
「おはようさん、アリス。お、似合ってるじゃないか」
「おはよう、ノウスさん。ありがとう」
バスルームから出てみれば、ノウスさんも起きている。
残るは、ヨール。
「アリス。起こしてください」
朝食を作るクロさんに頼まれて、ヨールを起こすことになった。
「ヨル。朝だよ」
「あー……? まだ……あと、五分……」
ヨールはもぞもぞとして起きることをやんわりと拒む。
それ起きないパターンじゃん。
可愛いなっと思いながらも、もう一度肩を掴んで揺さぶった。
「ヨール。起きて」
「んぅ」
しょうがない子だ。優しくポンポンッと手を弾ませていれば、やっと藍色の瞳を開いた。
「子ども扱いするなよな」
「起きないヨールが悪い」
仕方なそうに、ヨールは起き上がる。
「くあ」と大欠伸をして背伸び。
「大丈夫? 身体痛くない? ベッド譲ってくれてありがとう」
「全然平気だぜ」
それならよかった。
金箔が散りばめられた藍色の髪が乱れているものだから、ブラシを渡す。
「サンキュ」とお礼を言われる。
どういたしまして。
私はクロさんの手伝いをすることにした。
ノウスさんは外にテーブルを広げたので、そこに焼き上げた目玉焼きとベーコンを挟んだトーストパンを皿に乗せて置く。ミニサラダ付き。
「いっただきまーす!」
銀髪の髪を整えたディールがかぶり付く。
私も「いただきます」とかじり付いた。
「アリス。今日は封印地に行くからな。そこに行き着くまでがしんどいかもしれねーぞ」
モグモグと食べながら、ヨールが言う。
そう言えば、昨日行くって言っていたな。
「頑張ってついて行くよ。もしも足手まといに感じたら言ってね。私だけでも引き返すよ」
「一人では引き返させませんよ」
ノウスさんにもう一つサンドを渡して、クロさんは口を挟んだ。
「大丈夫だって、一昨日と昨日と戦ったやつと変わんないから!」
ディールも、モグモグとしながら励ます。
「それなら頑張れるよ」
私は心配の色を浮かべた顔のクロさんに笑いかける。
朝食をすませたあとは、積極的にお皿洗いをした。
少しの休憩をしたあと、出発。
今度の行き先は、街から北の方角。森が生い茂っていた。
そこから山の麓に、封印地があるそうだ。そもそも封印地はルビーの国の最果てにあるそうで、つまりはここは最果て。最果てを巡る旅なのだ。だから王子のヨールに反応がないのか。納得だ。
「右に魔獣!」
「倒しておくか! アリス、準備は!?」
「大丈夫!」
リボルバーは、召喚済み。茂みから大きな鹿のような魔獣を見付けたから、狩った。ヨールとノウスさんが足を崩し、私とディールが撃ち抜いて仕留める。
「ナイス連携です」と後ろに控えたクロさんが褒めた。
そんなクロさんは、ナイフを持っている。投擲用のナイフみたいだ。
その調子で、森を進んでいった。
「アリス。体力は平気か? ちょっと休むか?」
三回の戦闘を終えたあと、ヨールが気遣ってくれる。
私は無理をしていないかと自分の身体を確認してみた。
「ううん、大丈夫。進もう」
「おう、そか」
まだいける。ヨールは進むことを決定した。
「そう言えば、今日はオレが選んだワンピ着てるんだな。似合ってて綺麗だ」
思い出したように頭を掻きつつヨールが、私を褒めてくれる。
トクン、と胸の奥が熱く疼く。
「ありがとう、ヨル」
照れて自分の髪を撫でつつ、私は微笑みを返した。
またクロさん達に言われる前に言ってみただけだろうけれど、私は嬉しい。
視線に気が付いて顔だけ振り返ると、クロさんが意味深に私達を見ていた。そっと自然な感じに目を背けられる。
どうかしたのかと問おうとしたけれど、戦闘が始まった。
私はそれを忘れてしまう。
忘れてばかりいる。
森を歩きながら、何かを忘れてしまっていると感じていた。
思い出しそうで、思い出せない。
ペリドットのように輝く木漏れ日を眺めて、目を細めた。
空気が変わる。ひんやりとして、寒気がした。
ブルッと震える。
開けた場所に出た。
「おい、嘘だろ……」
始めに口を開いたのは、ヨールだ。
言葉を失う。
そこは明らかに破壊されていたからだ。
大きな黒い石は、砕け散っていた。
その大きな黒い石はクリスタルのように立っていたはずなのに、壊されている。
そうだ。本来の姿を知っている。
何故だ。私は記憶がないはずなのに。
ドクン。嫌な鼓動がする。
ドクン。胸の中で響く。
ドクン。朧げな記憶が過ぎる。
ドクン。記憶が蘇った。
ドクン。それは。
ドクン!
「アリス!!」
誰の声かはわからないけれど、我に返って振り向いた。
後ろには、巨大な黒い鎧がある。それがこれまた巨大な大剣を振り下ろそうとしていた。
ドン!
突き飛ばされて、地面に倒れた。
「大丈夫か!? アリス!」
見れば、ヨールが覆い被さっている。
間一髪避けてくれたのは、ヨールのおかげだった。
「あ、だ、大丈夫……」
心臓はバクバクしているけれど、怪我はない、大丈夫だ。
私が立っていた場所は、大剣が突き刺さり地面が抉られている。
「よし立て。戦うぞ」
「うん!」
しっかりと腕を掴んで立たせてくれた。
一瞬、混乱をしたが、リボルバーを構える。
ドンドンドンッと撃ち込む。
けれど、あまりダメージを与えられていない気がする。
巨大な鎧は、ギコッと動き、大剣が振り上げられた。
カチカチ。六発を放ち終えてしまったリボルバーが、ただ弾む。
「アリス! リロード!!」
ディールに肩を掴まれて、後ろに下がってリロードするように言われる。
バンバンッと撃ち込むディールの後ろで、私は震える手で弾丸を作ってはシリンダーに込める。
大剣を持ったノウスさんが、剣を交わらせた。あの大きな大剣と正面衝突なんて、すごい。
「完了!」
「撃って!」
リロードを完了すれば、ヨールとクロさんが足を崩した。
リロードするディールを背にして、私は頭を狙って撃ち込んだ。一発だけ外したけれど、ど真ん中に命中。
黒い鎧は倒れた。すると、黒い煙を上げるようにして徐々にその姿が消える。
「あー……びっくりしたー」
構えから、胸を撫で下ろすディールを、私は呆然と見た。
「今の、なんだったんだ?」
次に口を開いたのは、ヨール。肩にかけた剣を、七色の光を放ちながら消した。そんな姿も、呆然と見る。
ヨールだ。ヨールがいる。
私は、記憶を取り戻した。
ここはゲーム【紅い月の国】の世界。
そして私が一緒にいるのは、主人公達。
思い出した。
昨日すれ違ったのは、敵の大ボス。世界に“純黒の闇”もたらそうとする敵役だ。
彼が首謀者で、封印を壊していく。そして、全ての封印を破壊する。
一度、世界は“純黒の闇”に包まれるが、大ボスを倒してヨールが命を持って封印をするのだ。
そうーー……ヨールは、死ぬエンディングを迎えるのだ。
何度、泣いただろう。本気で泣いたものだ。
封印の一つであるヨールの婚約者の命が奪われた時も、悲しみで一杯になり、ヨールのために泣いた。
悲しみが押し寄せたのは、その記憶だ。
「アリス。大丈夫か?」
トクン、と胸の奥が疼くのは、彼が好きだからだ。
「アリス?」
私はーー……決めた。
彼らを救う。
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