第9話 2つ目。




 落ちる。落ちる。落ちる。

 紅い月の空から、落ちた。


 その夢から目覚めて、私は起き上がる。

 向かいのベッドには、大口を開けて寝ているノウスさんがいた。

 ちょっと寝足りない。また同じ夢を見た。

 私はベッドから降りて、もう起きているクロさんに挨拶をする。

 バスルームの鏡で髪を整え、顔を洗って歯を磨いた。

 今日の着替えはノウスさんが選んでくれたオフショルダーのシャツと、短パンだ。ニーハイの黒いソックスとロングブーツを履いて、バスルームを出るとまたディールが天井に頭をぶつけているところを目撃。


「いてっ。またやっちゃった……。おはよーう、アリス」

「おはよう、ディール。ぶつけたところ、大丈夫?」

「毎朝やっちゃってるからへーき」


 にへら笑うディールは、眼鏡がないからいつもぶつけてしまうのだ。

 笑ってるなら、大丈夫か。


「おはようさん。お、オレが選んだ服じゃねーか、可愛いぜ。アリス」

「おはよう、ありがとう。ノウスさん」


 下にいたノウスさんも起きたので、挨拶。

 色気ある男前なノウスさんに言われちゃ、クラッときそうだ。

 私の心はすでにヨールのものなのでそんな浮気はしませんが。

 そんなヨールは昨晩一番早くに眠ったはずなのに、未だ眠ってしまっている。本当に朝が弱い子なんだから。そこも可愛くていいんだけれども。

 デレッとした笑みを零さないように唇を強く噛み締めて、私はヨールを起こそうと肩に手を置く。


「ヨル」


 優しく呼んだ。ゆっくりと覚醒させようとした。

 でもヨールは反応を示さない。金箔が散りばめられた藍色の髪は、星空の色。サラサラしていそうで、撫でたい衝動にかられる。

 いいかな。ちょっとくらいいいよね。

 私は肩に置いた右手を、慎重にヨールの頭の上に置いた。

 ヨールのサラサラな髪に触れている!

 なでなでしながら「ヨル、起きて」と呼びかける。

 まだ起きなくていいよ、堪能していたいから!


「ん……なんだよ、その起こし方……子ども扱いするなって」


 残念ながら、ヨールは起きてしまった。


「起きないヨールが悪い」


 昨日と同じセリフを言う。

 それから「おはよう」と微笑む。


「おはよう、アリス」


 なんて横たわったまま微笑まれて、胸の中がトクンと熱くなった。

 黄色い悲鳴を上げたい。グッと堪える。

 クロさんが作ってくれた朝食を食べたあとは、早速封印の結び直しが行われた。

 三メートルはある黒い石の前に立ったヨールが、手を翳す。集中するために、目を閉じた。周囲には金箔の光が、あちらこちらに灯る。夜空色の髪は、浮かび上がり揺れる。

 黒い石を取り囲むように、淡い金色のドームが見えた。それが結界だ。


「封印の結び直し中、ヨルは無防備になります。時間がかかるので、その間我々は守ります」


 知っているけれどそれは言わずに、クロさんの説明に頷く。

 各々が武器を持ったけれど、襲われる心配は全くしていないという雰囲気だった。クロさんはヨールを見守り、ディールはしゃがんで待って、ノウスさんは大剣を地面に突き刺して前方を見ている。

 私はリボルバーを両手で握り締めて、ヨールの背中とその反対側を交互に見た。


「アリスだけ険しい顔してるー、なんで?」


 ディールが、陽気に尋ねてくる。

 万が一に備えなくてはいけない。必ず壊しにくるのだから。


「おい」


 ノウスさんの鋭い声が届く。それに反応してノウスさんに目をやるけれど、彼はどこかを見据えていた。その先を目で追ってみれば、数十メートル離れた森の入り口に一人の男が立っている。

 やつだ。敵の大ボス。純黒の短い髪をしていて、純黒のジャケットを着ている。

 その彼の影が、地面に広がったかと思えば、その影から真っ黒い巨人が出てきた。大きな金棒を持った巨人は走ってくる。

 私はすぐさま構えて、目を狙って弾丸を六発撃ち込んだが、兜をした巨人の足は止まらない。兜で跳ね返ってしまっているんだ。

 するとノウスさんが飛び出して、大剣を振り上げた。金棒と大剣が交わる。その最中にディールも撃ち込んだ。

 私はリロードしながら純黒の彼を探したが、姿を消していた。

 ノウスさんが、弾き飛ばされる。

 次に阻むディールに金棒を叩き付けようとした。ディールは、飛び退けて避ける。私が撃ち込むと、二つのダガーを構えたクロさんが向かっていった。

 リロード中に、クロさんまでも弾き飛ばされる。

 私は下がりながら、撃ち込んだが金棒で防がれてしまう。

 トン、っとヨールと背中をぶつけた。これ以上は下がれない。素早くリロードするけれども、巨人はもう目の前にきた。

 ヨールを守り抜かなくちゃ。

 私はまたリボルバーを構えた。今度は足元を崩そうと足を狙う。当てても崩せなかった。

 だめだ! 金棒が振り下ろされる!

 ほぼ無意識に左腕をヨールに回して庇う態勢を取ったが、庇え切れない。

 振り下ろされたその時。

 横からノウスさんが突進してきて、私とヨールを救い出してくれた。

 振り下ろされた金棒は、金色の薄い壁を砕き割る。封印の結び直しが途中だったそれが壊された。


「だめっ!!」


 私は叫んで残りの弾を、頭目掛けて撃ち込んだけれど、兜に埋まるだけでダメージを与えられない。そのまま巨人は再び金棒を振り上げて、黒い石を砕き壊した。

 ゴーン、と鐘のような音が鳴り響き渡る。耳を塞ぎたいほど強烈な音だった。

 そして一瞬、目隠しされたように視界が黒くなっては元に戻る。

 そんな……2つ目の封印まで壊されてしまった。

 愕然としたあと、憎しみが溢れ出して、撃つ。でも弾切れだ。

 私は指を鳴らすように指の間に弾丸を作り出して、弾を込めては、巨人に向かう。

 巨人は、標的を私達に変えていた。振り上げられる金棒。それでも私は歩みを止めない。

 構えて、兜の中の黒い目を狙う。反動でずれることを考え、狙いを定める。


「アリス!! 避けろ!!」

「アリス!!」


 双方から声がしたけれど、私は耳を貸さない。

 バンバンバン、と当たるまで撃ち込んだ。

 そして三発目で、的中した。それでも撃ち続けた。

 ドスンッと巨体は倒れる。そして黒い煙となって、消えてなくなった。

 それを見ても全然気が晴れなかった私は、地団駄を踏む。


「ヨル! 皆! 大丈夫!?」


 バッと振り返る。それから皆の安否を確認した。

 ヨールは起き上がるところだ。無事みたいで安心する。


「こちらのセリフです。無茶をしないでください」


 いつの間にか横に来ていたクロさんが、私に怪我がないかと探す。


「アリス、つえーぇ」


 ディールが感心の声を漏らす。


「オレも大丈夫だ」


 ノウスさんは答えながら、ヨールに手を貸して立たせた。


「さっきの人は!?」

「もう消えてます……召喚魔、でしょうね」


 追いかけようとしたけれど、クロさんに肩を掴まれて止められる。

「召喚魔?」とディールが問う。


「魔力と様々な材料で生み出す傀儡といったところでしょうか」


 あの大ボスが操る傀儡、召喚魔。さっきの巨人も昨日の鎧もそうだ。

 私は悔しくて、唇を噛み締める。


「あの男の目的は何なのさ?」

「決まってる。ーー“純黒の闇”を解放することだろ」


 ディールに答えたのは、同じく悔しそうな表情をしたヨールだった。


「なんでさ?」

「知るかよ!」

「落ち着け」


 声を荒げるヨールを、ノウスさんが宥める。

 理由を私は知っていた。至極バカげた理由だ。

 彼は死にたいから、世界を破滅させようと“純黒の闇”を解放させる。

 死にたいなら一人で死ね! と思ったけれど、一度死に際に立った私には言えない。死ぬって想像をするよりも、ずっと怖いことなのだ。だから他人に死ねとは言わない。


「次の封印地に向かおう」


 空気が悪い中、私は切り出す。


「おう。必ずあの野郎をぶっ倒す!」


 ヨールが息巻くが、私は緊張で息を飲む。

 相手は大ボスだ。今のヨール達が倒せるか、わからない。


「次の封印が弱まるまで、五日あります。それまで備えましょう」

「そうだね。強くなって、迎え撃とう」


 クロさんに賛同する。


「ああ、行こう」


 ヨールはキャンピングカーに歩み出した。

 片付けを手早くして、私達は次の街へと移動する。

 キャンピングカーの中の空気は最悪だ。張り詰めていて、息が詰まりそう。でも当然の反応だ。世界が闇に覆われてしまうかもしれない。世界の危機だもの。

 助手席に座っているヨールは、きっと険しい顔で外を眺めているに違いない。

 ソファーからでは彼の顔は見えなかった。


「……あの、ノウスさん」


 私はベッドに腰を沈めているノウスさんに、潜めた声をかける。


「ん? なんだ?」


 こんな空気の中でも、ノウスさんは優しく微笑んでくれた。

 大人の男は、流石に違う。


「私、強くなりたい」

「!」

「どうすれば……強くなれる?」


 切実に、強くなりたい。

 あの大ボスを倒すため。

 封印を守るため。

 ヨール達を守り抜くため。


「え。十分強いでしょ、アリス」


 そう言ったのは、向かいのベッドに座っていたディールだ。


「さっきはヨールを守り抜こうとしてくれてありがとうな。根性ある。もっと強くなれるだろう」


 ぐりぐりーと頭を撫でられた。


「そうだ、この旅が終わったら、近衛隊に入らないか? 話通しておくぞ」

「本当に?」


 ヨールの近衛隊。ずっとこの先居られるということか。

 この先帰れなくても、生活に困らない。それもヨールのそばにいられるお仕事。なにそれ、ご褒美すぎる。

 私は飛び上がってしまいそうなのを必死に堪えた。

 2つ目の封印を破壊されてしまったばかりだ。だめ。


「でも身元もわからないんじゃあ……」

「そのうち思い出すだろ」


 ヨールが会話に加わったものだから驚く。聞いていたのか。


「思い出せなくても、オレも口添えする」


 なんてヨールは笑って見せてくれた。

 少しは張り詰めた糸が緩んだようで、私はホッとする。


「ありがとう、二人とも」

「オレも大歓迎!」

「私もですよ」


 ディールとクロさんが言ってくれた。


「改めて……仲間にしてくれてありがとう」


 じんわりと胸の中が熱くなる。

 記憶を思い出したとは言えないけれど、思い出した今言いたい。


「オレからも礼を言ってなかったな。さっきはサンキュ」


 ヨールを庇ったことだろう。


「当然のことをしたまでだよ」

「もう近衛隊って感じだね!」


 ディールが安心したようにおちゃらけた。


「真面目な話、どうすれば強くなる?」

「いや、真面目な話、アリスは強い」


 ノウスさんは真面目な顔をする。


「射撃なら申し分ない。あとは場慣れだな。それと武器の強化」

「そうだ! もっと強力な弾の作り方を教えるよ。銃も変えよう」


 ノウスさんの助言のあと、ディールは立ち上がった。

 場慣れか。数をこなして、レベルアップをすることと同じか。

 もっと強い武器を装備する。それもゲームと同じだ。


「うん、お願い! ディール!」

「まっかせなさい!」

「オレもしごいてやる」

「オッス!」


 ディールだけではなく、ノウスさんも協力してくれるそうだ。私は気合いを入れて、強く頷いた。

 先ずはディールから魔法を教わる。


「これ魔法石ね。炎の魔法石と、氷の魔法石、雷の魔法石、風の魔法石、土の魔法石」


 ディールが掻き集めたのは、赤・青・黄・緑・茶のクリスタル型の石がテーブルに置かれた。掌に収まるサイズだ。魔法を使う貴重な石。


「魔力があれば誰でも使える。でも、それぞれ一つずつしか使えないんだ」

「うん」


 ゲームでは一人一つしか装備出来なかった。

 それでそれで、と急かす。

 ディールは楽しげに説明を続けた。


「使い方は簡単、それを持って弾丸を作り上げるだけ」

「うん。やってみる」


 炎の魔法石を取ろうとしたけれど、先にディールが手に取る。


「オレが手本見せるー」


 はいはい、どうぞ。

 グローブを嵌めた手の中に、赤い魔法石がある。一度握ってから、人差し指と親指を伸ばす。それから摘むようにその二つの指を近付けた。

 そこで七色の光が集まる。赤い弾丸が現れた。透けていて、中には疼く炎が見える。

 んー、綺麗だ。

 私は今度こそやってみようと、ディールから受け取って指を鳴らす動作をして、弾丸を作った。


「そうそう上手い上手い」

「試し撃ちしたいな」

「五日はあります。狩りをしましょう」


 運転しているクロさんが提案する。


「オレ達も経験を積まなきゃな。相手は中々の召喚魔を操る輩だ」


 ノウスさんは肩を押さえて回す。


「痛めた?」

「いや、大したことねーよ」


 少し焦る。怪我をしてはいけない。

 ゲームと違って、一晩寝ただけで怪我は治らないのだ。

 私も怪我をしないように気を付けよう。


「一体何者なのでしょうね……あの男」


 クロさんの呟きから、沈黙した。

 私はせっせと魔法石から、弾を作る練習した。

 これも戦闘中には難しい。コントローラーでは、ただボタンを押し続けるだけでよかったけれど。戦うって、そう単純じゃない。


「アリス、癖がついちゃったね」


 テーブル一杯に弾が転がる頃に、ディールが口を開く。


「あ、この指を鳴らすみたいな動作? いけない?」

「ううん、悪い癖じゃない。オレも真似しようかなー」


 相変わらず明るい声を出すディール。ムードメーカーは大事だ。

 次の封印地に近い街に到着したのは、夜だった。

 名前は、クオレジーナの街。屋根が真っ赤な建物が並び、空からだとハート形に見えるのだ。


「愛の街、とも呼ばれてるんだよねー。空から見るとハート形なんだって、この街」


 教えてくれるディールに「ふーん」と相槌をした。

 確かカップルが目立つ街だったな、と記憶している。


「今日はこの街の駐車場で停めましょう」

「ああ、明日は狩りだな。試し撃ちも」


 ポンッとヨールが私の肩に手を置いた。

 うん、明日が楽しみだ。

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