番外編4 戦国時代以前の槍と長刀について

 色々確認することが多くて本編が一話も完成させられていないので、今回は戦国時代以前の長刀なぎなた(薙刀)や槍の兵法についてちょっと書いておきます。


長刀なぎなた(薙刀)―

 長刀(薙刀※1)は長い柄に片刃の刀身が付いた武器ですが、歴史は古く、平安時代末には存在していたようです。武蔵坊弁慶むさしぼうべんけいも薙刀を持って描かれる事が多いですし、江戸時代以降現代まで女性の武器として知られているなど、武器の中では一般的に知名度が高い部類だと思います。


※1 なぎなたは古くは長刀と書かれており、兵法の古文書でも長刀と書かれる例が多いので、ここでは長刀と表記します。


 では長刀が兵法の武器として体系付けられたのはいつか?というとこれまたよくわかりません。

 ですが「番外編1 室町時代の剣術」で書きましたが、虎の巻の一種、「四十二ヶ条別伝」に以下の名称の長刀の技が載っています。


長刀有七手事なぎなたにななてあること

甲手・水車手・受手・乗手・解手・鉢破手・長短手


 また、室町時代に書かれた塵荊抄じんけいしょうに掲載されている念阿弥慈恩ねんあみじおんの兵法目録では、長刀として


舒手・抛手なぐて乗手のるて振解ふりほどき・水車・拝切をがみきり・扁切・石丸切・篠結さゝむすび・蜻蜓返・躍切をどり


の十種類があります。


 これらの名称は、乗手のるてが双方にあること、解手と振解、水車手と水車と似たような名称がいくつかあって興味深いです。室町時代当時の、兵法の一般的な技法名だったのかもしれません。(なお、四十二ヶ条別伝の太刀の技、十二無頼手じゅうにぶらいてにも拝切・蜻蜓切・篠分手など同じ名称や似たような名称が見られます。)


 上記の点から見ると、長刀に関しては念阿弥の時代から太刀と同じく代表的な兵法(武芸)の武器として教えられていたのかもしれません。


やり(鑓)―

 対して槍が一般化したのは室町時代になってからでした。鎌倉時代、元寇以前には槍は存在しないと言って良いと思います。江戸時代にも太平記で登場するのがヤリの始めである、と書かれているようです。また、十文字槍じゅうもんじやり鎌槍かまやり鍵槍かぎやりなどの多種多様な槍も室町時代初期には存在しなかったようです。(広義の意味では槍に含まれる武器に鉾がありましたが、平安時代から鎌倉にかけて一般的な武器としては廃れていたようです)


 槍術の研究で武道史の世界では非常に有名な、島田貞一先生によると、元寇で元軍が装備していた槍を真似て槍が作られたという説が日本の槍の発祥の有力な説の一つになっているそうです。ただ、だれでも思いつく武器ではあるので、決め手には欠けるとか。

 槍(当初は鑓や槍の字はあてられず、仮名でやヤリと書かれていた)は鎌倉時代末に登場し、南北朝時代に盛んだった長刀なぎなた大太刀おおだちに対して突き勝つために発展したとそうです。太平記には槍対槍の場面が無く、大太刀や長刀相手や騎馬武者に対して集団で突きかかる場面で登場するとあります。


 その長さを見ると、室町時代から戦国時代にかけて、長刀は一般的に柄・刃含めて八尺程度(240cmほど)でしたが、槍は九尺(270cmほど)の長さが標準でした。つまり長刀(や大太刀)に対して先に突き勝てる長さだったようです。



新当流しんとうりゅうの槍と長刀なぎなた

 新當流の回で少し書きましたが、新當流では槍や長刀が非常に発展しました。一説によると各種の槍や長刀は飯篠長威いいざだちょういの弟子、松本備前守まつもとびぜんのかみが工夫したとも言われています。だれが工夫したかはともかく、新当流ではごく初期から太刀と並んで槍、長刀のわざを重視していました。


 先ほど述べた槍と槍が戦う場面が太平記に登場しない、という話と一致するように、新当流でごく初期から存在していた槍の技法を見ると、おもての技(最初に学ぶ技)として


 飛龍ひりゅう去龍こりゅう(古龍)・とどめ(突留)・暗夜あんや(闇夜)・電光でんこうよるやり


 という六本の槍がありました。これはすべて槍対太刀の技、太刀合たちあいです。

 それに対して槍対槍(槍合やりあい※2)は上段と下段の二本だけだったようです。


※2 槍合やりあいとは槍を相手に戦う技という意味で、流派によってはと言います


 新当流各分派を見ると、安土桃山時代頃には槍合(槍対槍)の技は多数発展したようですですが、当初は対太刀の技が中心で槍合は本数がかなり少なかったようです。


 では新当流の長刀はどうだ?というとやはりこれも表の技は太刀合(対太刀)になっていて、長を持って短に勝つ、という原理は同じだったようです。槍と違って長刀は新当流各派で名称に共通点が少ないため、当初の形は不明です。ただし、蜻蛉返とんぼがえし龍尾りゅうび返(龍尾流)・落甲らっこうなどの技法名などと瀧流たきながし前広まえひろなど構えの名称は飯篠いいざさ家系、塚原卜伝つかはらぼくでん系などで共通しているので、新当流創始当初からなんらかの古い技法はあったようです。


 新当流の長物(槍や長刀)の技は優れていたのか非常に広まりました。戦国時代や安土桃山時代にかけて、太刀に関しては兵法三大源流として念流ねんりゅう一刀流いっとうりゅう)、陰流かげりゅう、新当流の名があがりますが、槍と長刀の流儀に関しては新当流の独り勝ちと言って良い状況です。


 例えば、江戸時代に広まり現代でも有名な槍術は、本間ほんま流槍術(新当流槍術)、五之坪流ごのつぼりゅう宝蔵院流ほうぞういんりゅう鎌槍、本心鏡智流ほんしんきょうちりゅう鍵槍かぎやり佐分利流さぶりりゅう鍵槍、伊東流管槍くだやり大島流おおしまりゅう種田流たねだりゅう風伝流ふうでんりゅう竹内流たけうちりゅう疋田流ひきたりゅうなどがありますが、佐分利流、風伝流、竹内流以外はすべて新当流系のようです。(なお、新当流でない佐分利流は中條流系、竹内流は独自系統で風伝流は竹内流の分派)


 長刀に関しては、全国的に見られた流派はそれほど多くないですが、飯篠山城守いいざさやましろのかみの門弟、穴沢浄見あなざわじょうけんが有名で、彼の流派の末裔は全国に見られました。穴沢流薙刀(古くは新当流長太刀ながたちと名乗っていました)として知られています。


中条流ちゅうじょうりゅう富田流とだりゅう)の槍や長刀-

 ところで、冨田家以降の資料で確認できる中條流の目録には平法(太刀)と刀(後世でいう小具足や居合)以外の種目がありません。wikipediaでも中條流について


「槍や長刀がある」


冨田流についても


「薙刀術や槍術、棒術、定寸の打刀、三尺をこえる大太刀等も含まれており、柔術も含まれていたとの説もある」


とあります。また、冨田流は戦国時代の総合武術であった、と書かれている事も目にします。


 実際、戸田派武甲流長刀とだはぶこうりゅうなぎなた佐分利流さぶりりゅう鍵槍は富田流とだりゅうの長刀や槍と言われています。また、冨田流系だという棒術も全国各地に存在していましたし、現在でも気楽流や戸田当流杖術などが存在しています。


 ですが、中條流(冨田流)は基本的に太刀や刀を使った技のみだった、というの実際のようです。加賀藩師範山崎家には10手ほど槍や長刀の技がありましたが、名称もなかったようで、流儀の主要なもの以外の技、外物とのものとされていました。また、同加賀藩師範関家せきけでは江戸時代になってから機流はたりゅう管鑓くだやりの師範も兼ねるようになったようですので、やはり念の為覚えておく、または心得程度の教えだったのかもしれません。


参考:用語について

素槍すやり:いわゆる普通の槍です。赤槍すやり須槍すやりなどと書かれる事もあります。一般的に長さは九尺(270cm)~二間(360cm)ほどのものが多く用いられました。

十文字槍じゅうもんじやり:槍の穂先に横向きに刃が出ている槍。十文字鎌、鎌槍とも言います。鎌槍には片方のみ刃が付いているものもあります。新当流にも古くから存在したようですが、宝蔵院流が非常に有名です。長さは素槍より短い例が多く、九尺前後のものが多かったようです。(長い流派もありました)

鍵槍:槍の穂先近くの柄に十手のような金属製の鍵が付いている槍です。鍵は主に敵の槍や長刀をひっかける、絡めるような使い方をします。流派により穂先(剣)の大きさや柄の長さは色々だったようです。

管鑓:安土桃山時代に活躍した槍術家、伊東紀伊守いとうきいのかみが発明したと言われている武器で、左手に槍の柄が入る管をもち、その中に槍の柄を通してつかいました。槍は手の内、すごき(しごき)が大事と言われますが、管を使う事で左手のすべりを良くし、素手で持つ事と比べて速さと威力を増す事が出来たようです。管鑓を使う流派はほとんどが伊東紀伊守の末流です。開祖の伊藤紀伊守は新当流の兵法家だったそうですが、あるとき左手を負傷し不自由になり槍が使えなくなってしまい、負傷した手でも槍を使えるように工夫して管槍を発明した、という伝説があるようです。現在では管槍は尾張貫流槍術おわりかんりゅうそうじゅつに受け継がれています。 



参考文献:

今村嘉雄ほか 「日本武道全集 第6巻 槍術・薙刀術・棒術・他諸術」人物往来社,1967

今村嘉雄ほか「日本武道大系 第3巻 剣術」同朋出版,1982

久保田淳「論集 中世の文学 散文篇」明治書,1994

島田貞一ほか「日本武道大系 第7巻 槍術・薙刀術・鎖鎌術・手裏剣術」同朋出版,1982

島田貞一「槍と槍術」月刊武道連載

森田栄「源流剣法平法史考」NGS,1996

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