第16話 4つ目。




「アリス。アリス。アリスー。素性のわからないアリス」


 ダークが喉を震わせる度に、リボルバーに伝わる。


「なーんで君がこの旅に加わってるのかな?」

「調べ上げたようですね」

「ヨール王子に、ディールとノウスとクロだろう? 障害だ。中でも君は不明な障害だ。なーんでいるの?」


 何故私がいるのか?

 それはこっちが知りたい。


「アリス、その調子で捕まえてろ!」

「集中していてヨル!」


 ヨールに言葉を返す間も、私はダークから目を放さなかった。

 私の懐中電灯に照らされても、純黒の髪をしている。その瞳は暗いものだ。背は私よりも高く、腕を上げている状態だった。真っ黒なジャケットを着ている。


「動くな!」


 肩が僅かに動いたから、私は銃口を押し付けた。

 死にたがり屋のくせに「ほら殺せ」とは挑発しない。

 彼の目的は今、“純黒の闇”を解き放つこと。

 それに集中しているのだ。


「君がここまでする必要はないと思うけれど」

「ここまでする必要があるからしているの」

「アリス。君は幸運だよね」


 やれやれと首を振るダーク。


「何もかも忘れられて、羨ましい」

「死にたい理由さえも忘れられるから?」

「……」


 余裕ある笑みが消えた。不可解そうに、眉間にシワが寄る。

 ドシンッと、真横に金棒が叩き付けられた。ダークが操って、私を攻撃しようとしたのだろう。けれども、私は微動だにしない。ダークから、決して目を放さなかった。

 信頼もしている。ヨールやノウスさんが守ってくれるはずだ。

 その証拠に「間一髪」とノウスさんの声がすぐ後ろで聞こえた。

 それに私に直接、攻撃は下らない。


「……君、何者?」


 ダークは至極不愉快そうな顔で問う。


「私はアリス。紅い月の国に迷い込んだ、アリス」


 自分で言っておかしく思い、笑って見せる。

 ダークの視線が、私から外れた。

 どうやらヨール達が倒したらしい。巨体の倒れる音が次々とした。

 思わず私も確認のために視線を向けてしまう。その隙を突かれて、頬を殴られる。私は倒れた。


「アリス! ってんめぇ! 女殴るとか男じゃねぇぞ!!」


 すぐに駆け付けたのは、ヨール。

 私は「大丈夫」と言って銃を構え直す。正直ショックだが、相手は世界を破滅させようとする悪党だ。女一人も殺せる。殴られただけですんだことはラッキーだと思っておこう。

 バンバンッとディールと共に撃つけれども、洞窟の影に逃げ込んでしまった。ライトを照らしても、そこにダークの姿はない。

 もう逃げたみたいだ。


「おい、アリス! 大丈夫か?」

「いいの。銃を突き付けられれば、殴りもするよ」


 ヨールの手が左頬に触れようとした。私は俯いて避けて、仕方なく笑って見せる。ちょっと頬が、ピリッと痛んだ。


「ごめん……撃てばよかったよね。取り逃しちゃって……」

「アリスが手を汚すことになります。そんなことをしなくてもいいのですよ。赤くなっていますね」


 次はクロさんの手が伸びてきて、私の顎を掴む。

 んー。仕方なく、クロさんに診てもらう。


「……」

「全く、最低な野郎だぜ」

「アリス、冷やす? 氷の魔法石を当てて」


 ノウスさんとディールも、覗き込もうとする。

 近いよ、皆。

 ポーチから氷の魔法石を取り出して、頬に当てた。


「それより、また襲撃を受けないとは限らない。警戒を強めよう」

「そうだな」


 今日はここで一夜を過ごす。

 もうゴブリンは退治したけれども、インプは現れるかもしれない。

 ダークがもう一度襲撃する可能性もある。

 私達は焚き火をして、封印の黒い石の周囲に待機した。一晩寝ずの番をする。ヨールの死亡フラグをへし折るためなら、これくらいどうってことない。

 日付が変わって、ヨールの封印の結び直しが始まった。

 金箔の光があちらこちらに浮かぶ。手を翳すヨールを一瞥したあと、私は入り口に鋭い眼差しを向けて、リボルバーを握る。影にも注意をして、アイツを待った。

 けれども、一向に現れる気配がしない。

 睨むように待っていたけれども。

 リーン、と優しい鈴の音が響いた。


「よし、終わったぞ」


 ヨールのその声を聞いて、私は心から安堵をする。

 手をバーンと上げて、喜ぶ。

 ヨールの死亡フラグをへし折れた!

 これで、これで救える!

 命を持って封印をするエンディングを避けられた!

 変えられないと泣きじゃくったけれども、変えられた!

 私は変えられるんだ。救える。守れるんだ。

 泣いてしまいそうだったから、皆から顔を逸らす。


「え? アリス、泣いてる?」

「泣いてなんかないよ」


 ディールが沈むフラグも、避けられた。

 アリス、皆を守れて嬉しいよ。


「やっと守れたね!」


 私は笑顔を向ける。


「ああ」


 ヨールが笑い返してくれた。私の好きな無邪気な笑みで。


「……でも、油断は出来ねぇ」

「えっ?」


 すぐにヨールは険しい顔をする。

 それはヨールだけではなかった。クロさんとノウスさんも同じ顔だ。


「結び直した封印も、他の封印が壊されると弱くなるのです」

「えっ」


 私は素っ頓狂な声を出してしまう。


「それって、せっかく結び直しに成功した封印を壊される可能性があるってこと?」

「1つを守れても、7つを破られると“純黒の闇”が共鳴して弱まるって話だ」


 ノウスさんの言葉を聞き、愕然とした。

 そんな設定聞いていない!!

 私は天井を仰いで、顔を覆った。そして、しゃがみ込む。

 それじゃあヨールの死亡フラグを回避したと言えないじゃないか!

「ああっ」と小さく嘆く。上げて落とされた。


「おい、大丈夫か? アリス。疲れたのか?」

「おぶってやろうか? アリス」

「……」


 何かを言う気力はなくなってしまって、私はフルフルと首を横に振る。

 けれども、身体を持ち上げられた。ノウスさんだ。


「大丈夫だよっ! おろしてっ!」

「お姫様抱っこは気に入らないのか?」

「そう言う問題ではなくっ!」

「なら大人しく運ばれていな、お姫様」


 私は頭を抱えた。ジタバタする元気もない。

 普通ならクラッときそうな笑みとセリフだけれど、ヨールの死亡フラグがへし折れていないと知った私には効果なしだ。私はお姫様抱っこされながら、身悶えた。

 そのまま、無事に洞窟を出られる。

 キャンピングカーに戻って、ようやく降ろされた。

 ノウスさんはすぐにベッドで休む。ディールとヨールも携帯電話をいじったあとに、仮眠をとった。

 運転するのは、もちろんクロさん。

 私はテーブルについて、日記に殴り書きをした。やっと1つを守れたけれども、残りも守らなければ、ヨールが死ぬエンディングが避けられないということ。どんなに落胆したかを三行くらい、長く書き込んだ。

 それから、なんとしても次の封印も守らなくてはいけない。そう書き込んだ。何故なら次の封印はーー。


「いい加減むくれていないで休んでください、アリス。仮眠を取らなくては、狩りに支障が出てしまいますよ」


 運転しながらクロさんが声をかけてきたから、ちょっとビクリとしてしまう。読まれない日記を書いていても、ちょっと驚く。


「クロさんだって、眠ってない」

「私はノウスと交替しますから。私のベッドで休んでください」

「……うん、わかった」


 私は日記を閉じて、抱えたままクロさんのベッドに横たわった。

 向かいのあるベッドにぐっすり眠っているノウスさんを見てから、寝返りを打つ。壁を見つめてから、目を閉じる。重たく心地の悪い睡魔に襲われながらも、それに身を任そうと努力した。

 脳裏に浮かぶのは、打ちのめされたヨール。

 降り注ぐ雨の中、婚約者ハナの亡骸を見ているしか出来ないヨール。

 悲痛な姿。胸が痛む。

 涙が込み上がってくるけれど、私はすすり泣くことをなんとか堪えた。

 次は、封印を命と繋げて守っている一族の末裔、ハナの番だ。

 ヨールの想い人と出会うのだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る