第12話 3つ目。




 封印が弱まる前日。移動をした。

 街の北側、半日かかった森の奥に封印地がある。

 岩山に囲まれていたけれども、その黒い石の全貌は見えた。

 三メートルはあるクリスタル型の黒い石。

 それを見上げて、これは守るぞっと決意を握り締めた。


「アリス。心配しなくても今日はまだ壊されねーよ」

「……うん」


 明日は壊される可能性がある。それが心配なのだ。

 ヨールに力なく微笑んで見せてから、もう一度黒い石を見上げる。

 ゲームの時は、いくら日を過ごしても到着すれば封印の結び直しが出来た。けれども、現実ではそうはいかない。ちゃんと弱まる日付が決まっている。


「ねぇ、ヨル。どうしても今出来ないの?」

「ああ、出来ない。弱ったところを探り出して、そこに魔力を注入する作業なんだ。明日まで待たなくちゃいけないんだよ」


 壊すのも直すのも、明日を待たなくてはいけない。

 3つ目の結び直しを始めると、ゲームでは敵が現れるイベントが発生する。そして、大ボスと初めて会話をするイベントでもあるのだ。


「見回りに行こう。アリス、来るか?」

「うんっ!」


 ノウスさんに呼ばれたので、黒い石とヨールから離れた。

 ヨールとクロさんは黒い石の見張り。私とノウスさんとディールは、周囲の見回りに出掛けた。

 鹿にも似た魔獣が何匹かいたので狩る。


「例の男……現れるかなー」


 ディールが、ふと零した。

 現れるはずだ。ゲームのシナリオだと、彼が直接手を下して、封印を壊す。

 私はそれを阻止しなければならない。リボルバーをきつく握った。


「現れたら必ず捕まえるぞ」

「うん、そうだね」


 ノウスさんとディールの会話に、私は無言で頷く。

 周囲の確認もすませたあとは、ちょっと早めの夕食をとる。

 そして封印の結び直しに備えて、ヨールが先に就寝。私はディールのベッドを借りて横たわる。メタルレッドのカメラの中にあるヨールとのツーショットを眺めたあと、眠りについた。


 紅い月の空を落ちる夢を見る。

 目を開けば、ヨールの寝顔。微笑みが溢れる。

 朝の支度をして、ヨールを起こそうと手を伸ばしたその時。


「……ハナ」


 確かに聞こえた。ヨールの想い人の名前。

 健やかに眠っているヨールが、寝言で彼女を呼んだ。

 私は手を握る。起こすことを躊躇した。

 それでもそっと肩に手を乗せて、優しく揺さぶる。


「ヨル。朝だよ。起きて」


 その声は自分でも驚くくらい、穏やかなものだった。

 ヨールがそれでも起きないから、髪をクシャクシャと乱してやる。

 ヨールは手を払って目を開いた。


「んだよ、その起こし方」

「起きないヨールが悪い」


 笑って見せたあと、私はキャンピングカーを降りて外の空気を吸い込んだ。

 それから黒光りする石を見上げて、決意を固め直す。

 ヨールの死亡フラグを、今日ここでへし折ってやる。

 パンッと手を合わせて、アリスと心の中で唱えた。七色の光を放ちながら、リボルバーが出現する。


「朝食が出来上がりましたよ」


 クロさんの呼び掛けに返事をして、リボルバーをズボンの隙間に挟んでキャンピングカーの前に戻る。

 朝食中、空気はピリピリしていた。いつ襲ってくるかわからないため、周囲に目をやっている。


「ねぇ、考えたのだけれど」


 朝食をすませて、クロさんが淹れてくれたコーヒーを啜りながら、私は口を開く。顔だけ他所を向いた四人の視線が集まる。


「封印の結び直しをして、もし敵が現れたら、ヨルは一度中断して戦いに集中しない?」


 ゲームでは、敵は二体の鎧の召喚魔だ。一体でも、手こずるのだ。人手がいる。

 私は大ボスを狙い撃ちしたいし。


「全員、黒い石を背にして戦った方がいいかもしれないな」


 ノウスさんは、賛成すると頷く。


「……そうだな。そうするか」


 少し考える素振りをしてから、ヨールも賛成した。

 今日の私の服装は、オフショルダーと黒い革ズボン。深紅のチョーカー付き。リボルバーのシリンダーの中には、土の弾丸を込めた。これで鎧召喚魔の足を崩して、仕留めよう。それから現れる大ボスにも浴びせてやる。

 ドクンドクン、と嫌な胸の高鳴りがした。

 でも深呼吸をして、必死に落ち着かせる。

 黒い石に向かって手を翳すヨールを背にして、集中した。

 ふわり、と私の赤みかかった髪も浮き上がり、そこらかしこに金箔の光が灯る。封印の結び直しが始まった。

 すると、あの純黒の男も姿を現わす。森の中から悠々と歩み寄って、召喚魔を出す。二体の大きな鎧の怪物が、影から這い出てきた。


「ヨル!」


 私はリボルバーを構えながら、トンッと背中をヨールと合わせる。

 ヨールの封印の結び直しを中断させた。

 振り返ったヨールは、七色の光を放ちながら剣を出す。

 ドンッと鎧の一体の足を撃つ。大剣と共に地面にめり込んだ。

 ディールはもう一体の鎧の足を撃ち、崩した。

 けれども、すぐに起き上がってしまう。

 私は気が付く。大ボスの姿がない。

 ドッシン!

 二体の鎧が、大剣を地面に叩き付けた。地面は割れて、石が飛び散る。

 視界は最悪。その中から、なんとか大ボスの姿を見付けようと視線を走らせる。

 どこだ。どこにいった?

 鎧が石の塊を、大剣で打ち込んだ。飛んでくるそれをスレスレで避ければ、封印の壁にぶつかって砕けた。これくらいでは、結界は破れないのか。安心だ。

 私は大ボスの姿を捜しながら、また足を撃ち抜く。そして思い出す。

 大ボスは、結界の上に現れるということ。

 私が後ろを振り返るとーーパリンッ。

 淡い金色の壁が、粉々に散ってしまった。結界が破られた。

 純黒の男は、黒い石の先に立っている。拳を振り上げる彼に向かって。


「やめて!!」


 私は、咄嗟に弾丸を撃ち込んでしまった。

 顔目掛けて、飛んでいく弾丸。

 あ、彼を殺してしまう。そう過ぎった瞬間に、後悔と罪悪感と気持ち悪さが駆けた。

 けれども、彼は首を傾げて、簡単そうに弾丸を避ける。

 ホッとしたのも束の間、黒い石に拳が叩き付けられた。

 ゴーン、と鐘のような音を轟かせて、一瞬視界が黒で覆われたかと思えば、石が崩れ落ちる。

 壊された。3つ目の封印も、壊された。

 私は愕然と立ち尽くす。


「アリス!!」


 呼ばれたけれど、反応するよりも前に、背中に衝撃を食らって倒れた。

 投げられた石が、ぶつけられたみたいだ。

 そうだ。鎧が二体いたのだった。

 私はポーチから氷の魔法石を取り出すと同時に、立ち上がってリロードする。

 ドンドンドンドン、と間入れずに二体の足を狙い撃ち。凍り付いた鎧は動かなくなった。そこを仕留めるヨール達。

 私は振り返り、彼の足元を狙って撃とうとした。

 けれども黒い鞭が飛んできて、リボルバーを弾き飛ばされる。


「初めまして、ヨール王子。そして近衛隊の皆さん。ーーそれから不思議の国に迷い込んだアリス。オレはダーク」


 演技かかった口調で、大ボス・ダークは挨拶をした。

 ヨール達を見渡して、それから不思議そうに首を傾げて私を見る。でもすぐに視線をヨールに向けた。


「封印の結び直しの旅、ご苦労様。でももういいよ。オレが全部壊しちゃうからさ」


 にんまり、とダークは告げる。


「てんめぇ……何が目的なんだよ!?」


 ヨールが問い詰めた。


「世界に“純黒の闇”をもたらすためだよ」


 両腕を広げて、ダークは答える。さも当然のような口振り。


「させるかよ!!」

「ヨル!」


 ヨールがダークに駆け寄り、剣を振り下ろす。

 でも避けられてしまうのだ。ゲームの通り。

 そして、ダークの長い脚の蹴りを食らう。蹴り飛ばされたヨールを、ノウスさんが受け止めた。

 ディールが発砲するも、黒い鞭が弾丸を叩き落とす。


「また会うことになるだろう。またね。王子」

「待ちなさい!」


 森の中へと走り出すダークを、クロさんが追い掛けようとしたのだが、黒い影に呑まれたダークの姿を見失ってしまう。

 私もリボルバーを拾って構えたのに、遅すぎた。

 砕けてしまった黒い石を見て、私は泣くことを堪えて、唇を噛み締める。


「何者なんだ……アイツ……」


 悔しそうに、ヨールは呟いた。

 また私達の負けだ。3つ目の封印を壊されてしまったのだから。

 残るは、あと5つ。5つしかない。

 ゲームの通りになってしまっている。私は、何も変えられていない。

 爪が食い込むほど、手を握り締めた。

 沈黙。誰も何も言わないまま、立ち尽くす。

 けれども、やがてヨールが沈黙を破った。


「次こそは守り抜くぞ」


 そう強く声をかければ、各々が返事をする。

 私は小さな声しか出せなかった。

 次の街、フレッガッドの近くの封印が弱まるのは、七日後。

 一先ず、そこで一泊することになった。


 その夜。私は悪夢を見た。

 全ての封印が破られて、“純黒の闇”が解放されてしまう。

 ヨールはハナを亡くし、打ちのめされる。

 それでも世界を救おうと立ち上がった。

 ヨールが命を持って、世界を覆った“純黒の闇”を封印する光景。

 ヨールが命を散らす最期。

 泣くほど悲しくて、目が覚めた。

 涙で顔が濡れている。嗚咽を堪えて、私はそっとキャンピングカーを抜け出した。

 半分欠けた紅い月が浮かぶ夜。

 何度見ても砕けてしまっている黒い石の前に、私は崩れ落ちた。

 叫んでしまいたかった。悲しみに引き裂かれそうで、胸を押さえて泣いた。

 声を圧し殺して、泣き続けた。

 どうしよう。このまま救えなかったら、どうしよう。

 ヨールが死んじゃう。私の目の前で。

 そんなの嫌だ。だめだ。耐えられない。

 打ちのめされるヨールも見たくない。

 助けたい。救いたい。

 私を救ってくれたように。

 お願いだから、守らせて。


「アリス?」


 後ろから、呼ぶ声がした。



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