番外編1 室町時代初期の剣術技法?

 一つ資料を忘れていたので、追記します。


 またまた森田栄先生の源流剣法兵法史考を参考に載っている資料です。


 江戸時代以降、近世の流派でも多くの兵法や剣術に伝わっている書物に兵法虎之巻があります。黄石公が張良に伝授した書物が日本に伝わったものとされる書や、鬼一法眼の秘術書などが含まれる兵法書です。

 由来に依れば張良の書は平安時代後期の大江匡房おおえのまさふさが伝えたものであるとされていて、鬼一法眼は義経が兵書を盗み出した相手とされる人物です。これらは兵法書と言っても現代の目から見れば、凶事を逃れるための呪いか占いか儀式か、といった内容が殆どになります。例えば悪日を吉日に変える方法や矢が尽きた後に天の矢を賜う法などが載っています。


 このように、現代から見れば呪術書のような虎之巻ですが、これら多くの写本の中に、四十二箇条別伝という名前のものがあり、太刀四十二手、太刀十二無頼手、長刀七手という現代で言う剣術や薙刀術に近い内容が書かれています。

 残念ながら太刀四十二手というものの内容は記載されていないそうですが、十二無頼手については、


拝切・蜻蛉切・篠分切・傍眼手・持切・並切・椙目切・鬼驚切・逆挙切・骨砕切・皮骨連・横分切


とあり、長刀七手として


甲手・水車手・受手・乗手・解手・鉢破手・長短手


の七種類が短い漢文でその内容について解説されています。

 どの技法も、互いに甲冑着用を前提としていて、非常に単純な技法もしくは呪術的なものとなっています。


 たとえば、持切は、

「敵に甲を傾けたたかせてしばらくこらえ、我が太刀を打ち落とさせ、一足二足便宜に随いて刎ね退き早く刎ね様に我が履き替えの太刀を抜き、間を得て切るべし、武士の二太刀を佩くは此の意也」(森田栄,源流剣法平法史考 p144)

とあり、兜を打たせて堪え、敵にわざとこちらの太刀を叩き落させて二本目の太刀(中世期の武士は太刀を二振り履いている場合もあったとか)を抜き、切り付けるという防具を使った技になっています。非常にシンプルで、後世の剣術流派なら心得や注意ごとの口伝のような内容です。

 ただ、十二手の中で5種類は呪文の類を唱えて切り付ける呪いのような技で、実際に有効とは考え難いものです。(敵に傷を付けずに骨を切る技などもあります)

 対して長刀七手はどれもシンプルですが、戦場では実際にこのように使用されたのではないか、というものが殆どです。例えば甲手は長刀を刎ね回し、地を払い、薙ぎ廻し、隙を見て敵の甲の隙間などを早く突く、とあります。乗手は敵がこちらの長刀に乗って(押さえて)来た場合、手を替えて乗せない技、もしくはこちらから敵の長刀に乗る技となっています。


 この四十二箇条別伝がいつ書かれたものか不明ですが、多くが呪術的内容である事、自身が甲冑を着用している想定であること、という二点が室町中期以降の剣術流派に見られない点(※)です。そのため室町時代中期以前のものの可能性もあるのではないか?と個人的に感じます。ただ、このあたりは史料調査など専門的な話になりそうなので、お手上げです。

 まぁ、このような中世の太刀や長刀の技に関する史料も存在するという話でした。


※甲冑着用について

 一般的に戦国時代の剣術技法は甲冑前提であるとされる事が多いですが、第4話 室町時代の細川勝元の逸話にあったように、戦国時代以前は江戸時代などからみると非常に治安も悪く、簡単な事で殺し合いになっていたため、戦場以外でも切り合いになる事は多かったようです。そのため、刀の用途の大きな部分に護身や私的殺害があったと思われます。

 鎌倉時代成立の一遍聖絵で肥前国福岡市の絵(中高の日本史ではよく出てきます)で、一遍上人に妻が帰依した武士が、上人に切りかかろうとする場面などもありますが、中世人が現代から考えられないほど暴力的だったのは、繁田真一「なぐり合う貴族たち」や清水克行「喧嘩両成敗の誕生」などで書かれています。そういう世相でしたから、普段から暴力の出番は多かったと思われます。

 その世相を反映してか、中条流(冨田流)の数種類の伝系に伝わる史料から推測される技も、自分が甲冑を着用している技法は目録の中には存在せず、口伝書の中に少し記載があるのみです。これは新陰流系のいくつかの流派でも同じです。(新當流に関しては甲冑着用を前提にしていたのではないか?と思える部分もありますが、謎が多いです)


 

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